不思議研の影部長

C-take

プロローグ

 放課後の教室。二人の女子が窓際の席で談笑をしている。


「ねぇ、ユキ。うちの学校の七不思議、聞いた?」


 入学から数ヶ月。環境にも慣れ、新しい刺激を欲し始める時分。二人の会話は先日聞き及んだこの高校――七咲ななさき学園の七不思議に及んでいた。


 代々先輩から後輩へと語り継がれていく、学校ごとに内容の異なる七つの怪奇談。その内容は一風変わっていて、他校に比べ圧倒的に認知度が高い。そしてこれから彼女達が語るのが、この学園の七不思議である。


「聞いた、聞いた! 何か変わってるよね~。『トイレの華子さん』とかさ~」


 『トイレの花子さん』と言えば、全国的に見ても割りと知名度の高いトイレにまつわる怪談だ。基本的にトイレで亡くなった少女の霊とされ、内容は悲痛なものが多いが、この学園の『華子さん』は少し特殊である。


 特別棟一階の隅にある女子トイレ。その右から三番目の個室の扉を右手で三回叩き、名前を呼ぶ。すると中から「入ってま~す」と返事があるというのだ。鍵はかかっておらず、開けても誰もいないというだけで特に害はない。呼びかけに対して陽気な返事を返してくるだけなので怪談と呼ぶのも微妙なところではあるが、これが『トイレの華子さん』の内容である。『はなこ』の字が一般的な『花』ではなく、中華の『華』と表記されるのがポイントらしい。


「まぁ実害がないとは言っても、やっぱりいたら怖いよね~」

「だよね~。あ、そう言えば、『十六夜いざよいの音楽室』も華子さんと似たような感じじゃない?」


 数ある音楽室の怪談の中でも最もポピュラーと言えるのが、真夜中にひとりでに鳴るピアノだ。大抵は事故や病気で夢を叶えられずにこの世を去ったピアノ好きの少女の霊という怪談だが、こちらも『華子さん』と同様に一般的に知られているものとは少し異なる点がある。


 毎月十六日の深夜に学園を訪れると、誰もいないはずの音楽室からピアノの音が聞こえて来る。しかし内容はとても演奏とは呼ぶことのできない単音で出鱈目なものだと言う。稀にラーメン屋台が流しているメロディーや、日曜日の某寄席風演芸バラエティーのテーマも聞こえるとか。音のテンポはバラバラで、人差し指だけで引いているような具合だと言えばわかりやすいだろう。


「ピアノの幽霊の癖にピアノが下手とか。どうなってんだろうって感じ~」

「じゃあアレは?『骸骨の悲鳴』だっけ?」


 二宮金次郎像や人体模型と並び有名な、動く骨格標本。地域によってただ動くだけの話から、追いかけられる、危害を加えられるなど内容は様々だ。しかし、ここ七咲学園クオリティーとなるとこれだけでは終わらないのである。


 真夜中の校内を徘徊する骨格標本。そんなものに出くわせば誰しも悲鳴くらいは上げようものだが、この不思議ではなんと標本の方が悲鳴を上げるのである。それも男性骨格の見た目に反して可愛らしい少女の声というのだから、話題性は充分と言えるだろう。


「見た方じゃなくて、見られた方が悲鳴をあげちゃうとか~。超ウケるんだけど~」

「え~。でも見た目的にはちょっと怖いよ~。だって骸骨だよ~?」

「……まぁ、そうだけど。じゃあ~怖くない不思議だと……。あ、『大鏡のファッションマスター』は?」


 鏡に関する一般的な怪談であれば、放課後や夜に鏡の前に立つと『死後の自分が写る』とか『鏡に引き込まれる』と言った内容なのだが、この学園の大鏡の不思議は以下の通りである。


 場所はクラス棟西階段の踊り場にある大鏡。時間は問わず、一人で鏡の前に立つと三年生の学年カラーの制服を着た女生徒が現れ、ファッションに関してアドバイスをしてくれると言う。そのアドバイスは非常に的確で、性別、体格に合わせ最もお勧めの髪型や服装を鏡越しに実体験させてくれる。当然だが振り向いても誰もおらず、振り向いてしまった場合はそこでアドバイス終了。内容が内容だけに、主に女子の間で広く認知されている不思議である。


「部活の先輩が、ファッションマスターのおかげでイケメン社会人の彼氏ゲットしたって言ってたよ?」

「マジで~。いいな~。私もイケメン社会人の彼氏欲しい~」

「ミサキは彼氏いるじゃん。あ、怖くない不思議と言えば、やっぱり『睡眠学習の神様』でしょ。あたしに憑いてくれないかな~。テスト前とか重宝しそう~」


 地域によって様々存在する七不思議だが、授業中に起こるという類の不思議は珍しいだろう。それがこの『睡眠学習の神様』である。


 この不思議は、学年、教科を問わず発生する。唯一の条件は『授業中に居眠りをしている生徒が対象』ということだ。周囲のクラスメイトからは対象の生徒が居眠りをしているようには見えないのだが、筆跡やノートをまとめる際の癖などは本人のものとは明らかに異なっている。しかもこのノートの出来が素晴しい。一般的に難解とされる部分も細かく説明書きがされている他、担当教師の出題の癖まで完璧に網羅されており、学生にとってはまさに神の奇跡と言える不思議である。


