第19話
リビングにある時計を見上げると夜の十時過ぎをさしていた。
高校生にはまだ早い時間だと思ったが、貢は寝室で既に寝ていた。
貢の部屋は奥の北側にある部屋になった。その部屋はもともと倉庫のようになっていたが、だいぶ前に色々整理して誰も使っていない部屋になっていた。「そうそう、貢くんに後で渡すプリントとかあるんだ」
帰り道貢は戸惑っていた。在華たちから受け取ったプリントの中に一枚貢の頭を悩ませるものが入っていたからだ。
(すぐに渡した方がいいだろうな。このまま無視して、何もしなかったら誠さんに怒られるかもしれない。彼は人一倍責任感の強い人だから)
家に戻り、緊張した気持のままドアを開けたが、誠がいなくて少し気が抜けた。
キッチンのテーブルにある置手紙を見て少し気がほっとする。
今日は誠さんは遅くなる。
(そっか誠さんも仕事初めだし、そういえば接客業と聞いていた)
どんな仕事かは詳しいことは知らない。
離れてる時間も長かったし、しばらくは心の底にこの気持を静めていたから。
冷蔵庫を開けるとそこには温めてすぐ食べられるようにしょうが焼きが沢山の千切りにされたキャベツとトマトの山に埋もれていた。小さな鍋にはわかめと豆腐のお味噌汁が入っている。
(誠さんの手料理……)
貢は自分の胸がとくんと少しだけ高鳴るのを感じた。
あの大きな体で大きな手でお肉を焼いたり、野菜を切ったりしてくれたんだなと思うと、それだけで胸が一杯になる。
夜、一人でそれを食べながら貢はため息をついた。
大好きな人が作ってくれた料理なのに、ここ数日食欲がないせいか半分残してしまった。
食べようと頑張ろうとすればするほど、心が苦しくなってくる。
誠さんはこれを見てがっかりするだろうか。
どうしたらいいかわからずラップをしてそのままそこに置いておいた。
ふと思い出して、貢はテーブルの上に保護者面談のお願いと書かれたプリントをさりげなく置いておいた。
「ただいま……」
誠は玄関からリビングに入ると、テーブルの上に置かれたプリントを見つける。
(そうか……親代わりなんだから、これからはこういうこともちゃんとしないとな)
テーブルの上には夕食を食べた跡が残っていた。
誠が作った夕飯は全部は食べきれていなかった。半分くらい残っている。
けれど誠は少しほっとした。
自分の作ったものを口にしたら発作が起きるなんてことになっていたらどうしようかと、仕事中に変な事が頭を過ぎっていたのだ。
少しでも口にしてくれただけでも自分のすべてを拒絶しているわけじゃないんだと安心した。
そこへ貢の荷物は置かれた。不思議なほど彼自身の荷物は少なく、そっと誠が部屋を空けると机だけ置かれ、そのすぐ横で布団に包まって貢が寝ていた。
むしろ父親との想い出の荷物の方が多いくらいだったが、それもなんとか貢の部屋の収納に収まり、やっと自分のダブルベッドで寝ることができる。
とりあえず自分と部屋を分けることで、あの発作はおさまっているようだ。
朝になり、少しだけ離れた場所にそれぞれの朝食を置く。今までは適当に朝コンビニのもので済ませることもあったが、もともと料理が苦手なわけではない。誰かがいれば作る。
「保護者面談のことわかった。先生とこの指定された時間に会えばいいんだな。その日はシフト調整してもらうよ」
誠が努めて明るく言うと貢は小さく頷く。
「あ、そうだ。これ俺の今勤めているところの名刺」
そっとテーブルに置かれた名刺には幸遊ブライダルと書かれていた。
「もし俺がいないときに何か困ったことがあったらここに書いてある連絡先に電話してくれ、あ、裏に俺の携帯のメアドと電話番号も書いてあるからそっちでもいい」
そっと名刺に指を置き、すっと貢の席の前にそれを滑らせた。
「……はい」
「それから夕食少しでも食べてくれたな。ありがとう」
貢は驚いた顔をして顔を上げた。
「なんて顔してるんだ」
「だって。そのっ、半分も残してしまったから……」
声が尻すぼみになり、うつむいてしまった貢に誠は微笑みかけた。
「父親を亡くして御飯をもりもり食べる方が普通じゃないさ。少しでも食欲があるだけ良かったと思うぞ。ただ、少し油っぽかったかな? 今晩はもっと体にやさしいものにする」
斜め対角線に互いに座り、朝食を食べる。
(今は距離を詰める時期じゃない……)
誠はそう思った。とにかく父親を亡くしてショックを受けている影響で貢は食が細くなっているのだろう。
痩せているからもともと食が細いのかもしれないが、少し様子を見てみることにした。
(疲れてる時は豚肉が一番なんだが、少し貢にはきつかったかな?)
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