第11話 セレナの想い

 食事を終えて、僕もシャワーを浴びて寝る時間となった。


 しかし、どうしてかセレナは暗い表情を浮かべてベッドの上に正座をしたままだった。


「セレナ? どうかしたの?」


「…………ノア。ちょっといいかな?」


「ああ」


 僕は彼女に向かい合う形で自分のベッドに腰掛けた。


 足元にはポンちゃんが丸まって、眠るための体勢になっている。


「ノア? 私達って、もう婚約者じゃ……ないんだよね?」


 少し寂しそうにそう話す。


 僕は小さい声で「ああ」と答えた。




 元々僕達が婚約者になったのは、貴族家の習わしで成人するまでに許婚となった。


 それに関しては僕達の意思は全くなく、両親が決めたものだ。


 僕が彼女に初めて出会ったのは、五年前の七歳の時だ。


 当時はまだ才能に目覚めていない僕達は、ただ普通に生きて、貴族の教育を受けながら家のために生きていた。彼女もまたそんな感じだった。


 ただ、僕は他の兄弟の中で唯一黒髪黒目なのもあって、裏では別の男の息子ではないかと囁かれたりもした。実は赤ちゃんの頃、僕が聞こえているとは思わずメイド達が話していたのを聞いてしまったのだ。


 中には忌み子とまで呼ぶ人がいたくらい。そんな僕の許嫁となった彼女が少し可哀想だなという感想を頂いていた。


 初めて出会った日。彼女はまるで美しいお人形のように僕の前に現れた。初めこそは心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしていたけれど、彼女はまだ七歳。


 僕の体も七歳だけれど、前世で過ごした三十年を足したら三十七歳となる。つまり、アラフォーだ。


 彼女がいくら可愛かろうとも、僕にとっては娘のような年齢。もちろん、恋愛対象になどならない。


 それから三年間、上辺だけの付き合いをして、一度も彼女が心から笑ってるのを見た事もなく、僕も心から笑うことなく十歳を迎えた。


 そして、お互いに才能を開花させた。


 それからは全てのことがとんとん拍子で進み、剣士家系なのに剣士になれない僕と彼女の婚約は当然のように破棄された。


 その件も相まって家族が僕を虐げるようになった。


 それから紆余曲折がありながら、とある休息日に彼女とバッタリと出会って、焼肉をご馳走してからは、毎週のように泉のところでコーンラビットを食べるのは毎週唯一の楽しみになっていた。


 彼女も【暴食】のせいで家では煙たがられるようになったと不満を口にして、僕達は初めて心からお互いに笑い合った気がした。




「あ、あのね!」


 両手を合わせ、可愛らしい碧眼が僕を真っすぐ見つめる。


「も、もしノアさえよければ……また……婚約者に……なって…………欲しいな……なんて……」


 まさかセレナからそういう言葉が出て来るとは思わず、頭が真っ白になった。


「わ、私みたいな女、迷惑…………だよね…………」


「っ!? そ、そんなことない!」


「!?」


 思わず大きな声を上げてしまった。


 僕が彼女を娘のように見守っているのは変わらない事実だ。今でもそれは変わらない。さらに言うなら、異世界に来てから僕の欲求は、ただただ食欲にしか向かなくて、女性と過ごしたいという欲望は全くない。だからといって同性とならとかの話でもない。


 でもその感情は“彼女が嫌い”という感情ではない。むしろ、感情だけなら僕は彼女が好きだ。娘や妹として。


 だから彼女自身が自分を卑下することに怒ってしまった。


「セレナ。君はもっと自分に自信を持った方がいい」


「で、でもっ! 私は毎日大食いで……」


「たくさん食べることは悪いことじゃない。それにいつも美味しそうに食べるセレナを見てると多くの人が癒されるから、それは短所ではなく長所だ」


「でも私なんかのために……」


 ご飯を作るという作業がどれだけ大変なのかは知っている。前世でも一人暮らしだった僕は一人分の自炊をしていたが、それでも毎日クタクタになった状態だととてもしんどかった。


 彼女の大食いはそれこそ毎食五キロ分は食べる上に、食べる物があるなら間食もする。


 狩りでお肉を手に入れることができたとして、それを調理する手間はどうしてもかかってしまう。そして、それを彼女自身が行うにしても一人で狩りと並行するのは無理のある話だ。


 だから彼女はある意味……世界で一番生きにくい存在となってしまった。だから自分自身を卑下してしまう気持ちが痛い程伝わる。


「大丈夫。心配するな。セレナは僕が守る。だから気にすることはないよ。いつか君が――――誰かを好きになって、彼の元に行くまで僕が責任を持って君を守り抜くから」


 こんなアラフォーのおじさんに言われて嬉しくはないだろうけど、僕には【一秒クッキング】がある。これなら素材さえあればいくらでも作ってあげられる。


 それに、彼女と一緒にこの国に来たからには、僕は彼女の保護者・・・になったつもりだ。


 だから最後まで責任を持って、彼女が自立するまで守ってあげようと思う。


 僕の言葉に、セレナは涙を流しながら何かを小さく呟いた。


 でも小さすぎて僕には聞こえなかった。


 僕達の足元で眠っていたポンちゃんの耳がピクっと動いた気がした。

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