執着から愛へ


 王都から特に足止めを食らう事なく『腐敗領域』へと戻ってこれた。


 「ごめんなイリエステル。こんな中途半端な旅になってしまって………」


 俺が冒険者ギルドに行こうとさえしなければ最後にイリエステルの思い出に残るような場所に行けたかもしれない。俺の選択ミスで旅が滅茶苦茶になったのが申し訳なかった。


 「楽しかった」


 「本当か?」


 結局串焼きしか食べずに王都の中を手を繋いで歩き続けただけなのに。


 「本当」


 気を使ってくれているのだろうか、それとも本当に楽しかったのだろうか……あの旅が。イリエステルの表情に変化が無いのでどちらなのか判断がつかなかった。


 「……楽しめたならいいんだ。あと、もうこの森に着いたから手を離していいぞ」


 「いや」


 「いや!?」


 「エデルの手を離さないって言った」


 王都の宿屋で言った言葉か…………もしかしてまた王都に行きたいのだろうか?しかし王都で起こした騒ぎのほとぼりが覚めるまではイリエステルを連れて戻るのはやめた方がいいだろう。


 「いつかまた……王都に行こうな」


 「うん」


 次はイリエステルの為に王都の楽しめる場所を事前に把握しておこう。


 ……そして次に彼女を王都に連れて行く前に彼女にかかっている呪いをどうにか出来る方法が無いかを探してみよう。


 まずは村に戻ってリフィアちゃんが無事に目覚めたのかの確認をして、もともと王都で冒険者をやる為に準備していた武器や道具を確保してすぐに王都に向かおう。


 「じゃあ次こそは楽しめるようにまずは王都で色々調べて来るよ。だから手を離してくれ」


 「いや」


 「え?」


 「え?」


 「……次にまた王都に行く為に必要な事なんだ」


 「じゃあ行かない」


 「さっきまで行きたがっていたのに!?」


 先程のやり取りで急に心変わりするようなところがあったか?それに王都の事が忘れられないから今もまだ手を離さないんじゃないのか?


 「一緒にいて欲しい」


 「王都には行くけどイリエステルには会いにくるつもりだぞ?このイリエステルに貰った『転移の指輪』もあるんだし」


 使い方は分からないけど。


 「ずっといて欲しい」


 「それは……」


 「料理も王都もいらない。だからずっと一緒にいて欲しい」


 それは王都に行かずにこの森に一緒に住めって事だろうか。


 俺は彼女の望んでいることがあるのならそれを叶えたいと思うくらいには恩を感じているし彼女の幸せを願っている。ひとりぼっちにするつもりはない。頻繁に訪ねるつもりだ。


 だが俺は普通の人間で、たった一種類の謎の木の実だけを食べて生きていけるのかも分からない。それに


 「………ごめん、それは出来ない」


 「……………そう」


 イリエステルの瞳から光が無くなった。その目はまるで彼女と初めて出会った時のような…………






 「なら人間の土地に移動する」







 「なっ!?…………は?」


 イリエステルは自分が今何を言っているのか分かっているのか!?


 「……もしエデルが一緒に居てくれるのなら魔族の土地に進んでもいい」


 誰もそんなこと頼んでいない!


 「やめろ!!やめてくれ!!」


 さっきまでずっと繋いでいた手を離し今にも俺の生まれた村の方へ動き出しそうだったイリエステルを止めようと肩を掴み、此方の方へと身体を向けさせた。


 そして彼女が何を思ってそんな事を言ったのか確認しようと彼女の顔を見た。


 「!?」


 赤い瞳から涙が流れていた。




 彼女は泣いていた。




 俺は彼女の呪いの事を聴いた時以上に衝撃を受けた。


 初めて出逢った時から変わることのなかった彼女の表情が強く感情を表していたのだ。それも喜怒哀楽の内、最も見たく無かった哀しみの表情だった。


 「………イリエステル」


 「………」


 「…………………分かった……………一緒に居るよ」


 彼女がずっと一人だったという事は分かっていたはずなのにまた俺は間違えようとした………


 

 俺はあの時……あいつの孤独に気付いてやれず………寄り添ってやるべきだった時に寄り添ってやれず…………死に追いやってしまった。



 今度こそ間違えるわけにはいかなかった。


 「ずっと側に居る」


 「………なら魔族の土地の方へ移動する」


 「やめろ!そんなことする必要はない」


 「何故?魔族は私に人間の土地に進んで欲しくて…………人間は私に魔族の土地に進んで欲しがっている。エデルは人間だから魔族の土地に進んで欲しいんじゃないの?」


 「そんな事しなくて良い」


 それはこの森の向こう側に居る魔族の命を沢山奪う事になる行為だ。

 

 「そう…………なら一緒に居てもらう対価に何を払えば、何を殺せば良い?私に出来るのは沢山の命を奪うことだけ」


 「対価なんていらない!誰かの命を奪うこともしなくて良い!イリエステルが何かをしなくても一緒に居るから!」


 「もう命を奪う事をしなくていいの?」


 「そうだ、もう誰の命を奪わなくていい。そんな呪いの事なんて関係なくイリエステルと一緒に居たいんだ」


 「………本当?」


 「本当だ」


 「……………ありがとう」


 先程まで悲しみの表情を見せていた顔に変化が訪れた。


 「イリエステル……今笑って………」


 彼女の笑顔に驚いた瞬間彼女に抱きつかれた。


 「ありがとう、エデル。初めて私を見てくれた人」


 「………ああ」


 ………これで良かったはずだ。俺は今度こそ間違えずに済んだのだ。

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