第6話・ヒトの悪意
エヴァルスとタンクは意見の割れたまま洞窟内に侵入した。
中は思ったよりも罠や魔物などの障害はなく、天然の迷宮以外は問題なく進むことができた。
それはそうだろう。
いくら盗賊が根城にしているとはいえ、所詮人間。
魔物が住み着いていたら自分たちも危ういし、こんな人里離れた場所にある時点で侵入者を想定しているわけもない。
つまり抵抗といえるのは盗賊たちの襲撃だが、生まれた時から魔物想定で鍛えられているエヴァルスらと、なし崩しで盗賊に落ちた人間の力の差は明白であった。
2人は武器を取るまでもなく、素手で制圧していく。
武器を取り上げ、無力化し、そのあたりに生えていたツルで手足を縛りあげ道中に転がしていく。
「……もしかして、ガチ誘拐だったりする?勇者サマが子ども救いに来ているんだとしたら準備もされてなくね?」
5人目の盗賊を気絶させて縛っている最中、タンクがため息交じりに話す。
「やっぱりよかったじゃない。村の人たちにも何か事情があったんだよ」
エヴァルスは先ほどまで意見が割れていたことも気に掛ける様子なく、更に進んでいく。
2人は既に気が緩んでいた。
そのことを咎めることはできないだろう。
所詮盗賊、魔王の配下ですらない者たち。
武器を抜く意味すらない者たち。
そんな相手をしていたら、いつも張り詰めている気を緩めることは道理だ。
しかし、2人は幼かった。
悪意に触れたことはなかった。
悪意というものに対しての想像が欠けていたとしても、責めることはできないだろう。
だから、この洞窟での出来事は必要だったのだ。
ヒトという生き物の悪意を知るために。
盗賊は基本的に1人、多くて3人程度のグループでしか襲ってこなかった。
既に15人程度相手取っていることを考えれば、一斉に襲い掛かって来ていたらさすがのエヴァルスでも危なかったかもしれない。
エヴァルスにしてもタンクにしても、人間相手に魔法を使うことはしない。
先日、子どもを助けるために放ったのは魔物で緊急だったから。
たとえ自分の身が危険に及ぼうとも人間に向けて魔法を放つということは、当たれば命を絶ってしまうことが確定してしまうのだ。
仮に今まであしらった盗賊たち15余名が一度の襲い掛かってきたとしても、エヴァルスも、タンクも魔法を放つという選択はなかっただろう。
2人は洞窟の最奥にたどり着く。
異臭が籠るその場所に思わず顔をしかめる2人。
部屋状になった場所は松明が灯され明るく、見通しが良かった。
奥にゴザが敷かれて、隻腕の男が座って瓶を煽っていた。
「なんでぇ、もう着いたのか。怪我は……なさそうだな。情けねぇ、こんなガキに手も足も出ないってか」
男は唾を吐き捨てながら立ち上がる。
支えに使った長剣は太く、刃が内側についていた。
ククリ。
本来草刈り用に作られた剣だが、その重量は何かを叩き潰すにはもってこいの得物だった。
「お前で最後か。オレらはさっさと帰りてぇからな。怪我したくなければ降参で許してやるけど?」
タンクの軽口に男は首を傾けてコキコキと鳴らす。
「運動不足でな」
「あ?」
「たまには活きの良いヤツを殴らんと鈍る」
「タンク」
男の言葉にいち早く反応したエヴァルスは、タンクに声をかける。
その瞬間に男はタンクに剣を振りかざしていた。
金属音。
タンクは寸前で盾を構えるも、振り抜かれたククリの勢いのまま宙を舞う。
「ほぉ、良い反応だ。盾のガキも、そっちのガキも」
タンクを目の端で捕えながらエヴァルスにも気を配る。
2人を分断しているということは、挟まれていると同義なのだが男は慌てる様子もなくククリを地面に刺す。
「ってぇ……なんつう力だ、このオヤジ」
「そんなに力は込めてないんだがな。もう少し手を抜いてやったほうが良かったか?」
男はつまらなそうに腕の無い方の肩を回す。
「まぁ、いい。金を置いていけ。2度と来ないなら命だけは助けてやる」
「そんなことより攫った子どもたちはどこだ」
まだ状況として有利にもなっていない時にエヴァルスはにらみをきかせる。
男は何を聞かれているのか分からないように首を傾げた。
「子ども……子どもか。あぁ、その牢の中に置いてあるよ」
「タンク!こいつを倒せば!」
男を挟んで反対側のタンクに声を飛ばす。
「お前の考え当たって癪だけどな」
タンクは起き上がると盾を腰まで下ろす。
攻撃を防ぐためではなく、自ら攻める時の姿勢。
エヴァルスも剣を抜いて、身体で刃先を隠す。剣の長さを相手に悟らせないように。
「下らない」
男は再び動く。
消えるような速度で今度はエヴァルスの目の前に立つ。
ククリを置いたままで、20歩は離れた場所に瞬時に移動する。
腰だめに拳を放ち、エヴァルスの身体が宙に舞う。
「がはっ」
「エヴァ!」
タンクの声に振り向く男。
「……エヴァ?コイツ、もしかして勇者か?」
勇者には代々「エヴァルス」の名前が付けられることはこの世界の常識。
その名前に対しての愛称などそう多くない。
その場合「エヴァルス」か「エヴァ」くらいでしか呼ぶことはないだろう。
「そうか、勇者か。だがこの世界で正しく生きて何になる」
魔王が支配して既に1,000年以上。
魔物が徘徊して、壁に囲まれた生活圏を作り生き永らえる人間たち。
秩序の中で生きているものにも苦しいながら無法者にとっては地獄そのものであろう。
「だからって、人を害していい理由にはならない」
殴り飛ばされた先で受け身を取り、切っ先を向けてけん制するエヴァルス。
その言葉を聞いて男は醜く唇を歪めた。
「下らねぇ。オレの腕、斬ったのが村の奴らだって言ってもか」
エヴァルスとタンクは固まってしまう。闘志を緩めてしまう。
「子ども助けに来たなら村寄ったんだろ。こんな田舎にあれだけの屋敷と壁、どうやって作ったと思うんだよ」
男が言ったことは2人が違和感にも通じる。
屋敷の中に居た男たちを雇う金はどこにあるのか。
「勝手に税だのなんだの課してきて。払えなくなったら食い扶持取られる。魔王よりもあの村のほうが邪悪だね」
「だからと言って、子どもを攫っていい理由には」
「オレが?攫った?」
男は我慢できなくなった様子で高笑いを始める。
「何がおかしい!」
エヴァルスが切りかかると男は腕を掴んで捻る。
うめき声をあげてエヴァルスは剣を落としてしまう。
「カギだ、お前は直視できるのかよ」
男は1本のカギを放り投げるとククリを刺したところまで戻りあぐらを掻く。
そして顎をしゃくり、牢を示すのだった。
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