第三章 専属護衛がお熱い
第8話 お引き取りください
「え!? どうして今頃……?」
とっくに婚約は解消されているのに、なぜか今になって王太子が訪ねてきた。フレッドは珍しく厳しい顔つきで、私が会いたくないと言ったら力づくでも排除しそうだ。さすがにここは帝国内だとはいえ、王族を無下に扱うようなことをさせたら危険だ。
本当に面倒だけれど無視することもできないし、私が対応するしかないようだ。
「わかったわ。今行くわね」
部屋着のままなので簡易的なワンピースに着替えてから玄関まで行くと、勢いよく王太子殿下が詰め寄ってきた。
「ユーリエス……ユーリエスだな!」
「はい、確かにそうですが……いったいどのよ——」
「お前に聞きたいことが山ほどあるのだ! いったいどういうことだ? 婚約解消など聞いていないぞ!?」
「あの、ここは外ですから声を控え——」
「外がなんだというのだ! 私は今それどころではないのだ!! お前、何が目的だ!?」
ダメだ、頭に血が昇って私の話を聞いてくれない。このままではご近所様とは多少の距離があるとはいえ、迷惑がかかってしまうかもしれない。仕方なくリビングに通すことにした。
「落ち着いてください。きちんとお話ししますので、狭い家ですが中へどうぞ」
「それなら早く家の中へ通せ!」
家に上げても「なんだこの狭さは! 犬小屋よりもひどいではないか!」とかほざいて、いちいちムカついた。
だけど顔には出さず、フレッドには護衛の仕事に専念してもらっている。
前世の経験からDV気質のある男は、激昂したら手が出るので危険だと知っているからだ。私がお茶とお菓子を用意して王太子殿下の対面にゆっくりと腰掛けた。
すると王太子殿下が捲し立てるように口を開き、勢い余ってテーブルに手をつき身を乗り出してくる。
「ユーリエス! 婚約解消とはどういうことだ!? お前は私を愛しているのではなかったのか!?」
「失礼ですが、王太子殿下。私とはすでに婚約を解消いたしましたので、ユーリエス嬢とお呼びください」
婚約者でもなんでもない私を、いまだに呼び捨てにされることは我慢ならなかった。私の隣に立つフレッドが守ってくれるという安心感もあり、はっきりと拒絶の姿勢を示せた。
「くっ、いいから質問に答えろ!!」
こちらの話は聞かないのに、自分の質問に答えろとは本当に身勝手な男だ。だけど、確かに以前付き合っていたDV男がこんな感じだった。クリストファー殿下もDV男の才能があると確信に変わる。
…… 婚約破棄できて本っっっっ当によかったー!!!! こんなところで男運の悪さが役に立つなんて思わなかったけど!!
私がひっそりと胸を撫で下ろしいると、隣に立つフレッドの殺気を感じ取ったのか、王太子殿下は浮かせた腰をソファーに下ろした。
「では僭越ながら申し上げます。私は王家への忠誠と家門のためを思い、クリストファー殿下と婚約を結んでおりました。政略的な婚約でしたが、確かに愛はございました」
本当に以前の私はこんな男のどこがよかったのか。金髪に若葉色の瞳という、いかにも王子らしい見た目しかいいところがない。DV気質で浮気性なんて、いくら王太子でもごめんだ。
「そうだろう! ならなぜ……!」
「それは、クリストファー殿下がご進言差し上げても聞き入れず、数多の令嬢たちと浮気されたからです」
それにいずれ王太子妃となる私が、浮気という問題すら解決できなければ政治的手腕を疑われる。醜い嫉妬と、私だけを見てほしいという気持ちも重なって、浮気相手を排除し続けた。ずっと一途に愛してくれていたら、こんな結果にならなかったのに。
それにだ。今の私にとってなによりも重要なのは、ダラのプロを極めることだ。王太子妃なんてやったら確実にそれどころではなくなる。絶対になにがなんでも避けなければならない案件だ。
「あんなものは遊びに過ぎないとわかっているだろう! 将来はお前が私の妻になるのだから、ゆったりと構えていればいいのだ!」
「……いえ、私はそれほど寛容にはなれません。度重なる裏切りですっかり心が枯れ果てたのです」
これも本心だ。前世で浮気されて傷ついた心と、今世で傷ついた心が、あふれるように愛が湧いていた心を枯れさせた。ひび割れた心ではどんなに愛が湧いても、その隙間からこぼて落ちいくばかりだ。
「だったら、これから存分に愛を注いでやるから戻ってくるのだ!」
なにを今さら慌てているのだろうか。今さら愛を注がれたところでまったく心に響かないし、そんなに別れてほしくなければ最初から大切にすればいいのに。この会話を耳にしているフレッドから、ピリピリとした魔力が漏れ出している。主人が理不尽なことを言われ、忠誠心が篤い騎士だからこそ怒りを感じているのだ。
「これ以上食い下がるのでしたら、ご令嬢から集めた証言を王太子殿下の不貞の証として国王陛下へ提出いたします。父から渡せば、あの数では国王陛下でも無視できないでしょう」
「そっ……そん、な……私は、お前がなにも言わなかったから……問題ないのだと……」
私がなにも言わなかったのは、以前の私が王太子に嫌われたくなくて黙って耐えていたからだ。
記憶を取り戻してからは、一瞬で気持ちが冷めたけど。
「私がなにも言わなければ、数々のご令嬢と浮名を流してもかまわないというのですか?」
「……だって、いつだってお前は微笑んでいたじゃないか!」
「微笑みの下は、いつも悲しみと嫉妬であふれてました。もう、そのような思いはしたくありません」
上面しか見ないから、物事の本質が見えてこないのだ。それは貴族社会で、また政治的なやり取りでは致命的な欠点となる。誰が本心を隠さず打ち明けると? 本心を覆い隠して牙を研ぐのが当たり前の貴族社会なのに。
だから、どちらにしてもクリストファー殿下の未来は暗いものになるだろう。
「それでは私が王太子でいられないのだ! 激怒した公爵から廃太子を迫られて、お前と再度婚約しないと私は——」
そして結局、自分のことしか考えていない。廃太子したくないからここまできたのだ。自分の保身のためだけに。
「だからなんですの? 婚約者でもない私には関係のないことです。お引き取りください」
「そ、そんなこと言わないでくれ! お前と私の仲ではないか!」
「ふざけたことをおっしゃらないでください。貴方様とはもう縁もゆかりもない、ただの他人ですわ」
王太子殿下は返す言葉がないようで、ガックリと項垂れた。
私がフレッドに視線を向けると、承知したと言わんばかりにクリストファー殿下を引きずり応接室から追い出してくれた。
せっかくダラの時間でリフレッシュできたのに、あの男のせいで台無しだわ……!
イライラしたので、目の前の手をつけられていないお茶菓子を完食したら、少しだけ気分が晴れたような気がする。そんなちょろい自分に小さく笑い、いよいよ仕事の時間に戻るかと気持ちを切り替えた。
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