スクールゾーン・クライシス

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スクールゾーン・クライシス

 清々しい朝だった。

 空は青く澄み渡り、太陽が眩しく輝いている。

 風も穏やかで心地良い。

 少年は、そんな爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 痩せ型ではあるが、程よく筋肉のついた健康的な体つきだ。

 顔立ちは整っている方だが、少し幼い印象を受けるのは、まだ未成年だからだろう。目付きはやや鋭いものの、全体的に柔和な表情をしていた。

 少年の名は、狩野英明と言った。

 狩野の住む街には、自然が多く残されている。

 そのおかげで空気が綺麗だ。

 地方特有の農地と住宅があるだけの風景を横目にしながら、彼は学校へと向かう。

 こんな日は登校もしないで、散歩でもしたらさぞ気持ちが良いだろうなぁ……と、そう思っていた。

 ふと、目の前の横道から一台の普通自動車が一時停止もしないで飛び出てくる。

 英明が驚いていると車の窓からロシア製自動拳銃・GSh-18を持った男が顔を出してきた。

 男は英明の姿を確認するなり、すぐに銃口を向け撃ちまくってきた。

 慌てて英明は近くの太めの電柱に隠れる。

 すると今度は反対側からも同じような車が飛び出してきて、またもやGSh-18を撃ち込んできた。

 四方八方から飛んでくる銃弾を前にして、狩野はただ隠れているしかなかった。

「おいおい。何だよこの状況は!」

 英明が混乱していると、スマホが鳴る。

 画面を見ると海外に居る母親からだ。

 英明の父親は傭兵だが、海外に居る邦人の護衛任務で忙しい日々を送っている。

 仕事は、政府関係の秘密裏のものだ。

 1992年PKO協力法が成立、自衛隊の海外派遣が可能になり、アフガニスタン復興支援、イラク戦争で海外派遣が行われた。

 だが、戦闘行動には参加できないという歯止めがある。日本の国際平和協力法では戦闘行為は禁止されているが、2011年南スーダンでの平和維持活動は部族間抗争が激しく、自衛隊が戦闘に巻き込まれる状況が存在した。

 国会で、その点が問題とされた時、政府は「武力衝突」はあったが、それは「戦闘」ではなかったと説明したが、それは言葉の綾で、実際は戦闘であったとされ国会でも問題となった。

 自衛隊の海外の活動は厳しいのが現実だ。

 そこで内閣は、国会に法案を通さない方法を極秘裏に進めることにした。

 高まる国際テロに対し邦人の生命と財産を守るにはどうするか?

 閣僚によって議論された結果、法的拘束の多い自衛官ではなく傭兵による在外邦人を守る為のレンジャー部隊が創設される事になったのだ。

 そして現在、レンジャー部隊に所属している英明の父・正幸まさゆきは、派遣されたままでいた。

 母は父と共に海外に居る。

 取り敢えず電話に出る。

「英明、元気してる? いい音がするけど、パーティーの真っ最中かしら。」

 能天気な声を聞いて、英明はイラッとした。

 だが今はそんな事を気にしている場合ではない。

 母親の言葉を遮り、英明は言う。

 どう考えても、今の状況は異常事態だ。

 それなのに母親は、まるで日常会話のような気軽さだ。

「パーティーじゃねえよ。ドンパチ撃たれているんだよ」

 思わず怒鳴ってしまった。

 しかし母親は動じない。

 いつも通りの調子で言う。

「やっぱり。実はね、お父さんが任務中に現地のテロ組織と衝突してね。それで銃撃戦になったんだけど、お父さんが実行部隊長を殺しちゃったのよ。そいつらが、また古い脳みそしててさ、未だにハムラビ法典なのよ。

 聞いたことあるでしょ。目には目を歯には歯を、って奴。でね、その実行部隊長がマフィアのボスの息子だったの」

 母は相変わらずマイペースだ。

 いや、むしろ楽しそうだ。

 そして言わんとしていることが理解できた。

「……つまり。息子を殺された腹いせに、俺を殺そうとしているって訳か?」

「あたり」

 母が肯定する。

 なんて理不尽なんだ!

 英明の心の中で様々な感情が渦巻く。

 怒りと恐怖が入り混じる中、母の声で現実に引き戻される。

「という訳で。もしかしたら、英明の所に怖いお兄さんが押しかけて来るかもしれないと思って電話したんだけど、もう着いちゃったのね。頑張ってね。政府には話を通してあるから、超法規的な案件として処理してくれるわ」

