第6話 第一話-⑥

「さて、では話を本筋に戻しましょう。次に考えるべきは包丁をゴミ袋に入れるタイミングです。」

「タイミング、ですか?」

「ええ。橋本さん、あなたはいつもどうやってゴミ袋を管理していますか?もう一度教えてください。」

「はい。いつもゴミ袋が満杯になったらゴミ袋の口を縛って玄関に置いておきます。それで、ゴミの日にまとめて捨てます。」

「ベランダや部屋の外で管理することは?」

「無いです。」

「これについてはみなさんにも確認しておきましょう。みなさんは橋本さんのゴミ袋がベランダや部屋の外に置かれているのを見たことはありますか?」

そう探偵が質問すると、3階の住人たちは皆一様に首を振る。

「ないですね。」

「ないな。」

「ええ、ないわ。」

「……分かりました。どうやら正しい、という認識でいいようですね。では、もう一つだけ伺います。橋本さん、あなたはゴミを捨てる時は戸締まりをしますか?」

「もちろん。泥棒に入られると嫌なので、窓と玄関はしっかり閉めてからゴミ捨てに行きます。」

「ありがとうございます。……これで、橋本さんのゴミ袋に包丁を入れられるタイミングが二つに絞られます。」

探偵は右手の指を2本立てる。

「一つ目は、橋本さんの部屋の中にゴミ袋がある時。この時、橋本さんは自身で包丁を入れたと考えられます。

 二つ目はゴミ袋がゴミがゴミステーションに捨てられた後。この場合、犯人は自身の部屋にゴミ袋を持ち帰ったと予想できます。流石にゴミステーションで包丁を入れるわけにはいきませんからね。自分の部屋の中でゴミ袋の中身をいじったのでしょう。つまり犯人は橋本さんか、ゴミ袋を自分の部屋に持ち帰った人である、と限定できます。」

「ちなみに防犯カメラの映像を確認したところ、今日、金曜日にゴミを自分の部屋に持ち帰るという奇妙な行動をしていたのはこの3階の住人の中ではただ一人、戸渡さんだけでした。」

後藤刑事はタブレットでその映像を見せた。そこにはゴミ袋を一つ持ってゴミステーションから離れていく戸渡さんの映像が写っていた。

「えっ?ということは戸渡さんが俺のゴミ袋に包丁を入れたってことですか?」

橋本は戸渡に詰め寄った。

「え?い、いやちょっと待ってくださいよ!お、お、俺じゃないですよ!」

戸渡は言葉につっかえながらも一生懸命に否定する。

「どうせ包丁を捨てたのは橋本さんでしょ!?第一、持って帰ったゴミ袋は俺のやつです!捨てちゃいけないものを間違えて捨てていたことに気づいて持って帰っただけです!防犯カメラを見ても、俺が持っているゴミ袋が橋本さんのものだとはわからないでしょ!?なんでそんなことで疑われないといけないんですか?!」

戸渡は狼狽えながらも、必死に潔白を主張しようと怒鳴り声に近い大声で主張する。

「それに、そのゴミは何やかんやあってタイミングがなくて捨て損ねちゃったんです。もし、探偵さんの言う通り、橋本さんのゴミ袋の中に包丁を入れた、橋本さんじゃない真犯人がいたとしても、それは俺じゃありません、だって俺はゴミを持ち帰った後にゴミは捨ててませんから。あなたの推理では、『ゴミ袋を持ち帰り、そのゴミ袋を再び捨てる』必要がありますよね!?俺はそんな行動はしていない。防犯カメラにもそんな映像は映っていないはずだ!」

「まあ、確かにそうですね。」

「だったら俺が犯人じゃないってわか」

「でもあなたは犯人だ。……この際断言しますが。そもそも今、あなたは嘘をつきましたね?」

「な、何がだ。」

「あなたさっき、持ち帰ったゴミ袋は自分のものだと言いましたね?そして持ち帰ったゴミ袋はまだ捨てていないとも。」

「あ、ああ。」

「でしたらあなたの部屋にあるゴミ袋を調べて、橋本さんの指紋や毛髪がないか調べてみましょうか。それでわかると思いますよ?そのゴミ袋が本当にあなたのものか……それとも橋本さんのものか。」

