最後の言い訳
トム
第1話
――聞いてください!
聞く耳持つのも腹立たしいかもしれないが、どうしても伝えないといけない事なんだ。そう言って顔をあげると、彼女は足を止めてくれた。
「何よ、言いたいことが有るならさっさと言って」
振り返らずに、そう言い放つ彼女の身体は小刻みに震えている。声は僅かに鼻声で、涙を堪えているのかもしれない。そう考えただけでも喉の奥が痛み、自身もこみ上げてくるものが有る。だけどこれだけは伝えないといけない。……もう二度と会う事も、言葉を交わすことも出来ないだろうから。
何故出逢ってしまったんだろう。こんな哀しい別れが分かっていたら。後数分、たった数分間をずらすだけで、こんな結果にはならなかったのに。心に仕舞った感情が、一気に溢れ出して止まらなくなる。どうして! こんな風にならなければいけなかったんだ?! 地球上には何十億と人がいるにも関わらず、どうして俺と彼女はこんな残酷な運命にならないといけないのか。腹立たしくて悔しい。カミが存在したならば、こんな結果にはならなかった。
だが結果はそうならなかった。だから、俺と彼女はこんな状態になってしまった訳だ。
現実とはこんなにも残酷で容赦がないものなのかと、打ちひしがれる。心は憔悴し、ドンドン疲弊していく。周りの人間たちが誰も彼も輝いて見え、自分だけが取り残される感覚に押し潰されていく。
そんな感情が混ざったまま、今一度、前に立つ彼女の後ろ姿を見つめる。綺麗に真っ直ぐな黒い髪。着飾っているわけではないのに品を感じるその出で立ち。服装はスーツ姿だ。肩にトートを引っ掛け、今もそれを必死に握りしめている。
さぞや辛いことだろう。
だが言わなければならない。
俺の最後の言い訳を。
「漏れそうだったんです! でも、男子トイレに紙がなくて! だからこの女子トイレにお邪魔したんです! まさか、貴女が鍵も掛けずに入っているとは気づかずに!」
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