第36話 ドライフラワーと大好き

「「「ノアさん! いつも美味しいご飯をありがとうございました!」」」


 片付けを手伝ってくれた子供達が口を揃えて僕に感謝を伝える。


 一人の女の子が僕の前に立った。


「これ。日頃の感謝を込めて作りました!」


 色とりどりの花びらが美しく詰まった綺麗な瓶を取り出した。


「えっ……?」


 突然の事に驚いてしまって、呆気に取られていると、隣にセレナがやってきた。


「ノアのために作ってくれたみたい。良かったね」


 みんな満面の笑顔を浮かべて、僕に花びらの瓶を渡してくれる。


 震える手で受け取ると、瓶に雫が一滴落ちてきた。


「ノア!?」


 ああ……そうか…………僕……泣いてしまったんだ。


 セレナが僕を抱き締めてくれて「本当に良かったね」と声をかけてくれる。


 僕は彼らがこの先待ち受けているであろう過酷な道を心配していた。


 分かっていながら助けられない自分に悲しみすら覚えていた。


 なのに、彼らはこんなにも笑顔で、希望に満ちた表情をしている。


「私達。ノアさんに勇気を貰えました。私達はなにもできないから、いつも誰かが恵んでくれるのを待ってました。でも……ミレイちゃんを見て、ノアさん達を見て分かったんです。自分達が歩み出さないと、何も始まらないと。だから、私達で色々考えて、ノアさんに喜んでもらえるにはどうしたらいいかと考えたら、その乾燥花ドライフラワーを思いついたんです!」


 赤、青、緑、ピンク、黄色、紫。色んな花びらがたくさん詰まっていて、蓋からは花の良い香りがする。


「私達、これから一生懸命、ドライフラワーを作って売るつもりなんです。一番最初に一番大切な人に送りたくて頑張りました!」


「そうか……ありがとう…………大切に……するよ…………」


「はいっ! 嬉しいです!」


 子供の前で大泣きしてしまった。


 アラフォーともなれば、涙腺が脆くなってしまうのかね……。


 彼女達が懸命に作ってくれたドライフラワーは、屋台のカウンターの脇に、【販売街はシーラー街】という看板と共に置くこととなった。




 ◆




「「「乾杯~!」」」


 外はすっかり夜になって、宿屋ホワイトテールの食堂には冒険者だけでなく、僕達の顔見知りがたくさん集まった。


 明日には街を出ようと思っているので、打ち上げというわけだ。


 主催者は、大工のセビルさん。


 今回依頼の中で、ビニールカーテンの両開きというアイデアと、たこ焼き用の爪楊枝のアイデアに感謝を込めて、今日はセビルさん持ちでの宴会になった。


 それと多くの冒険者達。実はセレナの大ファンになったようで、彼女がたくさん食べる姿に癒されたり、勇気を貰った冒険者達だ。


 以前行ったたこ焼き大食いチャレンジイベントも非常に好評だった。


 宴会が始まり、多くの人がセレナに握手を求めて「いつも美味しそうに食べるところ、勇気を貰えました!」と声をかけていた。


 楽しい時間はあっという間に終わり、宴会を終えた僕達は宿屋での最後の晩を迎えた。


 相変わらず、一つのベッドにセレナと僕とで入っている。


 いまだに緊張してしまって、顔が熱くなる。


「ノア……起きてる?」


 小さく囁く声が聞こえる。


「寝れない?」


「うん……少しだけ喋ってもいい?」


「もちろん」


 ライラさんとミレイちゃんを起こさないように、鼻と鼻がくっつくくらい至近距離に顔を近づける。


「私ね。この二年間、大食いが本当に嫌いだったんだ」


 実家でのことを思えば、そう感じるのは当然のことだ。


「でもね。ノアがいつも私の大食いは人々を癒す力になれるって言ってくれたよね?」


「ああ。僕がそうだからね」


「……今日、初めて色んな人達から勇気を貰えましたと言われてさ……凄く嬉しかったんだ」


 幸せそうに笑うセレナの頭を優しく撫でる。サラサラした銀色の髪が、暗闇の中でも美しく波を打つ。


「凄く嬉しくて……私の力でも誰かを幸せにできるんだって思ったら、もっと嬉しくなって……それでね?」


「ああ」


「そのきっかけをくれたのが……だったからなんだなと思ったんだ」


 セレナの「君」という言葉に思わず心臓が跳ね上がる。


 絶世の美女でもあるセレナが同じベッドの中で上目遣いでそう囁く。それにときめかない男子はいないはずだ。


 今だけは……自分がアラフォーであることを忘れてしまうくらい、胸が飛び跳ねる。


「ずっと私を支えてくれてありがとう。ノア。それと……これからもよろしくお願いします。私も君のためにできることなら何でもするからね?」


 煌めく彼女の瞳が俺の瞳を覗く。


「――――大好き」


 そう話した彼女は、ゆっくりと顔を近づけてきた。


 そして――――彼女の唇が僕の頬に触れた。


 柔らかい感触と共に、もはや心臓の高鳴りでミレイちゃん達を起こしてしまうんじゃないかと言わんばかりに、鼓動の音が鳴り響く。


 すぐに「おやすみっ」と後ろを向いたセレナ。


 あまりにも突然な出来事に頭の整理が追いつかなくて、セレナに何も伝えられないまま、僕は暗い天井を見ながら夜を明かすこととなった。


 異世界に生まれて十二年。異世界なら成人。十二歳ともなれば、婚約する貴族も多く、十五歳には結婚なんて人も多い。それは貴族だけでなく平民も同様だ。


 だが、僕の心にはどうしても前世の記憶と感覚が拭いきれない。いや、どちらかというと、異世界での【ノア】という人物よりも、前世だった僕の方が本物・・だと思っている。


 僕は……どうして異世界に転生したんだろうか?


 屋台を開いて大勢の人に美味しいものを提供して、困った人を腹いっぱいに食べさせるため? ――――本当にそれだけ?


 その問いを自分に投げかけては、答えのでない時間を過ごした。

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