第18話 さすがに初体験でした
私がへレーナの部屋から出ると、すぐにフレッドが駆け寄ってきた。
「ユーリ、神官たちが部屋から追い出されたようだが……いったい、なにがあった?」
「ごめんなさい、フレッド。失敗したわ」
ミカエラの待つ私室に戻り、私は胸元につけていた水晶のブローチを外した。これが映像を残せる魔道具だ。ここに保存された内容は嘘偽りないものとして、前世の話なのでどうしようもない。
ふたりに映像を見てもらい、意見を仰ぐことにした。
「そうか……俺はユーリにとって大切な
「いや、ほら。言葉のあやというか、ねえ?」
いや、反応してほしいところはそこじゃない、と思いつつも落ち込むフレッドをフォローする。
「言葉のあや? では本心ではどう思っているんだ?」
「うーん、私はフレッド以外に……」
「以外に?」
「護衛を任せる気はないわ!」
「……つまり専属護衛で違いないな」
さらに落ち込ませてしまったようだ。ガックリと項垂れたフレッドに申し訳なく思う。
「お兄様、そういうのは後にして。それより聖女はお兄様と結婚したがってるのが問題よね」
「ああ、それか? 俺が皇太子を返上すれば興味をなくすだろうけどな」
「まあ、それは最終手段よね」
「ミカまで……! そんなことしたら皇帝陛下と皇后陛下が悲しむからダメよ。私がいなくなれば済む話だわ」
二週間前にフレッドにも言ったけど、それだけじゃない。それなら最悪私が婚約者候補から身を引けばいいだけの話だ。
「だってあの映像見ちゃったら、あの聖女は性格悪すぎて無理でしょ。あんなのが皇后になったら、帝国はあっという間に滅びるわ。お姉ちゃん以上の適任者はいないから」
「そもそも俺があの聖女を受け付けない。ユーリをあんなに悲しませる人間は俺の敵だし、手放す気もない」
正直、ふたりの言葉がとても嬉しい。私みたいな仕事しかしてこなかった枯れ切った女でもいいのだと言ってくれる。これでダラの時間が確保できるなら問題ないんだけど。そこが悩みどころだ。
「それはお兄様に完全に同意するわ。それならあの聖女の裏の顔を暴いて皇后には不適格だと追い込むしかないわね」
「そうだな……影を使うか。まあ、物的証拠がなかったら状況証拠だけでも追い詰めるか」
「大丈夫よ。さっきの映像を見た限りじゃ、そんなに賢くなさそうだし絶対に証拠は集まるわ」
心の底から思うけど、この兄妹が敵じゃなくて本当によかったわ……!!
だけど、そんな平和な時間はあっけなく終わりを迎えた。
翌日、午前中は三人で会議をして、午後から証拠集めのためにフレッドと街へ出ようと思った時だ。影の中から突然リンクが現れ、フレッドの前で膝をつき声を抑えて話しはじめる。
「アルフレッド殿下、皇帝陛下が聖女に拘束されました」
「……それは事実なんだな」
「はい」
リンクの報告は突拍子もないのに、フレッドの様子から現実なんだと理解する。
聖女へレーナがそんな暴挙を起こしたなんて、考えられない。聖女は確かに敬われる存在だけど、他人に危害を加える能力はなかったはずだ。
「俺が聖女を捕らえ——」
扉に向かって歩き出したフレッドの前に、リンクが両手を広げて止めに入る。漆黒の瞳は真っ直ぐにフレッドを見つめていた。
「アルフレッド殿下。すでに皇帝は拘束され、皇城が制圧されるのも時間の問題です。さらにユーリエス様は指名手配
され、絵姿がかなりの速さで広まっています。今は姿をお隠しになるのが最優先です」
「ユーリが指名手配だと……!?」
「え、じゃあ、私このままここにいたら……」
「聖女の手の者に捕まり処分されるでしょう」
これは……さすがに初体験だ。半世紀以上生きてるけど、指名手配はされたことがない。
「わかった、まずはユーリの安全が第一だ。リンクも一緒に来てくれ」
「では隠れ家まで先導します」
「頼む」
そこで廊下がなにやら騒がしくなったのが聞こえてくる。言い争うような声だけど、内容までは聞き取れない。フレッドとリンクに手を引かれて皇太子夫婦の寝室へ入り、素早く鍵をかけた。
「ユーリ、皇族と影しか知らない避難経路を使う。少々歩きにくいがこらえてくれ」
「大丈夫よ。あっ、ミカは? ミカはどうなるの!?」
「ミカエラにも専属の影がついてるから大丈夫だ」
「そう、よかった……」
