外領域1

 -あまり詳しいことを書き記せないが、私は理由あって外領域を目指さざるを得なかった者だ-


 -まず驚くのは中央からの遠さだろう。私が乗った船は快速船という訳ではないが、それでも平均的な速度はあったはずだ。それなのに空路で一月以上は掛かったことを考えると、どれだけ遠いのだと言いたくなる。いや、正確にはこの惑星シラマースはどれだけ巨大なのだ。といったところか-


 -幸いなことに心配していたモンスターの襲撃はなかったが、そうなると心配になるのは外領域の住人である。他所の重犯罪者が逃げ込むことでも有名な外領域なのだから、そこで生活している人間達の思考回路が正常なものである保証はない-


 -そして、中央から外領域に向かう者が最初に訪れる外領域の都市、リムに到着すれば全ての人間はこう思うだろう-


 -大丈夫なのかここ? と-


 キャド著。外領域滞在記より。


 ◆


 艦橋に集まったジャック達は、いよいよ外領域と接触しようとしていた。


『はーいジャック、じゃなかったメイソン艦長。リムの管制エリアに入ったから繋げるわね』


「ああ」


 フラーに話しかけられたジャックが頷く。


「こちら輸送船ビーハイブの艦長メイソンだ。リム管制聞こえるか?」


『こちらリム管制、ビーハイブ聞こえています。どうぞ』


 念のためにフラーが拵えた偽名と、綺羅星達が決めたシューティングスターの新たな名前、ビーハイブ蜂の巣を名乗ったジャックが、外領域の玄関口であるリムの管制に通信を入れた。


「中央から来ました。停泊所に着陸をしたいのですが、料金はシラマース共通価格ですか?」


『そうです。一応詳細なデータを送ります』


「助かります。うん。口座番号を送りますので引き落としてください」


『少々お待ちください。完了しました。あ、先に説明をしておきますが、これで手続は終了しましたので。外領域の玄関リムへようこそ。誘導電波を送ります。』


「分かりました……」


 ジャックはフラーが秘密裏に開設していた口座を使い、ビーハイブを航空船の停泊所に着陸させる手続きをしようとしたが、管制官はなんと停泊所を利用するための入金が済めば全て完了したと言うではないか。


「やーばいでしょ」


「聞きしに勝るとはこのこと」


 ヘレナがなんだこりゃと言いたげな表情となり、アリシアが首を横に振る。


 世間の大半を知識だけで知っている綺羅星でも、入国審査なし。積み荷の確認なし。要件の確認なし。その他諸々なしなのは異常だと分かる。


「外領域の見聞録で、大丈夫かここと書かれるだけはある」


「実際目のあたりにするとびっくりしますね」


「確かに」


 顎を擦るヴァレリーと目を見開いているミラ、肩を竦めるケイティもまた驚いていた。


「シンプルイズベスト! 素晴らしい!」


 綺羅星で唯一、キャロルだけが外領域流のおもてなしに感動して目を輝かせていたが。


「この大規模な停泊所に比べて船の少なさ……大昔に外領域が、中央地帯に侵攻を企てたって噂もあながち嘘ではないかもな」


『きっと調子乗ってた時代の産物だね!』


 誘導電波に従って空を進むビーハイブが停泊所に近づくと、ジャックが都市伝説を思い出してエイプリーも肯定する。


 その停泊所は非常に規模が大きい割に、船の数はまばらで空いている場所だらけだ。これはジャックとエイプリーの言う通り、まだ外領域がモンスターの襲撃に悩まされず、中央地帯への侵略を目論んでいた時代の遺物である。


 つまりリムは、軍の艦隊が集結するため整備された都市であり、艦船用の施設が非常に充実しているのだが、勿論過去形である。


 そんな企てが実行される前に、モンスターの生息地域まで拡張してしまった外領域は、最早中央に侵攻することなど夢物語になるほど、リソースを対モンスターに振り分けざるを得なかった。そのため野望の残骸だけがリムに転がって、極偶に中央からやってくる者達を出迎えていたのだった。


『はい着陸成功。今日はどうするの?』


 停泊所にビーハイブを着陸させたフラーが、ジャックに予定を尋ねる。


「外に出るのは明日からでいいな」


『了解。船のロックはしてるし、何かあれば知らせるから』


 流石のジャックでも、一月ほどモンスターの襲撃を警戒しながらの空の旅は堪えたらしく、いきなり外に出てなにかをする気にはなれなかった。


「ってな訳で部屋に戻るか?」


 それが珍しくジャックからのお誘いだと判断した綺羅星が色めき立つ。


「はーい!」


「了解した」


「は、はい!」


 ニコニコ顔のキャロルがジャックの腕に抱き着き、ヴァレリーはカツリとハイヒールの音を響かせ、ミラが慌てて歩を進める。


「……」


「アリシアの奴、急に黙り込んだんだけど」


「そういうヘレナは足が随分速いですねえ」


 無言で歩き出したアリシアにヘレナが突っ込みを入れたが、ケイティは呆れたように、ヘレナの歩行速度が速いことを教えてあげた。


 野望が廃れた外領域だが、意識の差は未だにある。中央に比べると、兵器やパイロットの差でこちらが圧倒している意識が。


 ほぼそれは事実であった。ほぼ。


 何事も例外が存在する。


 例えば、この日やって来た一団とか。

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