「っ……ぐぅっ……。」

戸渡は唇を噛み締め、拳を握り締めて、焦りを必死に抑えようとしている。それと同時に脳に血流を送って顔を真っ赤にし、全力で言い訳を考えているようだ。

「っ……認めましょう……。確かに、俺の部屋にあるゴミ袋は俺のじゃない。橋本さんのものだ。」

「なら」

「だが!!しかし!!それは決して俺が殺人犯である証拠ではない。それだけで俺を犯人と決めつけないでください!どうせ橋本が自分でゴミ袋に包丁を入れたんでしょ!?」

戸渡は橋下を指差す。

「じゃあ服や手袋はどう処分したと?」

「そ、それは……どこかに外出したついでに捨てたんじゃ無いですか?」

「どこかに外出した帰り……それは無いですね。防犯カメラの映像を確認しましたが、橋本さんは少なくとも火曜日から今日の金曜日にかけて、ゴミ捨てや宅配便の受け取り以外では外に出ていませんでした。」

「ぐっ……そ、そうだ、火曜日!火曜日にも燃えるゴミの日がありますよ。その日に捨てたんじゃないですか?」

「なるほどなるほど。では、あなたは橋本さんが火曜日のゴミ捨ての時間に突歩さんの家へ侵入、そして突歩さんを殺害した後に衣類を自身のゴミ袋に入れ、それをゴミステーションに持っていったのだと。そう言いたんですね?」

「ああ、そうだ!筋は通りますよね?」

「まあ、確かに。ですがずいぶん過密スケジュールですねぇ……。犯行時間的にかなり厳しいのでは?」

探偵は戸渡を挑発するような口調で、そう言った。

「し、知らないですよそんなこと!どうせなんか小細工して上手く何とかしたんでしょ!」

「そうですね……確かに色々と頑張ればその方法でも何とかなるかもしれません。ですが、そんな複雑な小細工の仕組みを考えなくても、もっと簡単にどちらが犯人かを暴ける方法がありますよ?」

「な、なんだと……!?」

「簡単です。数を数えてみればいいだけ。橋本さん、あなたは今日、幾つのゴミ袋を捨てました?」

「3つです。」

「では後藤刑事。今日発見された橋本さんのゴミ袋の数は?」

「3つです。」

「ん?あれ?数が合ってなくね?」

「そう、その通りだ真田。戸渡さん、あなたは今日橋本さんのゴミ袋を一つ持ち帰ったんですよね?だったら見つかる橋本さんのゴミ袋の数は3引く1で2個のはずだ。……けど、実際は違う。」

「一個多い……。」

「そういうことだ。」

「え?じゃあ3袋のゴミのうちの一袋は橋本さんのやつじゃ無いってことか?」

真田刑事が出した仮説に対し、後藤刑事が反論する。

「いや、しかし……3つのゴミ袋の中には確かに橋本さんのもののはず。伝票などの名前が入っているものも捨ててありましたし。」

「その通りだ、後藤刑事。恐らくゴミ袋は3つとも、正真正銘橋本さんのものだろう。気になるなら指紋とか毛髪とか皮脂とか唾液とかで調べてみるといい。」

「いや、めんどくさいからパス。」

「そう言うと思ったよ。まあそれよりも、だ。肝心なのは一体どこから橋本さんのゴミ袋が出てきたのか、ということだ。真田、わかるか?」

「うーん……橋本さんの部屋から盗み出すとか?」

「後藤刑事は?」

「ゴミを半分移す、というのは?一袋に入っていたゴミ袋を二つの袋に分けるんです。」

「なるほど。確かにいい考えだが、不正解だ。」

「じゃあ俺が正解d」

「お前も不正解だよ。」

「ちぇっ。じゃあ正解はなんだよ?」

「答えは、火曜日のゴミ袋を持ってくる、だ。」

「なるほど……確かに事件が起きたのは3日前の火曜日……もう一つのゴミ捨ての曜日ですね。殺人を犯した後に証拠隠滅のためにゴミ袋を持ってきたとしてもおかしくない……。」

「つまり戸渡さんは火曜日の朝、橋本さんのゴミ袋を一つ部屋へと持って帰り、金曜日に自身のゴミと合わせて捨ててくる。この時に橋本さんが今日捨てたゴミを一袋持っていけば……」