「ほんとだよ~。それで満点取った先輩がいたらしいよ~?」

「おお~。何か呼び出す方法とかってないのかな~」

「どうなんだろ~。『夕暮れのキューピッド』なら、ちゃんとした呼び出し方があるみたいだけど~?」


 屋上や影にまつわる不思議と言えばやはりネガティブなものが多いが、それに真っ向から対立し恋愛関係に特化しているというのがこの学園の面白い所だ。


 この学園の屋上には給水塔があり、夕暮れ時にはその影が大きく屋上に落ちるのだが、まずこのタイミングで給水塔に背を向けた状態で自分の名前と想い人の名前を告げる。次に目を瞑って「お願いします」と言いながら三回頭を下げるのだ。目を開けて給水塔の影に女性の影が加わっていたら成功。恋愛相談に乗ってくれるらしい。声は給水塔の上から聞こえるが、もちろん振り返って見上げても誰もいない。大鏡の不思議と違うのは例え振り返ったとしても女性の影が消えないうちは相談を続けられるということ。誰がやっても成功すると言うわけではなく、真実の恋であるかが重要だという噂もあるが、真相は定かではない。


「……今までので六つだよね。最後の一個って何だっけ~?」

「あれ。ユキ知らないの?」

「だってよく言うじゃん。七つ全部知っちゃうと不幸が訪れる~とか」

「大丈夫だよ~。うちの七不思議は不思議研が正式に発表してるんだし」

「学園七不思議研究部……だっけ? どんな人達なの?」

「う~ん。それがよくわからないんだよね~。正式な部活で、部室もあるし顧問の先生もいるみたいなんだけど……。いつ活動してるのかがわからないんだよね~」

「何それ~」

「んでね? 不思議研には正式な部長の他に、目には見えないもう一人の部長がいるんだって。それが『不思議研の影部長』」


 これまでの不思議は割と緩めで害が発生する類ものではなかったが、この『不思議研の影部長』はそれとは一線を画している。関わり方次第では人の命に関わると言う恐ろしい不思議だ。


 玄関ホールの隅にひっそりと設置されている、生徒用の机の上に置かれた木製の箱。『不思議研目安箱』と呼ばれるこの箱に質問やお願いなどの投書をすると、いつの間にか不思議研影部長名義の返事が返ってきている。と言うのが、この『不思議研の影部長』という不思議の基本的な内容である。


 返答の方法は複数あり、メモを本人の衣類のポケットや鞄、机などに忍ばせるやり方や、黒板への筆記、すれ違い際の口頭による伝達など様々。衆人環視の中、人目に全く触れることなくそれを成すことから、本来の部長とは別にいる、生身の肉体を持たない部長を名乗る影――影部長と呼ばれるようになったらしい。


 物理的な痕跡の一切を排除した無記名白紙の紙切れを、第三者に依頼して代理で投函してもらったとしても、何かしらの返答が必ず本人に届く上に、効果範囲が周囲の町どころか、場合によっては国外にまで達すると言うのだから、学校の七不思議としてはかなりのインパクトと言える。


「一番のポイントは投書の内容がお願いだった場合。何でも、昔いじめの被害にあっていた生徒が、目安箱に『助けてください』って投書をしたみたいなんだけど」

「……何て返事があったの?」

「朝、目が覚めたら『もう大丈夫』って書かれたメモ用紙を握っていたみたい。それでその日の朝のホームルームにね、生徒数名が事故に遭ったって話がされたんだって」

「もしかして、その生徒っていうのが」

「その通り。いじめの中心核から、少しでも加害者側に協力した生徒が根こそぎ」

「それ、洒落になってないじゃん……」


 七不思議の締めがホラー色だったせいか、まだ外は明るいというのに教室内の空気が若干重くなる。放課後特有の静寂感が不安を煽り、じわじわと恐怖をかき立てていった。


「じ、実は昼の間に投書しておいたんだよね~」

「え~。何て書いたの?」


 最初に七不思議の話を振ったミサキだが、思いのほか大きく膨らんだ恐怖に耐えかね努めて明るい口調を使い、相手方もそれに乗るように明るい口調で返した。


「『一度でいいから、あなたに会わせてください』って」

「……返事は?」

「それがまだ来てないんだよね~。どうやって届くんだろ――」


 少女が何とはなしにポケットに手を入れると、そこには入れた覚えのない紙の感触。


「……まさか」


 少女がメモ用紙のようなそれを開いてみると、中には『窓の外を見てください』と書かれている。そしてメモの端には『不思議研影部長』の文字。


「――っ!?」


 少女は慌てて窓の外に眼をやる。しかしそこにあるのは、反射で映った自分の姿のみ。


「……あれ?」


 そう。反射で映っていたのは自分ひとり。今の今まで言葉を交わしていたはずの友人が、忽然と姿を消していた。


「……ユキ?」


 ちょうどその時、教室のドアを開き女生徒が一人入ってきた。


「あれ、ミサキ? 待っててくれたんだ。いや~今日の小テストのことで先生に呼び出されちゃってさ~」


 少女は言葉を失った。姿を消したと思っていた友人ユキが、今まさに廊下側から現れたのだ。


「どうしたのミサキ? 顔色悪いけど……」


 友人ユキと二人きりであったはずの教室。自分が彼女から視線を外した一瞬で、窓際のこの席から廊下へ移動することは不可能だ。今教室に入ってきたのが本物の友人ユキであるのなら、自分は今まで誰と話していたのか。手に握られたメモ用紙が、今の出来事が夢ではないことを示している。


 だが、本当の恐怖はここからだった。不意に現れた背後の気配。そして同年代の男子と思われる声が耳元で囁く。


「……またのご利用をお待ちしてますよ」


 少女の悲鳴が放課後の校舎にこだました。その場にいた友人がいくら声をかけても、彼女はしばらくパニック状態だったという。




 ここ七咲学園は一風変わった七不思議が語り継がれている学園として有名である。何が変わっているかと問われれば、答えは一つ。この学園の七不思議は実在しているのだ。

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