第8話 脱サラします!
「大変申し訳ございませんでした」
なんだ、この光景。
「「「……」」」
あまりに信じ
それもそのはず、
「今まで、お前ら……皆さんには大変ご迷惑をお掛けして──」
しかも土下座という態勢で。
昨日、俺とフクマロの初配信は大成功。
その影響は大きく、SNSなどでも大きな話題となった。
それからはいつもと変わらず、寝て起きて今日も出勤してきた。
配信を見てくれたのか、社員さん達とわいわいしていたところに、こうして社長が切り出したのだ。
「これからは何卒──」
そして社長の後ろにはニコニコとした安東会長。
あれ、なんか会長の方がサイコパスっぽく見えてきたぞ。
そうして、ひとしきり社長が謝罪を終えたところで、
「私からも。改めて申し訳なかった」
安東会長も頭を下げる。
「会長!」
「やめてください!」
昨日に続いて二度目だけど、また社員が止めようとする。
社長が頭を下げた時は、ただぼーっと見ているだけだったのに。
悲しいけどこれが信頼の差か。
「私がこの会社の面倒を見切れていなかった。これは私の責任です」
会長はいくつもの会社を経営する多忙な方だ。
社長が今の座についてから段々とブラック化していくこの会社を、見ている暇もなかったのかもしれない。
社長は恨めども、会長を恨む気にはならなかった。
それは他の社員たちも同じだと思う。
「では、次に──」
それから社長より、今後の職場の改善や見直しの案などが出された。
会長と決めたのか、強制的に決められたのか、今までより随分と改善されそうな気もする。
「帰宅時間が早い!」
「嬉しい!」
「時間ができるかも~」
社長にいきなり土下座をされたことに驚きすぎて、イマイチ状況が飲み込めていなかった社員たちも、ようやくここで一息つけたのだ。
そんな時、
「低目野君。ちょっと」
「は、はい!」
安東会長から声が掛かる。
「……」
これは計らずも訪れた良い機会だった。
というのも、実は今日、ある決心をしてきた。
それは懐に隠し持つ封筒が答えを示している。
『退職届』だ。
「低目野君は会社には残るのかい?」
「え! あ、その……」
連れられた会議室、会長の一言目がそれだった。
話そうと思っていた話題と同じで、俺はつい戸惑ってしまう。
でも、言うならここしかないか。
「実は、退職をさせていただきたいと思っておりまして……」
「ふむ」
こんなタイミングになってしまったのは申し訳ないけど、俺は昨日から決心していた。
配信者としてスローライフを送りたい!
脱サラして配信者として生きていきたい!
安東会長や、社長以外の社員は良い人だけど、別に働く事好きなわけではなかった。
今までは他に食っていく手段がなかったけど、今は違う。
なんならもう働きたくない!
出勤もしたくない!
そんな思いで、俺は胸の内を伝えた。
でも、そう簡単にいくはずが……。
「うん。いいよ!」
「ええっ!?」
あれえ?
「お、お言葉ですがそんなに軽く……ですか」
「ええ。それともまだ、やり残したことがありましたか?」
「いえ、特には」
「であれば問題ありません」
「……」
ええ、
呆然とする俺に、会長が再度口を開く。
「実を言いますと、今回を機に全社員に同じことをお尋ねしようと考えています」
「会社に残るかどうか、ということをですか?」
「そうです」
会長は続けてくださる。
今回の改革で、今までの態勢は一新。
社長も社長じゃなくなるという。
じゃあなんと呼べばいいのだろう。
まあそれは置いといて、どれだけ社員が残るか、それで今後の活動方針も決めていくそうだ。
業務や顧客の広げ方も、一から変えていこうと思っているらしい。
「その中でも君には最初に声を掛けましたが」
「なぜでしょうか」
「低目野君はフクマロ君と配信者をするのでは?」
「はい、まあ……」
その返事に会長は一瞬ニヤリと笑みを浮かべた。
「今度、私からも案件を頼もうと思いましてね」
「!」
会長がいつもと違った顔をしたように見えた。
今の会長は優しい顔とはちょっと違った、やり手の経営者の顔だ。
そこでようやく会長の思惑に気づく。
会長のことだ、俺を強制的に解雇することはないと思う。
だけど、俺を一社員として雇うより配信者として活動させて、それと有利に立ち回った方が儲かる。
そう考えたのではないだろうか。
「私からもぜひよろしくお願いします」
「お互い様に、ですね」
安東会長。
底が見えない人だ。
この人とはこれからも関係が続いていくだろう。
会社自体は好きではなかったけど、会長を含めて良い人に出会えたのは、不幸中の幸いとも言える。
肩の荷が下りたようで、今はとても心地いい。
これからは配信者としてやっていきたいと思う。
心強い仕事相手もできたことだしな。
目指せスローライフ!
目指せフクマロとののんびり生活!
こうして俺は、思っていたよりずっと良い形でフリーになることができた。
こんな退職も悪くないよね!
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