深海へ
山田ドラゴンガチャ王国内に、料理文化が誕生しつつある。
ベースとなるのは氷炎の騎士が作り出す帝国料理だ。
あの油多め塩多め味濃いめのカロリー爆弾料理がホムンクルス達に大好評。その味付けをホムンクルスは真似し始めたのだ。
ホムンクルス達は依頼掲示板より自身の制作したアイテムと食材を交換で入手しており、最近は店に通わずに自身の手で料理を作るホムンクルスが大勢いた。
流石に毎日外食は金がかかることに気づいたのだろう。自炊は金がかからないからね。
昨日は手料理に自信があるホムンクルスが開催するホームパーティに誘われて、手作りの山田ドラゴンガチャ料理を楽しんだ。
炙りベーコン寿司、タレ盛り焼き鳥、オークの生姜焼き、バターライス…。
とにかく味が濃かったが非常に美味。ダンジョンで戦うホムンクルスにはこれくらいのカロリーが必要なのかもしれない。
しかしだ。ホムンクルスは今一才にも満たないのだ。老化した時この料理文化にホムンクルスの内臓は耐えられるだろうか。どうなるのか心配である。
今日のログインボーナスは通常ガチャコイン。
え⁈一個しかガチャからもらえないのか?
ここ最近は運営は大盤振る舞いだったのになぁ。たまたまだったのか?
俺はコインを実体化する。
心なしかコインが綺麗になっている気がする。気のせいか?
まぁいい。ガチャを回そう!
ガタンッ
C『ヒモ』
繊維を束ねた細長い加工品。紐をさらに細くしたものを糸、太くしたものを綱という。漢字は左に糸、右に丑。
昔は材料に麻や絹などが使われていたが、それに加えて現代ではゴムやナイロンなどの新素材を使い生産される。使い方は多岐に渡り、靴紐から荷造りのためにビニール製の紐を使い縛ることもある。
ビニール製の紐を解くのは難しい。いつも解くのを諦めてハサミで切ってしまう。
ところで何でカタカナなんだ?
出現したのは紐ではなく一人の男だった。
若い男だ。おそらく俺と同年代。髪は金色に染めて目つきは悪く姿勢も悪い。ダボダボの服をしてポケットに手を突っ込んでいる。
チャラ男ではなく、不良だ。
こいつが紐か?どこが?
「お前が紐か?」
「ヒモって…いきなり失礼っすね。夢見るミュージシャンといって欲しいっす」
「失礼?おまえ、ヒモって名前じゃないのか?」
「違うっすよ。俺は黄瀬陽介!ミュージシャン志望の元気ある若者っす!」
うーん、こいつも櫻井や書記官のように一般人枠かな?
「まぁ、とりあえず軍に入ってくれ。音楽隊に入れてやるから、そこで前線の味方にバフをま」
「できないっす」
「まぁ突然軍隊に入れって言われてもそうだろう。だけど最初はみんなそうだ。俺だって銃なんて使えなかった。だけど」
「いやそうじゃなくて。人間に飛べと言っても飛べないでしょ?血流を今すぐ逆流させろなんて言ってもできないでしょ?それと同じです」
「はぁ?そんな甘え許さないぞ。こっちは人手不足なんだ。悪いが働いてもらうぞ」
「いや、俺もできるならしたいっすよ。でもダメなんです。鑑定して見ればわかると思います」
うーん?
何か働かない事情があるのか?例えば病気とか。それだったら悪いことをしたな。
鑑定!
●ヒモ
別名寄生虫。人間のクズです。
スキル『ドラマー』 ドラムをうまく演奏できる。
スキル『アンチ労働』 労働できない。
スキル『プライベート空間』 自身を中心に結界を張ることができる。空調機能付き。
スキル『寄生(財産)』 お金を寄生先から得ることができる。妨害不可能。
ヒモ。紐ではなく、ヒモ。
女性を働かせて金を貢がせて生きる男性のこと。
そっちかよ!
…気を取り直して、無料ガチャだ。
ガタンッ
UC『拳銃』
英語のハンドガンを意訳して拳銃。ヤクザの間ではハジキと呼ばれる。
他の銃と比べて比較的小型であるため携帯性が高く、各国の警察官が使用する。使う弾丸も小さいため威力は低いが反動が少なく、片手でも扱うことができるが基本的に両手で使う。その方が狙いを定めやすいからだ。
軍隊などでは護身用として後方の兵士たちが携帯する。関係ないがスーツ姿の人が拳銃で市街地を舞台に戦うのは結構かっこいいと思う。
出現したのは、一丁の拳銃だった。
この部屋に監禁された当初の俺ならビビっていたかもしれないが、今の俺は銃器を訓練により使いこなすことができる。
こんな小さな拳銃にビビることはない。
…今更だけど、俺銃を撃ったりしてるし、銃刀法違反だよな?
