教え上手な龍のおかげでとんでもないことになりました

明日真 亮

第一章 ウェリス王立学園編

第0話 プロローグ

 世界最大の火山を有するリアグニス大陸。その大陸全土を占めるのがウェスタール王国である。


 火龍が住む山としても有名なその聖なる火山は、王都であるウェリスヴィルの北西の位置にあった。


 王都から火山の間にはウェリス大森林が広がっている。

 ウェリス大森林は豊かな自然の恵みで溢れており、数多くの動物たちも暮らしている。


 森の中央付近から火山に向かう地帯にはそれなりに強い魔物も潜んでいるが、王都から近い場所においては魔物が出ることもない。


 聖なる火山に至るために必ず通る必要のあるこの大森林はウェスタール王国にとって非常に重要な場所であった。


 そこで歴代の王の勅命により代々強大な火の魔術師を輩出するアリウス家がウェリス大森林を領地としている。

 領地といっても領民はアリウス家を慕う人々が屋敷の周辺に住んでいるだけの小さな村程度であり、実態は森の管理者といったところだ。




 その森にアリウス子爵家の現当主であるランバート・アリウスと妻であるマリア、お供として執事のセバスチャンが案内役として見回りという名目の散策に来ていた。


 森の中にはきれいな小川が流れており、心地のよい鳥の声とともにそのせせらぎが聞こえてくる。

 豊かな果実がたくさん実っており、果実をもいで帰るだけでもとても有益な散策と言えた。


 セバスチャンが案内するままにアリウス夫妻はいつも通り森の散策を楽しみ、貴族社会の軋轢や喧騒を忘れる一時の時間を堪能していた。


 アリウス夫妻が森の中の心地よい音を楽しんでいると、セバスチャンが突然告げた。


「旦那様、あちらの方からかすかに声が聞こえます」

「まさか、こんなところに魔物か!?」


 魔物の中には人語を操るものも確かにいる。しかしセバスチャンは首を横に振った。


「いえ、人間の声です。しかし……」

「どうした、セバス?」


 セバスチャンは少しだけ俯いて言葉を発した。


「旦那様、少しだけお待ちください。私が見て参ります」

「いや、1人で行っては何があるか分からん。私たちも行こう」

「……分かりました。旦那様も奥様もお強いのは承知しておりますが、十分にお気を付けください」

「分かった」


 セバスチャンが先導して森の中を北西に向かった。しばらくするとだんだんと声がはっきりしてくる。これは単なる声ではない。泣き声だ。しかも赤ちゃんの泣き声である。


「セバス、急ぐぞ!」

「かしこまりました」


 3人とも泣き声のする方に駆け寄って行く。するとそこには籠の中で泣いている赤ちゃんがいた。


「なぜ、こんなところに赤ん坊が。――誰かいないのか!?」


 ランバートは周りに叫んで見るものの何の応答もない。


「旦那様、これをご覧ください」


 籠の中にあるのは一通の手紙。ランバートはその手紙を開いてみる。


【この子を置き去りにすることをお許しください。願わくばこの子を助けてください。】


「捨てられたというのか……」

「あなた、どうなさるおつもりですか?」

「どうと言われてもな。このままにして置くわけにはいかないだろう」

「それでは連れて帰るおつもりですか?」

「マリアは連れて帰るのに反対か?」

「何をおっしゃるのですか。私はあなたが連れて帰らないのであれば、私が連れて帰りますと言いたかったのです。私たちは結婚して10年も子どもを授かることができなかったのです。これも何かのお導きかも知れないですわよ」


 ランバートは不意を突かれた発言に驚き、少し戸惑いながらマリアに尋ねた。


「まさか、私たちの子どもとして連れて帰るというのか?」

「いえ、そこまで決めて話したわけではありませんわ。ですがそういうことも頭に浮かんだということです。いずれにしても連れて帰られるのでしょう?」

「そうだな。私たちの子どもの話は置いておくにしても、この子どもをここに置いておくわけにはいかん。急いで連れて帰るとしよう。屋敷で医者にも診てもらおう。セバス、先導を頼む!」

「かしこまりました。それでは赤子は私が抱いて行きますので、旦那様と奥様は私に続いてください」


 セバスチャンは抱いた赤ん坊に細心の注意を払いながらも、目にもとまらぬ速さで屋敷へと走った。その速さに全く遅れることもなく、ランバートとマリアも屋敷へ向かった。




 電光石火のスピードで屋敷へと着いた3人と赤ん坊。ランバートはすぐに医者を呼ぶように命じ、赤ん坊を医者に診せた。

 医者の診断によると病気などはなく、泣いているのはお腹を空かせているだけらしい。

 とりあえず急いで赤ん坊に飲ませるミルクを準備して哺乳瓶を口に近付けると勢いよく飲みはじめた。


 空腹がおさまり機嫌をよくしたらしい赤ん坊はとびっきりの笑顔を見せた。その笑顔を見たランバートとマリアは心の底から安心するとともに、なんともいえない幸福感に包まれた。少し離れたところでその様子を見つめていたセバスチャンもホッとしたように微笑んだ。


 少しずつ日差しが強くなり始めた初夏の出来事。それから11年の歳月が経った。



<人物紹介>


ランバート・アリウス

アリウス子爵家の現当主。プロローグ時点では28歳。赤茶色の目と髪。細くてマッチョなイケメン。アリウス家の血を色濃く受け継いだウェスタール王国では知らない者はいない火魔法の使い手。考えるよりもまず行動派。


マリア・アリウス

ランバートの妻。プロローグ時点では26歳。青髪碧眼の美女。ランバートとは成人となる16歳のときに結婚。貴族では珍しい恋愛結婚だが、アリウス家に嫁ぐのに相応しい魔法の名手。思慮深いしっかり者。


セバスチャン

執事と言えばセバスチャン。先代のアリウス家当主から仕える優秀な執事。ダークグレーの頭髪に黒い目。執事としての美しい立ち振る舞いは当然として、警護役も勤まるほどの武芸を修めている。

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