 それだけ言って一方的に電話を切る。

 英明は、あまりの事に唖然とした。

 しかし、いつまでも呆けている訳にもいかない。

 なぜなら背後に人影が立っていたからだ。

 気配から後頭部にGSh-18があるのが分かる。

「マサユキ・カリノの息子だな」

 男の声が聞こえた。

 その瞬間、英明は死を悟った。

 全身の血が凍るような感覚に襲われるが、頭の中は冷静だ。

 ターゲットを前に確認作業。

 間抜けだ。

 英明は身体を左に回転させながらGSh-18を遊底スライドごと掴む。自動拳銃オートマチック遊底スライドを固定することで発射機能を封じることが出来る。

 そのまま、男の手を捻り上げ銃口を逸らす。

 そして男の腕が伸びきったタイミングで、GSh-18を奪い取った。

 男が呆気に取られている間に、英明は男の後ろに回り込み、首筋に手刀を落とす。

 男は崩れ落ちた。

 首から下の四肢と胴体をつかさどる神経が束となって脳へとつながっているのが首の後ろだ。

 そして、神経の束は頸椎の中で守られている。

 要するに骨の中に神経があるわけだから、首の骨を折らないと、神経を傷つけることはできないが、強い衝撃が神経に走るだけで、脳は混乱してシャットダウンする。

 これが首の後ろを叩いて失神するメカニズムだ。

 英明は男を無力化すると、懐を探る。

 予備弾倉は無い。

 GSh-18の弾倉マガジンを抜き、残弾を確認する。

 GSh-18は複列式弾倉ダブルカラムだ。

 弾倉マガジンの隙間から見える9mmパラベラムの数を見る。そこから残弾は8発と判断する。

 弾倉マガジンをグリップに装填し、遊底スライドを少し引いて薬室チャンバーに弾丸が入っているのを確認する。

 これで9発はある。

 あとは、どうやってこの場を切り抜けるかだけだ。

 相手はまだいる。

 周囲を警戒するが、足音はしない。

 仲間が倒れているのを見て、近づくのをためらっているのだろう。銃を奪われたかも知れないと。

 ならば、こちらから仕掛けるまでだ。

 英明が電柱の陰から、そっと様子を伺う。

 出た途端、銃弾が飛んでくる。

 だが、敵の人数は把握した。

 4人。

 全員、車から降りた状態で銃を持っている。

「日本人の高校生だからとナメやがって」

 英明は電柱に身を隠したまま、一発だけブラインドショットを空に向かって行う。

 これは、遮蔽物から銃だけを出して撃ったり、壁のスキマから銃口だけを出して撃つ。つまり撃つ人間が撃つ目標を見ていない状態で撃つことがブラインドショットだ。

 当然弾がどこに行くか分からないので危険な行為で、かなり至近距離で撃ってしまったり、味方に当たったりとトラブルの元になる。

 だが、英明は一人の為、その心配はない。

 自分が銃を持っているということを示す為に、あえて目立つ行為をしたのだ。

 案の定、銃撃が始まった。

 永遠とも思える時間が過ぎる。

 英明は待った。

 銃撃の数が少なくなった。

 そして、アスファルトに弾倉マガジンが落ちる音がした。弾倉マガジン交換を行っている証拠だ。

 英明は、その瞬間飛び出す。

 GSh-18を構え、照星フロントサイト越しにターゲットを入れ引き金を絞る。

 英明の放った二発の弾丸は、敵の一人に命中し、その身体に血煙を咲かせる。

 残り3人だ。

 英明は、一気に距離を詰める。

 無駄玉撃つだけの余裕は無い。

 一人は腹を撃ち抜き、もう一人は胸を射抜く。

 残るは1人。

 そう思った瞬間、車の向こうから姿を表す。

 伏兵だ。

 英明は、咄嵯にしゃがみこむ。

 次の瞬間、頭上を弾丸が通過する。

 英明は、すぐに立ち上がり、伏兵の頭に狙いを定めて引き金を引く。

 発砲音の後に、頭が吹き飛ぶ。

 そして、最後の一人が慌てて逃げ出す。

 しかし、それは悪手だった。

 英明は逃げる背中に向けてGSh-18を発射する。

 弾丸は、男の背中に命中する。

 男は、その場に倒れた。

 戦闘終了だ。

 英明は幼少期から両親に戦闘術を叩きこまれていた。

 海外生活では銃を手にさせられ、射撃訓練も積んでいる。特に、接近戦に関しては父から直々に教わっていた。

 そんな父が言うには、どんな状況でも対応できるようにしておくことこそが重要だと言う。

 例えば、もし飛行機に乗っている時にハイジャックされた場合、武器を奪われないように抵抗しなければならない。

 その時に、ただの民間人だと何もできない。

 だから、いざという時の為に戦い方、銃器の扱い方を教えてくれたのだ。

 そのおかげで、何とか命を繋いだ。

 もっとも、今回は素人に毛が生えた程度だったので、あっさり片づけられた。

 

 ◆

 

 英明が学校に着いたのは、10時を過ぎてからだった。

 警察の取り調べを通り越して、公安警察と内閣調査室による事情聴取があった。

 母親の言う通り、超法規的措置として処理された。

 だからテロリストを殺害したことも、銃を撃ったことも全て無かったことになった。

 英明は、クラスメイトに挨拶しながら教室に入り、男性教師に頭を下げる。

「ずいぶんとのんびりした登校だな。今、何時か分かっているのか?」

 教師は詰問した。

「はい。遅刻して、すみませんでした」

 英明は素直に謝った。

「理由は?」

 教師は問いただす。

「……海外のテロ組織に狙われて、銃撃戦になりました」

 英明は正直に答える。

 嘘は言っていない。

 だが、クラスに笑いが起こる。

 当然、教師は納得しなかった。

「もうちょっと。マシな言い訳は無かったのか? 大方ゲームのやり過ぎで寝坊したんだろ。そんなことはゲームの中だけで十分だ」

 教師は怒気を露にする。

「もういい。席につけ」

 英明は言われた通りに自分の机に向かう。

 教科書とノートを取り出している最中に、手から硝煙の匂いが漂ってくる。

 どうやら、まだ銃を撃った感覚が残っている。

 まるで、夢の中のようだった。

 だが、間違いなく現実だ。

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