Apollion

 ブログラムアポリオンデイによってジャックと綺羅星、シューティングスターの全データは抹消され、マルガ共和国内で浮かぶこの船は幽霊船員が乗り込む幽霊船と化してしまった。


『はーいジャック。お楽しみ中だったかしら?』


「んなこと言ってる場合か!」


 そんな幽霊船のスピーカーから、幽霊としかいいようがないフラーの声が響き、綺羅星に蒸し殺される寸前だったジャックが息も絶え絶えに返答する。


『初めましてキャロル、ミラ、ヴァレリー、アリシア、ヘレナ、ケイティ。私の名前はフラー。そうねえ……なんて自己紹介したらいいのかしら? 私はノータッチだけどアポロンが綺羅星の設計に関わってるから、貴方達のお母さんといえなくもない?』


「は?」


 突然話しかけられた綺羅星は、急に母親かもしれないを名乗るフラーの言葉にポカンとした。実際、フラーは関与していなかったが、綺羅星の開発に関わっていたマルガ共和国基幹AIアポロンの一部であった彼女は、無理矢理解釈すれば綺羅星の産みの親の一人と表現していいのかもしれない。


「なんでかAIになってる同期のアホだ。気にしなくていい」


『まあ酷い。ふふふ』


 突拍子もない理論をばっさりと切って捨てたジャックは、非常に雑な説明でフラーを紹介した。それにくすくす笑うフラーの声は非常に色っぽいものであり、彼女がプログラムの一部を分け与えて生み出したエイプリーの幼さとは真逆だ。


「それでどうなってる?」


『予定通り貴方達全員のデータを抹消して、船の進路を外領域に変えたわ。それで今この船はデータ上、珍しく外領域へ向かう民間の商業輸送船って訳。レーダー施設がミサイルでボコボコにされてるお陰で、いなくなったことにも気が付かれないのは手間が省けて助かったわ』


「追っ手は?」


『作戦行動中の機密艦がいなくなってることに気が付いて、戦争中の前線に調査を派遣して、どこへ行ったか分からない船を捕捉するために包囲なんかできないわよ。負け戦の大混乱中なら猶更。偉い人にはそれが分からないけど。後は前線を回避しながら沢山飛んでる避難船やらなんやらに紛れ込んで外領域へ向かうだけ』


「ならいい」


 打ち合わせが行われていても念入りに確認するジャックに対し、フラーはAIの声だけなのに肩を竦めている様子がありありと分かる。


 軍事作戦中の機密艦と連絡が取れないことは、俗にいう稀によくある話であり、ましてや戦争で穴だらけになったレーダーの範囲外にいれば、シューティングスターがいなくなったことに気が付くのは非常に困難だ。しかも敗色濃厚となったマルガ共和国内では、無数の避難船や国外へ脱出する個人船が官民の統制を外れて飛び回っており、その中で外見は多少弄った輸送船であるシューティングスターを特定することは不可能に近い。


「だがなにも知らない部隊がこの船を接収しようとすることも考えられる。暫くは油断できないから、いつでも出撃できるように待機だ」


 ジャックは綺羅星達にお前達のために生きると言ったばかりなのに、油断なく事を進めようとする。指揮官として間違いではないのだが、男としては若干間違えているかもしれない