これ、ゲームが終わって解放後は警察に逮捕なんかされないよな?
ここが銃の所持が合法な国家であることを祈ろう。
さて。それでは検証だ。実際に使ってみよう。
俺は検証のためにダンジョン第3層に向かった。
ダンジョンの攻略はほとんど進んでいない。敵が多すぎて前に進めないのだ。
俺はその辺を転がる新鮮な魔物の死体を狙い、拳銃を構える。
安全装置解除、姿勢を正しく、よく狙って…。
パンッ
弾丸ではなく、拳の形をした魔力の塊が発射された。
拳は死体に触れると消滅して、死体の顔には拳の跡が深くめり込んでいる。
…弾丸の代わりに、拳を発射する銃。
拳銃ってそういう意味じゃねーから!
その後、ホムンクルスが拳銃相手に武術を習っていた。
何を言っているのか意味がわからない。
この銃が発射する拳を受け止める訓練をしようと拳銃を借り、手の形をパーにして受け止めようとすると、触れた瞬間に拳銃が話し始めたらしい。
自分を拳銃に封印された武人だと主張して、じゃんけんに勝ったホムンクルスに剣術を教える決まりがあるそうだ。
剣術の名も、『梅花剣法』。
拳法じゃねーのかよ!
ダンジョン第95層 商業層 ミレニアムポリス
95層司令官 商業ギルド長 クラーク視点
もうこのダンジョンは終わりだ。
私の直感がそう告げている。
私は膨大な数のスキルを所持している。その内のいくつものスキルが警告してくるのだ。このままではお前の財産は奪われると。
誰によって私の財産は奪われるか。
ダンジョンマスターの可能性は皆無だ。あのアホは私の野心に気付いてもいない。暗黒騎士団長は私の欲望に気づいていたが、アホは聞き入れない。アホは私のことを今でも忠実な家臣と考えているだろう。アホめ。
あぁ、確かに私は貴方の忠実な家臣だ。だが、今の貴方ではない。私が忠誠を誓うのは、若き日の貴方だ。
では侵入者か?未だ第3層で苦戦している。常識的に考えて95層の私に危害を加えることはあり得ない。
だが、直感が告げるのだ。この侵入者こそが、魔のダンジョンを陥落させるのだと。
丸一日考えた末、私はこの直感に従うと決めた。そこからの私は早かった。
この商業都市が長年溜め込んだDPとダンジョン内で流通する通貨を全て使い、貴重なアイテムを買い占めた。さらに優秀な人材は全てスカウトし雇用した。多少ぼったくられたがどうでもいい。
どうせもうすぐ、価値の無くなる通貨だ。いくらでもくれてやる。
私はこの層に住むすべての命と財産に責任を持つ。全力で生き残らせてもらう。他の層のことなど知ったことか。
「閣下、全乗員、貨物の積み込みが完了しました。」
「よし」
目の前に広がるのは海に浮かぶ広大な都市。
私が手塩にかけて発展させた都市を、あのアホと心中させる気はない。
「本艦、ミレニアムポリスは深海に潜航する!浮上するのはダンジョン攻略後だ!」
商業都市 ミレニアムポリス
この都市は潜水艦の如く、深海に潜ることができる。
ダンジョンマスターですらこの機能は把握していない。知るのは司令官とごく一部の側近のみ。
侵入者がダンジョン攻略後、都市は浮上する。そこからは交渉だ。全てのアイテムを譲渡する。だからどうか、命だけは見逃してくれ。見逃さないのなら都市は全力で君たちを攻撃して最後は自爆しアイテムは消滅すると。
敵もダンジョン攻略後だ。消耗しているはず。無駄な戦いは避けるはずだ。
そして次だ。私にこのダンジョンを任せてみないかと。
このダンジョンは98層も存在する超大規模ダンジョンだ。
一から統治組織を作るには骨が折れる。
そこで私たちだ。私たちはこのダンジョンを隅から隅まで把握し、行政のために必要な人材は揃っている。
これで侵入者は手間を省ける。
さらに魂を縛る契約書も使う。契約に違反したら死ぬという魔法の契約書。内容は簡単にいえば、殺さない代わりに絶対服従の契約書。
これで私を信頼してくれるだろう。
次浮上する時、私は『魔』のダンジョンマスターだ。
私こそが、あのアホではなく私が、ダンジョンを支配するのだ。
…95層は商業都市という側面以外にも、補給拠点の側面を持つ。
簡単にいえば大きな倉庫だ。この倉庫から戦争時は各層に軍需品を送ることになっている。
軍隊にとって補給拠点は最も重要だ。補給拠点が部隊ごと行方不明になるのだ。誰も予測しない事態、各層は大混乱に陥り、物資不足に喘ぐだろうが知ったことではない。
これで侵入者に恩を売れる。貴方達のために裏切り、ダンジョン内を混乱させましたよと。
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