「数は合うな。」

「そういうことだ。まあ、そこら辺は火曜日の防犯カメラの映像を確認したら分かるだろうな。」

「フッ、笑わせてくれますね。」

探偵の推理を聞いていた戸渡はうっすらと笑みを浮かべた。先ほどとは違い、落ち着きを取り戻している。

「妄想癖にも程がありますよ、探偵さん。確かに、防犯カメラを覗けば俺が火曜日にゴミを持ち去っていることがわかるでしょう。でも、火曜日に持ち去ったゴミ袋が橋本さんのものだっていう証拠はどこにあるんです?他の人が橋本さんのゴミ袋を持ち去って、今日偶然俺が橋本さんのゴミ袋を持ち出すと同時にその人が捨てたのかもしれない。それでも話は成立しますよね?」

「…………。」

探偵は口をつぐむ。それを反論の余地なしと捉えた戸渡はさらに饒舌に話を続ける。

「百歩譲って俺が火曜日に橋本さんのゴミ袋を持って帰ったとしましょう。そして金曜日に俺が橋本さんのゴミ袋を一袋拾って、一袋捨てたとします。ですが、金曜日に捨てたゴミ袋が包丁入りのものだとは限らないですよね?

 なんなら火曜日の橋本さんのゴミ袋は結局捨てずに持ち帰って、金曜日のゴミ袋は拾おうとしたが拾わなかった、そういう可能性もありますよ?」

戸渡はここぞとばかりに探偵に詰め寄る。

「で?そこら辺はどう説明してくれるんですか?探偵さん。」

問いをかけられた探偵は、ゆっくりと口を開いた。

「……ところで、なんですがね?戸渡さん。ところで……あなたはどんな格好でゴミ袋の中に包丁を入れたんですか?」

「え、ちょっ、いや、だから……」

「手袋で?それとも素手で?あと、上着は何を着ていたんですか?Yシャツですか?ジャージですか?ジャケットですか?それとも、袖は捲っていて腕は出していましたか?」

「ちょっと、俺の質問を無視しないでくださいよ!」

戸渡がそう言うと、少し戸渡から目線を逸らしていた探偵は、戸渡の二つの眼球へと目線を移した。その眼光は鷹のように鋭い。戸渡はこれに怯み、黙り込んだ。

「……わかりませんか?俺が言いたいこと。包丁が入っていたゴミ袋を徹底的に調べればあなたの皮膚や指紋、毛、或いはあなたが着ていた衣服の繊維などの証拠が見つかるでしょうね。

 それにあなたが饒舌に喋っていた仮説ですが、それらは全て防犯カメラの映像を確認して、ゴミステーションからゴミを持ち出した人を洗い出したり、橋本さんのゴミ袋に入っていた伝票に書かれている日付を見て、どれが何曜日に捨てられたゴミなのかを把握したりすれば、全て嘘だと分かります。もしくはあなたの部屋や被害者の突歩さんの部屋を調べれば、隠しきれていない血痕や指紋、現場に残されたままだった毛髪が見つかるかもしれませんね。

 ……わかりますか?この世に完全犯罪などありはしない。捜査技術が圧倒的に進歩した現代、警察はあらゆる地道な捜査を元にほぼ必ず犯人を追い詰めることができます。あなたごとき素人の犯罪者が犯行をちょっとしたトリックで誤魔化して完全犯罪を成立させられるほど、警察は無能じゃない。警察に一番怪しい容疑者としてあなたが絞られた時点で、あなたの負けなんですよ。」

「ふ、ふざけるな!まさか俺を冤罪で逮捕しようって言うんですか!」

「いえ、単に私はあなたに自首を勧めているだけですよ。先ほど申し上げた通り、あなたのことを徹底的に調べれば……いえ、後ほんの少しだけでも捜査すれば今回の犯罪はあなたの犯行であることは確実にわかるでしょう。そうなれば逮捕は確実です。……ですが、ここであなたが自分から罪を認めて『自首』という形を取れば、減刑は可能でしょう。……さて、どうします?戸渡さん。」

「……っ、ぬぅっ…………………」

戸渡はそう詰め寄られると、押し黙って考え込んだ。会議室にいる全員が彼を見つめる。

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