「ダーリンーーーー……」


「分かりました……」


「まあ……そうだな」


「はっ! はあ……」


「言うと思ったのよ」


「ですね」


 実際、ジャックをベッドに連行しようとしていた綺羅星達の瞳は、物欲しげに潤んだ眼差しと、まあそりゃそうなんだけどという色が複雑に混じりあっていた。


 彼女達はフラーの正体や今後の予定よりも、今現在女として優先してもらいたい複雑な女心を持っているのだ。


「しかし向こうは入国審査もなにもないんだろ? 凄いところだな」


『無茶苦茶だよね!』


 ジャックは今を警戒しながら少し先にお邪魔することになる場所について呟き、彼の小型端末からエイプリーも同意した。


 そこは強力なモンスターが蔓延り、国家という名の互助組織が連携することでなんとか成立している弱肉強食のエリア。


 磨き抜かれた戦士の一部は綺羅星のような人工物ではなく天然物として神器を起動させ、神器搭載ガランドウでダンジョンに潜り資源を持ち帰り、モンスターを討伐する日々。


 来る者拒まず、というより拒む余裕すらなく脛に傷を持つ者だらけであり、他所から逃れた重犯罪者も当たり前にいる場所。


 ある程度詳しいものはこう表現する。


 ここだけファンタジー世界で冒険者がいる場所になっている。と。


「まあとりあえず行くとしよう。外領域へ」


「了解!」


『そうね』


『はーい!』


 ジャックの言葉に全員が同意する。


 一同が目指すは惑星シラマース外領域。


 マルガ共和国という国家に生み出された闇は祖国を捨て、新天地へと旅立つのであった。


 ◆


 つまりラナリーザ連邦というイナゴを食い止めていた防波堤が完全に消失したのだ。


 それから暫く。


「連中はまだ見つからんのか!?」


 ジャック達を手土産に降伏しようとしていた軍の高官が唾を飛ばして部下を叱りつける。既にジャック達の行方が分からなくなって数週間が経過していた。


 当初は作戦行動中だから連絡が取れないだけと楽観視していた一部の者達だが、予定されていた戦線への到着もなく、完全な連絡の途絶を確信すると大いに焦った。


(このままでは絞首台だ!)


 単なる将校ではなく、利益を吸い続けてきた者達はそれに相応しい地位にいるが、敗戦となるとその責任を問われる地位という裏返しになる。


 そのため地位が高くなればなるほどジャック達の身柄を欲していたため、政府高官も軍を急かしていた。


(ラナリーザめ! 本当に交渉しないやつがあるか!)


 関係者はラナリーザ連邦の頭の固さを罵る。ラナリーザ連邦はマルガ共和国に伝えていた通り、ジャックの身柄を寄こすまで本当に一切の交渉を行わない姿勢を貫いているため、よくある裏交渉による保身の類が全く行えていない。


 そのラナリーザ連邦にこびりついているのは恐怖だ。ジャックに叩き潰され続けた彼らは、戦略レベルでジャック個人に対抗したほどであり、心底恐れていると言っていい。


 だからこそジャックの捕縛、もしくは死が確認できるまでラナリーザ連邦軍は止まらない。止まれない。


 馬鹿げたことにマルガ共和国が自然休戦時に持っていた、ジャックなら単機であろうとラナリーザ連邦の首都に対する攻撃を成功させ、戦略レベルの敗退をひっくり返せるかもしれないという妄念を、その連邦すらも持っていたのだ。


 違いがあるとすれば、もう敗戦しかない状況ではそんなことができないと思っているマルガ共和国に対し、ラナリーザ連邦の上層部は戦略的勝利が見えた今現在でもその可能性を恐れていることか。


(しかも時間稼ぎと疑われている!)


 これでマルガ共和国側はジャック達の引き渡しの時期を明言できないものだから、ラナリーザ連邦側は交渉で時間を稼いで反撃しようとしてもそうはさせんと思っており、このままいけば政府と軍の高官は例外なく絞首台行きだろう。


(ジャックがいれば全て丸く収まり戦争だって終わるのに! それに戦争が長引くこともなかった!)


 ある意味で正論だ。ジャックさえいれば戦争責任を負うはずの一部の者は助かるかもしれないし、和平交渉を行える可能性もあった。そして戦争もマルガ共和国の敗北として早期決着しただろう。だが国家として戦争を選んだのは他ならぬ、ジャックを拘束しようとしている者達だ。


