女神にとって夢の様な誰かとの歩み
二人で手を繋ぐことで腐敗領域という名の呪いが発動しないと分かり一安心した俺たちは、王都までの馬車が出ている村まで徒歩で移動することにした。
徒歩で移動する以上魔物と出会う可能性があるのだが、イリエステルは繋いでいる手をずっと興味深そうに見つめていて周りを警戒しているようには見えなかった。
「なあイリエステル、魔物が出て来るかも知れないから一緒に周りを警戒してくれないか?」
「……分かった」
最初は、イリエステルの住んでいた小屋に腐敗領域に挑もうとした人達の遺品が積まれていたのでその中から腐食していない剣と服の代わりになる物を借りようかと思っていたのだが、今の自分は片腕を骨折していて、もう片方の骨折していない方の手はイリエステルと手を繋いでいなければいけなかった。なので遺品の中から男モノの服だけ借りることにして結局剣を持って来なかった。
だから戦闘になったら両手を使えない俺が取れる手段はイリエステルを連れて逃げるということしか出来そうに無かった。
「………それにしても魔物と出会わないな。まあ今はそれに越したことはないんだが」
結局一度も魔物に出会うこともなく目的の村までたどり着いた。俺もあまり村から出た事はないがこんなものなのだろうか?
ここで村に着いてからの予定を振り返っておこう。
まずは村で商人と治癒術師を探す。今の俺たちには料理を買う為のお金どころか王都までの馬車代すらも持っていない。だからこの村にイリエステルから貰った宝石を買い取れるような商人が居ないか探さないといけない。もし村に商人が居なかったら馬車の御者に王都についてから馬車代を払わせて欲しいと交渉しなければならなくなる。
次に治癒術師の方だが、これは勿論俺の腕を治してもらう為だ。どの村にも治癒術師は在中している筈なので探せばすぐに見つかると思うが、今のままだと治療代を払えないのでやはり先に商人を探す必要があるだろう。
しかし運悪く、この村に立ち寄っている商人は一人も見つからなかった。
なので御者の方を探し、馬車代を後払いにして貰うように交渉するしかなかった。
御者は馬車の近くに居た。俺達は御者に宝石を見せながら王都でこの宝石を売ったお金で馬車代を払わせて欲しいとお願いした。すると不幸中の幸いかその御者の兄が宝石商をやっていてそこで宝石を売るのなら後払いでもいいと言って貰えた。
結局腕を治すのは後回しにして王都行きの馬車に乗った。
馬車の中には俺達以外に小さな女の子とその子の母親らしき人が乗っていた。
「わー!お姉ちゃんすごく綺麗だね!お姉ちゃんも王都に行くの?お兄ちゃんもかっ……………………えーっと、腕大丈夫?」
なんで今途中で言うのをやめたの?
「あらあらごめんなさい、この子ったら初めて王都に行くからって昨日からはしゃいじゃって」
「お姉ちゃん達はずっと手を繋いでるけど恋人なの?」
女の子は俺たちの顔を交互に見比べながら聞いてきた。まあ馬車の中でもずっと手を繋いでいたので間違えられても仕方がないだろう。
「………」
しかしイリエステルは女の子との会話をするつもりが無いようだった。
「お兄ちゃん達は恋人じゃないよ」
「やっぱり?」
おう、なんでやっぱりって思ったのか教えてもらおうか。
「あの良ければその腕を治療しましょうか?」
女の子と話しているとその子の隣に座っていた妙齢の女性からありがたい申し出がきた。
「え、出来るんですか!?」
「お母さん昔はお父さんと一緒に冒険者をやってて回復魔法が使えるんだよ!」
渡りに船だった。イリエステルの所持品を売ったお金を自分の治療費に充てるのは申し訳なく思っていたのだ。
「なら、お願いしてもいいですか?」
好意に甘えて骨折した腕を回復して貰った。
そして馬車が王都に着いた。王都の中に入る前に門番らしき人達が王都の中に入っていく人達や馬車の中を確認していた。
確認の順番が回って来て今俺たちが乗っている馬車の中にも熱苦しい初老の男性が乗り込んできた。
「よし、指名手配されている人物は乗ってないな。…………いやーすまん!逢瀬の雰囲気に水を差してしまったな!」
「いや、俺たちは……」
「だが許して欲しい!王都の中に危険物や危険な人物を運んだりしてくる不届き者がたまにおるのだ!」
「………」チラッ
「……?」←世界でも一番目か二番目に危険な存在
………本当に今更だが俺はかなり危ない橋を渡っているのでは無いのだろうか?
