第28話・失くした名前
照りつける日差し、目の前に広がるは砂の平原。
コブ付きの馬に乗り、エヴァルスとタンク、うぱ。
そしてウェールの一団は砂漠のど真ん中を進んでいた。
「暑い……」
「水、もっと必要だったんじゃないか」
既に音を上げ始めている2人とは対照的に、ウェールは涼しい顔をしている。
「キミたちは運がいい。嵐が吹いていないだけマシだろう」
ウェールを先頭に道なき道を進んでいく。
2人には全く変わらず見える砂原を迷うことなくウェールは歩を進めた。
「ちなみに、後どれくらいだー」
最後尾に陣取るタンクが溜まらずウェールに尋ねる。
「まだ半分も来ていない。今夜は野営だ」
「こんな暑いところで寝れるか!」
タンクの叫びにウェールはくすりと笑う。
「キミは本当に砂漠を何も知らないな。昼は灼熱、夜は極寒。それが砂漠という存在の厳しさだ」
なぜか、誇らしげに語るウェール。
そのことを問おうとしたときに手を横に出して制止した。
「本当にキミらは運がいい。水が飲みたいのだろう?あっちからやってきた」
ウェールの言葉の直後、砂の中から大きなハサミが飛び出して来た。
その大きさは、ハサミだけで大人の身の丈ほどもある。
ハサミだけといったように、もちろん本体がいる。
その巨大なハサミと同じ長さもあろう顔。
しかし、下半身は砂の中に隠している。
すべて合わせたら全長は大人3人分と言ったところか。
「なんだ、この化け物!」
「アリジゴクという。獲物の体液をすすり育つ虫だよ。つまり腹の中には水分がたっぷりある」
ウェールの言葉の意味を図りかねた。
正確に言うのであれば、図りたくなかった。
「ウェールさん、つまり……?」
「ヤツを仕留めれば潤沢な水が手に入るという事だ」
ウェールは2人の背後に回り込むとドンっと背中を押した。
「ウソだろ!?」
「ウェールさん!?」
アリジゴクが住まう流砂に突き飛ばされ、足を取られる2人。
ちゃっかりうぱはウェールにしがみついて難を逃れている。
「冒険者程度でも倒せる、砂漠の入門編だ。勇者であればいい経験だろう」
流砂の淵で座り込み、見を決め込んでいるウェール。
そしてその膝の上に座っているうぱ。
「アイツ、砂漠越えたらノシてやる」
「その前にコイツ倒さないと!」
2人は目の前のアリジゴクに武器を構えるのだった。
「起きていたのか」
砂漠の夜、テントの中からタンクが出てくると、ウェールは振り向きもせずに声をかけた。
「昼間は散々な目に合わされたからな」
アリジゴクの後、無数の虫型の魔物が砂から飛び出してくるたびにやら修行だ、やれ経験だと2人を突き飛ばし、全く戦おうとしないウェールに文句を言いに来たのだ。
タンクで無くても文句を言いたくなるものである。
「実際2人だけでどうにかなっただろう?それにあれしきでくたばるなら魔王討伐など夢のまた夢だ」
悪びれる様子もなく、それどころか目を合わせることも無くウェールはのたまった。
「魔王の前に、お前を倒してやろうか」
タンクは歯噛みしながら睨みつける。
「やめておけ。キミは彼我の実力差を読めぬ未熟者ではないはずだ」
その言葉を受けて、タンクはウェールの隣に座った。
その通り。この女は強い。
少なくともあれだけの仕打ちをされても文句しか言わないのはその気になれば昼間の虫などウェール1人でどうとでもなっているだろうと思えたからだ。
だからこそ解せない。
エヴァルスとタンクを共に砂漠を渡る理由が、ウェールにはない。
「なんでオレらを誘った?」
「星は遠いな」
タンクの問いに明後日の方向から返答するウェール。
一発小突いても、問題ないのではなかろうか。
しかし、どうにも軽い小突きすら当てられる想像はできなかった。
「なぜお前たちは2人で旅をしているのだ」
「はぁ?伝承だろ?この先で後2人増えるはずだが」
タンクは首を傾げる。
勇者の旅は決められた旅路、決められた仲間と魔王城に進んでいく習わしだ。
正確にいうならば、紋章の浮き出た者とになる。
栄誉ある生贄。
タンクは自分の事をそう思っていた。
それは別にエヴァルスのことを恨んでではない。
むしろエヴァルスのことすら同じように考えていた。
ただ紋章が浮き出たという理由で、誰も成し得たことのない旅に立たされる。
魔王討伐という大義が無ければ、すぐに拒否していた……そうではない。
たとえ魔王討伐だろうと拒否したかったとタンクは考えていた。
エヴァルスと違い、大義のために行動できるほどタンクは強くない。
ならなぜこの旅をしているのか。
ひとえにエヴァルスを見殺しにできなかったのだ。
物心ついた時に浮かんだ紋章。
その時点で自分ともう1人が死出の旅が決まったことを意味した。
母親に連れられ、生まれたばかりの”勇者”を見に行ったとき最初に見たのは、穏やかな顔で眠っている姿だった。
まだ2歳だったにも関わらず、強烈に覚えていた。
自分も、この子も。
誰一人として、旅に出すことに変に思わないのか、という事を。
当時そんなはっきり感じていたわけではない疑問は日に日に膨らんでいった。
名前を変えられ、本名で呼ばれることは無くなった。
そのことすら時間で違和感が消えていった。
歴史の1ページになっていく自分。
そしておそらく”次のタンク”への繋ぎ。
魔王を倒せないであろうことはここまでの旅路ではっきりと自覚していた。
「下らないことを考えているな」
思考の渦に飲まれていたタンクはウェールの言葉で現実に引き戻された。
自分の考えと一緒に唾を飲んだ。
「今夜は私が番を務める。昼働いた駄賃だ。ゆっくり休め」
「……質問に答えてないぞ。なんでオレらを共に?」
その再びの問いに対して初めて目を合わせるウェール。
「じき分かる。そうさな、明日目的地に着いたら教えよう」
「目的地?砂漠を越えるんじゃないのか?」
タンクの問いにじっと目を見つめ返す。
「そう急くな。”シルバ”」
ウェールが口にした名前は、15年前普通の人生と共に別れたタンクの本名だった。
「寝ろ」
それきりウェールは口を閉ざす。
不意打ちと、ウェールの圧に勝てるほどの力も、タンクには残っていなかった。
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