フレッドの言葉に安心して胸を撫で下ろす。リンクがベッドの正面にある絵画の四隅を操作すると静かに壁が回転した。リンクが先頭を歩き、フレッドに手を引かれ暗い階段を下りていく。
「ユーリ、足元に気を付けて」
「ええ、大丈夫。だいぶ慣れてきたわ」
無骨な石で囲まれた通路は暗く、湿った空気が流れている。壁はゴツゴツとしているものの、床は平らなので歩きやすい。リンクとフレッドは急ぎつつも私のペースに合わせてくれて、歩みを遅らせているのは自分だと焦燥感に駆られた。
「待って、ヒールじゃ走れないから脱ぐわ」
「それではユーリの足が傷だらけになるだろう」
「大丈夫よ、布を巻けば平らな床だし問題ないから」
そう言って、ドレスについているフリルを手で引きちぎって手早く足に巻きつけた。
「これでいいわ、私も走るから急ぎましょう」
「本当にユーリは……どこまで俺を惚れさせるんだ?」
「もう、そういうのは後で!」
「では後でたっぷり愛を囁こう」
フレッドのとろけるような微笑みに、走る前から心臓がバクバクしてしまった。
それでもなんとか入り組んだ避難経路を駆け抜けて、リンクの用意した隠れ家へと逃げ切った。隠れ家はあるアパートの一室で部屋数はキッチンと居間がひと間続きで、部屋がふた部屋ある。
私たちが着いてしばらくしてからミカエラも影のマリサと一緒にやってきた。マリサはミカエラと背格好も似ていて、それこそ影武者にもなれそうだ。
「お姉ちゃん! よかった、お兄様も……」
「ミカ! よかった、逃げられたのね」
ミカのドレスの裾は泥まみれになっているけど、無事な様子に安堵する。お互いを確かめるように抱きしめ合った。
「母上はどうした?」
「お母様はわたしを逃すために囮になったの。なにがなんでも助けないと……!」
「そうか……わかった。俺がなんとかする」
フレッドは悔しそうにギリッと奥歯を噛みしめる。
「ごめんなさい……私のせいだわ。私が……へレーナを刺激してしまったから……」
「ユーリ、それは違う。あの聖女がおかしいんだ。こんなことになるなんて、誰も予想できなかった」
「そうだよ、お姉ちゃんのせいなんかじゃないから! 昨日の映像を見たらわかるよ。あの聖女がヤバいだけだから」
「…………」
ふたりはそう言ってくれるけど、私が納得できない。絶対に皇帝陛下と皇后陛下を助けないと。へレーナをどうにかしなければ……!
「リンク、謁見室での出来事は把握できているか?」
「はい、ご説明いたします」
影たちは念話というスキルが使えて、離れたところにいる仲間とも会話ができるという。そのスキルで謁見室の様子を聞き出してくれたのだ。
謁見室ではへレーナが好き勝手やっていて、皇帝陛下と皇后陛下は闇の力で作られた檻に閉じ込められているそうだ。貴族たちも逆らえば檻に入れると脅されて、渋々したがっている状態だ。
聖女へレーナが女帝として今後は統治すると、通達を出す準備を進めているらしい。それは帝国内だけではなく、諸外国へも知らしめるようだ。
「父上の影が動いていないな」
「はい、皇帝陛下からはなにも指示がなかったと言っています」
「本当だわ……お父様はなにか策があるのかな……?」
「玉座の後ろに檻があるなら、逆に聖女を見張っているみたいね」
私の発言でフレッドとミカが顔を見合わせる。そんなに変なことを言っただろうか。
「さすがユーリだ。惚れ直したよ」
「え? なんで?」
「お姉ちゃんって、本当に最高!」
「う、うん? ありがとう……? ねえ、それよりも闇の力ってどんなものなの?」
私の問いかけにミカが答えてくれる。フレッドも知らなかったようで、真剣に耳を傾けていた。
「闇の力はね、確か世界中から集まった汚れなの。聖女はこの世界を清めると穢れが溜まるから、通常は神に祈りを捧げて浄化させるんだけど、原作ではあえて浄化させないで邪神の復活に使ったの」
「なるほど……聖女の性格なら真面目に神に祈りを捧げたか疑問だな」
「確かに、前世でも勤勉ではなかったから……変わってないなら十分あり得るわ」
それならその穢れを浄化させれば、闇の力はなくなって事態を収められる。
わずかな希望の光は、私の進むべき道を真っ直ぐに照らしていた。
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