「……」ダラダラダラ
……ごめんなさい。
冷や汗が止まらなかった。
「むっ?彼女が心配ですかな?安心されよ、我々騎士団が誇りにかけて王都の中に危険なものが入らないように目を光らせておりますからな!ハッハッハ」
…………本当にごめんなさい!
なんとか王都の中に入れた俺たちは宝石を売って御者に払うお金を用意するために御者の兄が経営しているという宝石店に案内してもらった。
そこで宝石を鑑定してもらうとその宝石はかなり価値の高い物だったらしく食べ歩きをするにはかなり邪魔になる量の金貨を渡されようとした。邪魔だからと言って宝石を安く売るのも宝石をくれたイリエステルを裏切っている気がして出来なかった。
大量の金貨を前にどうしようかと悩んでいると見かねた店主が必要な分の金貨だけ受け取って、あとは店で売ってる宝石やアクセサリーの中から残りの値段分のものを持っていくのはどうかと申し出てくれた。
「イリエステルはこの中から欲しいやつとかあるか?」
売った宝石はイリエステルのものだったのだからイリエステルに決定権があるのは当然のことだ。
「………これ」
イリエステルが手に取ったのは『転移の指輪』というアクセサリーらしく、身に付けておくと一度行ったことのある場所に瞬時に移動できる転移の魔法が使えるようになるアクセサリーだそうだ。かなり高価なものらしくそれ一つで減らしたかった分の金貨がほとんど無くなった。
後はここまで案内してくれた御者の方に馬車代を払い、漸くイリエステルと王都の料理店を巡る準備が整った。
宝石店から出て、おまけで貰った王都内の地図で商業区までの行き方を確認しているとイリエステルと繋いでいる方の手をクイクイと引っ張られた。
「エデル……エデル………」
「ん?どうしたんだ?」
地図から顔を上げて彼女の方を見てみると先ほど買った指輪を此方に差し出していた。
「……これあげる」
「いや、でもこれはイリエステルの………」
「……あげる」
「受け取るわけには」
「あげる」
「…………………ありがとう」
受け取らなければRPGの選択肢のように無限ループしそうだったので受け取ってしまった。
資金を手に入れた俺たちは商業区に着いてまずある程度長さのある布を買った。そしてそれを8の字になるように繋いでいる二人の手首に巻きつけた。少しでも手が離れる可能性を減らす為だ。
そしてメイン通りに行き並んでいた屋台の一つから串焼きを買った。二人とも手を繋いでいるせいで片腕が塞がっているから串焼きのような片手で食べる事ができる料理の存在はありがたかった。
「王都で店を出してるだけあるな。美味い。イリエステルはどうだ?」
「……美味しい」
「そうか、なら良かった」
彼女の表情に変化が無いのでかなり不安だった。
「後は何処かの料理店でちゃんとした料理を食べてみよう」
イリエステルの手を引き何処か良さそうな店はないか探しているとイリエステルが急に立ち止まった。
「ん?どうしたんだ?」
イリエステルの方を見てみると彼女は何処かの店を見ているようで視線が何処かに固定されていた。
「何を見て……」
イリエステルの見ている方へ顔を向けるとそこには店の外に置かれている丸テーブルに恋人らしき男女が座っておりオムライスらしきものをお互いの手で食べさせ合っていた。
俗に言う「あ〜ん」だ。
………バカップルめ……こちとら人生二回目になっても彼女すら出来たことないと言うのに………!
