第34話 やってきた横暴な子爵

 七日目。


 今日のお昼営業でシーラー街での営業は終わりだ。


 最終日というのもあってか、ここ六日間利用した人達がこぞってやってきた。


 いつにも増して人数が多いと思っていたので、事前に裏側に臨時席を十席、先に出しておいた。


 まもなく開店になろうとした時のことだった。


「おい! 退け退け!」


 横暴な声と共に何人かの男達がこちらにやってくる。


 もちろん、セレナとポンちゃんは臨戦態勢をとる。


「邪魔だ! ブルグルス子爵様の通りだぞ!」


 ブルグルス子爵様?


 その声に待っていたお客様達も反応して、眉間にしわを刻む。


 男達が僕の前に立つと、中から一人のぶ…………こほん。ふくよかな男性が前に出た。


 煌びやかな衣装を身に纏い、両手には高そうな指輪やブレスレットが見え、首にも豪華なネックレスや宝石が付いている帽子を被っていた。


「お前が店主か?」


「はい。僕が店主のノアと申します」


 まさか、ここで貴族と出会えると思わなかった。


 ある程度広い街の場合、平民地区と貴族地区に分けられている。シーラー街だってそういう作りになっている。


 貴族と関わりたくなくて普段から決して貴族地区には近づかなかったし、ここも正反対側だ。


「お前のところで美味しい肉を出しているようだな。俺様のために出せ」


「かしこまりました。ではすぐに準備しますので、お待ちくださいませ。セレナ!」


「かしこっ~!」


 セレナは急いで厨房の裏にある物置から、ひと際目立つテーブルと椅子一つを持ってきてくれた。


 これも特注で作った豪華な・・・テーブルと椅子だ。ただ、高価なのでテーブル一つと椅子は二つしかない。


「どうぞ」


 貴族風テーブルには、ちゃんとパラソルが設置されていて、日差しを防ぐこともできる。


 そこにで……こほん。ふくよかな貴族が座り「早く持って来い!」と声を上げた。


 セレナはすぐにメニューを持って、貴族の前に出す。


「当店には現在三種類のメニューがございます。パン、焼肉、たこ焼き。どれも美味しいので、とてもおすすめでございます」


「っ!? な、中々値段が高いな?」


「もしお口に合わなかった場合、好きな額で支払って頂いても構いません」


「ならいい! 全部持って来い!」


「かしこまりました」


 幼い頃から貴族作法には慣れているセレナは、失礼のないよう見事な挨拶を披露する。


 いくら子爵がで……こほん。ふくよかで怠け者っぽく見えても、その目は確かなもののようで、セレナの挨拶に唸り声を上げた。


「こんな辺鄙へんぴな店なのに、店員の教育はちゃんとなっているみたいだな」


「恐縮です」


 今度はいつものプレートではなく、上品な皿を三つ出す。


 それぞれの皿にたれ焼肉とパンとたこ焼きを作る。


 ただし、いつものものとは違う。


 一気に周りに匂いが広がると、子爵だけでなく他のお客様達も目の色を変えた。


 それもそのはず。この香りをかいた者はもう二度と忘れることができなくなるはずだ。


「セレナ。子爵様の分だ。丁重にな」


「かしこっ~!」


 うん。やっぱりその手のひらを見せながら敬礼するポーズ、めちゃくちゃ可愛い! 今度アイデア代をミレイちゃんに渡さないといけないくらいだ。


 セレナが最初の皿を大事そうに持って、子爵のテーブルに運んだ。


「お待たせしました。子爵様。こちらは、貴族様にしか出せない絶品焼肉でございます。その名を――――【トリュフたれとブルークロコダイルの焼肉】でございます」


 ブルークロコダイル。魔物の中でも世界的に有名なその名にはそれなりの理由がある。世界で最も美味しい肉・・・・・・・と言えば、このブルークロコダイルの肉なのだ。


 値段はよく一人前で計算される百グラムでも銀貨数枚はする。


 有り得ないとは思っていたが、もしうちに貴族がやって来た時、どんないちゃもんを付けられるか分かったもんじゃないので、事前に購入しておいたんだ。


 というのも、冒険者ギルドのマスターから貰った報奨金の使い道がこれだったりする。


 そこに足すのはいつもの焼肉のたれではない。確かに日本の焼肉のたれは世界で最も美味しいと自負している。だが、どこまでも庶民の味なのだ。


 そこで珍味の一つ、トリュフをふんだんに使った超高級焼肉のたれを追加する。


 普段ではとても手が出せないが【一秒クッキング】ならいつでも追加できるのだ。


 ただ、あまりにも美味しいので、僕もメンバーにも出したことはない。


 とてつもなく美味しそうな香りが屋台前に広がる。


 ポンちゃんは涎を滝のように垂らしているくらい、香りだけでご飯が食べられそうだ。


 目を大きくした子爵がフォークでお肉を口に運ぶ。


 次の瞬間、全身を振るわせて「美味いいいいい!」と叫びながら、その場に立ち上がった。

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