第16話:殺しの真意 1
スポーツジムを出た俺たちは近くの喫茶店で昼食を嗜なむことにした。入念なトレーニングをしたことで俺の腹は空腹状態となり、お店に入った瞬間の食べ物の匂いだけでお腹が鳴るほどだった。
「いらっしゃいませっ!」
お店に入るとすぐに人型ロボットが出迎えてくれた。彼らもまた家庭用AI『オラクル』と同種の人工知能だ。
「2名でお願いします」
「かしこまりました。では、身体のスキャンをさせていただきますので、私の前に一人ずつお立ちください」
オラクルの指示に従い、俺、柊さんの順番でスキャンしてもらう。身体をスキャンすることで人物を特定し、その人物の食歴を検索し、それに合わせてメニューを提供してくれる仕組みとなっている。
「スキャンが完了いたしました。12番の席にお座りください」
スキャンが終わったところで俺たちはテーブルの方へと足を運んだ。テーブルは全て防音の個室となっており、話しやすい環境整備がされている。
個室には全て番号が書かれ、番号の書かれたライトが光っていないところは空席。光っているところは客が座っていると判断できる。見た感じ、所々お客さんがいるみたいだ。
リアル世界での外食と言うのは、昔ほど頻繁には行われていないらしい。娯楽の全てがメタ・アースに置き換わったことで、昼に一度解散して家庭で食事を行い、食事が終わり次第、メタ・アースに集合という形を多くの人が取っている。
昔は食事も一緒に行えるようにと、アミューズメント施設にメタ・アースに接続できるカプセルが設置されていた。多くの人が活用し、便利な政策かと思われたが、一つだけ問題があった。
自分の身体が外に放置されている状態というのは大変危険だったのだ。
とあるアミューズメントパークでカプセルに爆弾を仕掛け、ターゲットがメタ・アースにログインしている最中に爆破させるという事件が起きた。
それを機に、原則として家庭以外の場所でのカプセルの設置は法的に禁止されてしまった。家庭においても、カプセルを設置する『転移室』には身体認証式ロックをする義務が施された。
12番の個室を見つけ、中へと入っていく。
俺と柊さんは互いが向かい合うような形で座席へと腰掛ける。
「柊さんから先に注文して」
テーブル横に配置されたタブレットを取って柊さんに渡す。柊さんは「ありがとう」と言ってタブレットを取ると、すぐに画面を操作して、俺に渡す。
柊さんからタブレットを受け取り画面を覗く。
最初の画面には人物の名前が記されている。先ほどスキャンした情報が12番に繋がったタブレットに反映されているのだ。
『結城 柃』を選択し、メニューを見る。食歴から、この店で提供できるメニューが生成される。メニューはコースのような形になっている。俺の選択できるメニューは4つ。その中から焼肉定食コースを選択すると、タブレットを元の位置に戻した。
「メニュー決めるの早かったね」
「2つしか選択肢がなかったから」
通りで早く決まるわけだ。選択肢を絞られるのは、嫌いという人もいる。椿とかはそういうタイプだ。しかし、俺としてはありがたい。何十品の中から選ぶよりも少数の方が選びやすいのだ。優柔不断なタイプだからな。
「それにしても、腹減ったな。あれだけ運動すれば当然のことかもしれないけれど。柊さんはいつもあんなハードなメニューをこなしているの?」
「一応、週4でやっているわ」
「週4……俺には到底できなさそうだな……」
「これに関しては慣れね。大丈夫、結城くんは初めのうちは週2で実施してもらうから」
「週2か……少ないようで多いな」
今日の運動量を考えると、最低3、4日間の筋肉痛は否めないだろう。そうなると、次のトレーニングは筋肉痛を背負ってやることになりそうだ。
「平日の授業後とかは、時間大丈夫そうかしら?」
「うん。特に用事はない。用事があるとすれば誠が遊びたいって懇願した時くらいかな」
「新屋敷くんとは、ほんとに仲がいいのね」
「中学校時代からの間柄だからな。それに、誠は俺にとってかけがえのない存在だから。唯一の親友なんだ」
「……そう。なら、その日は控えることにするわ」
「でも、柊さんから誘われたら、そっちを優先するよ!」
「親友はどこへ行ったのかしら……」
俺は頭を掻きながらにっこり微笑む。いくら親友とはいえ、好きな人からの誘いは無下にはできない。俺の事情を知っている誠なら、承諾してくれるだろう。
「だって、普段は人に全く関わりを持たない柊さんが、俺に対して、ここまで尽くしてくれるなんて思ってもみなかったから」
「言い方に悪意があるけれど、事実と言えば事実ね。でも、それは私なりの『罪滅ぼし』であるから」
柊さんはテーブルの方へと視線を向け、顔を俯けた。
罪滅ぼし。きっとそれは、メタ・アースで彼女が俺を殺したことによるものだろうか。
「話してもらっていいかな。柊さんが俺を殺した理由を」
「ええ」
彼女は覚悟を決めたような視線をこちらへと向ける。瞳はしっかりと俺を見据えていた。真剣な瞳の彼女に合わせるように俺は姿勢を整え、背筋を伸ばす。
「お待たせしました。こちら焼肉定食と秋刀魚の塩焼き定食になります」
すると、個室のドアが空き、オラクルが俺たちのテーブルに料理を置いた。なんていう最悪なタイミングなのだろう。もう少し気を使うとかはできなかっただろうか。ただ、気を遣おうものなら、料理が冷めて別のクレームを生み出してしまいかねないか。
「とりあえず、食べてからにしようか」
「そ、そうね」
オラクルによって取り乱されたからか柊さんは顔を真っ赤に染めていた。
俺は呆れたような表情で目の前に差し出された秋刀魚の定食を柊さんの方へと渡す。オラクルのやつ、定食を置く位置も間違えてやがった。
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