15.君は騙されている!【ゴルドハイツ視点・ざまあ】後編
「な……っ」
「さて、ゴルドハイツ・リグシュリー。俺が用意してやった最もマシな待遇を蹴り飛ばし、一番最悪な破滅へと足を踏み入れたご感想を聞くとしようか」
「は……? なん、ですか……どういうことですか?」
「さきほど、おまえは何を掴んだ?」
「なにって…………」
僕が先ほど掴んだのは、フェリスの腕だ。
たったそれだけのことなのに、なぜヴェルトアーバインはこうも不敵な笑みを浮かべているのだろう。
「たかが接触禁止令だと甘く思ったか? 近づいて声をかけただけでも罪になり、体に触れたらさらに罪が増える」
しまった…………っ!
早くフェリスを連れて行こうと焦るあまり、すっかり忘れていた。
婚約者への暴行……この事実はリグシュリーのブランドに傷がつくため、隠したがっていたのが父だ。ゆえに父はヴェルトアーバインと交渉し、フェリスとの婚約解消と接触禁止令だけで僕の件を赦してもらった。僕が犯罪者として逮捕されなかったのはコレが理由だ。
しかし、今の僕は父から勘当された身だ。
何の後ろ盾も頼る伝手もない。
通常の接触禁止令は、主に婦人を守るために作られたもので数年の懲役刑か罰金刑になるのだが、僕の場合は過去の暴行罪が加味されてもっと重い刑罰が科せられる想定だ。ヴェルトアーバインに現場を目撃されている以上、言い逃れすることは出来ない。
「まさか、最初から私をはめる魂胆だったのか!?」
あまりにもヴェルトアーバインが来るタイミングが早すぎる。
最初から、僕を犯罪者として仕立て上げるためだったとしか思えない。
僕はフェリスを見た。
フェリスは首を横に振っていた。
「ヴェル様はわたしの身を案じてくださっただけです。わたしは……ゴルドハイツ様がここまでわたしのことを想ってくださっているとは思っておりませんでした」
「そうだ! 私はフェリスのことを愛している! 当然だろう!? 私はフェリスの婚約者だ!!」
「確かに、昔はあなたのことが好きでした」
「昔、は……?」
なんだそれ……。
それじゃまるで、今は何とも想っていないような。
フェリスは僕の事を見ている。
でもその目つきは、可愛くない。
おかしいな。
絶対に昔よりも綺麗で可愛くなっているはずなのに、僕を見つめるその目は全然可愛くなかった。
嫌だ。
そんな目で、僕を見るな!
「今のわたしは、ヴェル様のために生きております。暗くて何も見えなくて、辛くて苦しい世界からわたしを救いだしてくれたのはヴェル様だけです。ゴルドハイツ様……あなたはわたしを恐怖で支配しようとした。それがあなたとヴェル様の決定的な違いです」
「支配、だって!? それは君が間違ったことをしようとしたからだ! 僕という婚約者がいながら他の男に色目を使った! 僕を立てないといけない存在なのに、君は僕よりも賢くあろうとした! それが許せなかったんだ!!」
「それは間違っています」
「そんな…………っ」
一人称が私から僕に変わっていることに、僕は気付いていなかった。
相変わらずフェリスは僕の事を否定する。
でも僕は、一つ思い出した。
「そうだ…………忘れていたよ。ごめんねフェリス、君はいまこの男に洗脳されているんだったね」
「は……い……?」
「だってここにいる男が、真にフェリスのためを思ってやっているわけがない!! 知っているだろう、この男は根っからの女嫌いで有名なんだぞ!!」
どうせ捕まるのならと、僕はやけになって叫んでいた。
効果はあった。
僕の腕を掴むヴェルトアーバインは明らかに力が弱まっていたし、おかげで振りほどくことも出来た。フェリスも動揺して、視線を左右にうろうろさせている。
チャンスだと思って、僕はフェリスの肩を抱き寄せた。
「分かったかい? フェリスを真に愛しているのは僕だけだ。誰にもフェリスは渡さないよ」
勝った。
あの男からフェリスを奪い返す事が出来て、すごい達成感だ。
でも、フェリスの様子がおかしい。
「……いいです」
「え……?」
「それでもいいです」
フェリスは僕のもとから離れ、ヴェルトアーバインの腕を掴んだ。
僕は唖然とする。
「わたしはヴェル様のことが好きです。たとえこの契約に恋愛感情がなくても、ヴェル様はわたしに手を差し伸べてくれたたった一人の人なんです。生きろと言ってくれた人なんです!」
なにそれ……どういうこと?
契約……?
恋愛感情?
フェリスが、この男の事が好き……?
おかしい。
フェリスがこんな大きな声を出すはずないし、僕以外の男を好きになるはずなんてない。
やっぱり変だ……。
「なるほどな」
呆然とする僕の目の前で、ヴェルトアーバインが顔を手で覆いながら呟いた。
僕がキッと睨みつけると、女嫌いであるはずの男から予想外の言葉が飛び出してくる。
「そうか…………これが“愛おしい”という感情か」
ヴェルトアーバインは顔から手を外し、僕を見る。
ほんのわずかだが、口角が上がっているような気がした。
「フェリス」
ヴェルトアーバインがフェリスと向き直る。
とてつもなく……嫌な予感がした。
「嫌だったら蹴り飛ばしてくれていいぞ」
「え、どういうことですか……?」
ヴェルトアーバインが膝を折り曲げ、フェリスの目線の高さにまで自身の頭を下げた。そして……どんどん二人の距離が近づいていって……。
僕には見えなかったが、二人の境界線が交わった。
「な……っ!」
それが本当に“キス”だったのか、それとも“キス”したフリだったのかは判別出来なかったが、僕は完全に前者だと思い込んでいた。
「分かったか? 俺は女嫌いだがフェリスは特別だ」
「ありえない……!」
「ありえないと言われてもこれが現実だ。フェリスのためと言いながら、自分の欲望のために暴力を振るう奴に、フェリスは絶対に渡さない。
────俺はフェリスを、妻に迎える」
膝から崩れ落ちた僕を、いつの間にかやってきた衛兵が取り押さえる。
衛兵に引きずられるようにして、僕はその場から退場した。
何も考えられなかった。
フェリスが僕ではなく他の男を選んだこと。
その相手が、僕なんかよりもずっと優秀で、しかも王族だということ。
僕は間違っていたのか?
分からなかった。
考え続けていれば、その意味も分かるだろうか。
分かったことといえば。
──騎士団に入って更生する機会すら失い、破滅したということだけだ。
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