俺がカップルを呆れた目で見ているとイリエステルがまた袖を引っ張って来た。
「ん?どうしたんだ?」
「あそこにする」
「え?」
「あそこで食べたい」
イリエステルはバカップルのいる店の方を指差していた。
「え゛」
「………だめ?」
「………いや、イリエステルが決めたのならそこでいい」
この資金自体イリエステルのものなのだ。彼女が食べたいと言ったものを買うのは当然の事なのだ。
……それにしてもそんなにあのオムライス(?)が美味しそうに映ったのだろうか。
イリエステルが指差した店の中に入り、外にいる人達が頼んだものをと注文してしばらく待つと外で見たものと同じ料理がテーブルの上に置かれた。
しかし考えてみるとここで良かったのかもしれない。片腕づつしか使えない俺達が食べるる事が出来る物となると限られてくる。その点このオムライスもどきは少しマナーは悪く見えるだろうがスプーンさえあれば片腕でも食べる事が出来る。
現にイリエステルも出された料理をスプーンで掬い………俺の方へ差し出して来た。
「?」
「?」
「……何してるんだ?」
「食べて」
「いや、これイリエステルに美味しいものを食べて貰おうと……」
「私はもうお腹いっぱい」
じゃあなんでこの店に入ろうと言ったんだ!?
「…………分かった。なら俺が食べるよ。スプーンを貸してくれ」
イリエステルが差し出しているスプーンを受け取ろうとしたが、彼女はスプーンから手を離さなかった。
「………食べて」
「はい?」
「口を開けて」
………まさか、俺に外にいたカップルのようにあーんをしろと言うのか。
「いや、自分で食べるよ」
恥ずかしすぎる。さっきは外にいた二人のことをバカップルと呼称したが違った。彼等は勇者だ。俺には公衆の面前でそんなことを出来る勇気が無かった。
しかしスプーンは力強く俺の前に固定されていた。
「………」
周りにいる他の客からの視線が鋭いものに変わっていった。ヒソヒソと此方を見て話す婦人達から恋人失格という言葉すら聴こえてきた。
「…………分かった。いただきます」
退路が無いことを悟りイリエステルにオムライスもどきが無くなるまで食べさせてもらった。
味は普通にオムライスだった。
料理店を出た頃には日も沈み始め、急いで今晩泊まれる宿屋を探した。
見つけた宿屋で一部屋分の料金を払い、借りた部屋のベッドに二人で並んで座り今日の王都巡りが満足出来るものだったかを聞いてみる事にした。
不安だった。イリエステルに美味しい料理を食べさせると約束したのに彼女は今日串焼きしか口にしていない。これでは彼女に美味しいものを食べてもらうという約束を果たしたとは言えないだろう。
「あー、イリエステルは今日どうだった?」
「良かった」
「本当か?今日は串焼きしか食べてないだろ?料理もほとんど俺が食べてしまったし」
「嘘じゃない」
彼女はその赤い双眸で此方を真っ直ぐに見つめ淀みなくそう答えた。
「そうか、なら良かった」
その言葉を聴いて安心した。
「じゃあ今日はもう寝よう。そして明日改めて他のところを回ろう」
寝てる間に寝ぼけて彼女と繋いでいる手を離してはまずいので寝ようと言いながらも俺自身は眠るつもりは無かった。
「お願いがある」
急に彼女がそんな事を言い始めた。
「なんだ?」
「私を抱いてほしい」
「…………?……………!?ファッ!?」
「お願い」
窓から入って来た月明かりに照らされた彼女の顔には怯えの表情が浮かんでいた。
「寝ている間に手を離してしまったら私はここにいる人間達を殺してしまう事になる。だから寝てる間、私を抱きしめておいて欲しい」
「……!」
俺はなんて考え無しな事をしてしまったのだろう。今になって自分が彼女の呪いを甘く見ていた事を理解した。
俺はただ彼女に美味しい料理を食べて欲しいという一心でここまで連れて来てしまったが彼女は王都に居る間ずっと自身にかかっている呪いの力に怯えていたのでは無いのだろうか。
常に人を殺す恐怖と戦っていたのでは無いのだろうか。
彼女にとって人の近付かぬあの森が唯一安心出来る場所だったのでは無いのだろうか。それを俺は独りよがりな考えで外に連れ出してしまった。
「………分かった」
彼女に夜はずっと起きて手を握っておくからと伝えるのは簡単だった。しかし彼女がこれで少しでも安心出来るならと彼女を抱きしめる事を了承した。
そうして俺は心の中で彼女に謝り続け、彼女にかかっている呪いから、彼女を孤独にさせるこの世界から守るように強く強く抱きしめた。
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