 だから誰が悪いという話ではない。


 国家は国家の使命として、イデオロギーが違い、ダンジョンという神の資源で揉めた国家を殺そうとしただけだ。


 政府と軍は己の使命として票と地位のために戦い続け、命を守るために生贄を求めているだけだ。


 市民は正義と大義に酔い、勝った側は国家を称賛し、負けた側は政府が勝手にやっただけだと言えばいいだけだ。


 ジャックと綺羅星は兵士として作られて戦い続け、切り捨てられたから生きるために離反しただけだ。


 つまり人間として当たり前の行為の結果、今があった。


(最悪国外脱出か? いや、だがリスクが大きすぎる……)


 そんな状況だからこそ国外への脱出を計画する者もいたが、ドラゴンなどが飛び回り、しかも広大すぎる惑星シラマースで国家間を移動するのは非常に危険が伴う。保身を第一に考える者はそれこそ軍事レベルでの護衛を求めているが、軍がやってきて喜ぶ国家はおらず、むしろ警戒された挙句に政治的な駒としてラナリーザ連邦に突き出される可能性すらあった。


 実際、国外脱出を実行した支配者は飛行モンスターに襲われ、生き残った一部の者も逃亡先で戦争犯罪者として捕まり、ラナリーザ連邦への外交カードとして利用されることになる。


 だが留まったところで同じだ。


「落としたぞおおおお!」


「やったああああああああ!」


 ラナリーザ連邦で響く歓喜の声。


 マルガ共和国首都陥落。


「首都が陥落したのにブラックジョークが出てこないだって?」


「これはもう流石に罠じゃないぞ」


「つまり……いないのか?」


 ここでラナリーザ連邦はようやく、ジャックが匿われている、もしくは反撃のための時間稼ぎをされているのではなく、なにかの理由があって死亡、もしくは出撃できない状態であると悟る。


 そのため戦争を終わらせる和平交渉を行う。


「進軍を続けろ!」


「愚かなマルガ共和国を消し去るのだ!」


 ことなく、マルガ共和国全土への進軍を続行。


 発射されるも迎撃システムの発達で陳腐化していた大量破壊兵器搭載ミサイルを全て破壊しながら、自分達に逆らった愚か者達の名を地図上から抹消するため抵抗する者達を全て叩き潰した。


「そんな!?」


「ぎゃああああ!?」


「ひゅー……ひゅー……」


 そこには逃げ遅れた綺羅星の開発者や主任なども含まれており、彼らの回収を考えていたラナリーザ連邦の高官はそれを知ると顔を顰めた。


 しかし、綺羅星とキラドウの開発者が全員揃っていても同じ成果を出せたとは考えにくい。彼らをテコ入れしていたマルガ共和国基幹AIアポロンはなぜかその性能を大きく落としており、また、関連するデータが完全抹消されていたため、再現も不可能だった。


「被告は絞首刑とする!」


「ジャックの製造に俺は関わってない! やめろおおおおお!」


 その後に戦争犯罪者として逮捕されたマルガ共和国の人間は星の数にも及んだが、中にはジャック達を製造した保護施設の職員たちもいた。ジャックのデータが消えていたにも関わらず、ラナリーザ連邦は彼を製造した保護施設の職員を恐るべき執念で見つけ出し、絞首台に送って石を投げることにより僅かながら留飲を下げたのだ。


「あとはブラックジョークの死体を確認するだけだ」


「ああ」


 ラナリーザ連邦に残された最後の仕事は、恐怖の象徴であったジャックの死体を確認して、勝者としての美酒に酔うだけである。


「残念ながら……我がラナリーザ連邦は債務不履行に陥りました……」


 だがその前に崩壊した。


「水を寄こせ!」


「金に何の価値があるってんだ!」


「女を奪えー!」


 それも単なる崩壊ではない。戦争のありとあらゆるツケと、勝つための我慢を強いられていた人間、降したばかりの国を抱えているのだから、とんでもない崩壊を起こした。


 愚かというなかれ。分かっているつもりでも、さじ加減を誤り崩壊した国など枚挙に暇がない。そうでなければ国家が滅ぶなどあり得ない。


 人は気持ちよく貪れるなら、理性がトンで明日のことも考えられないイナゴとなるのは歴史が証明している。


 アポリオンデイアバドンの日


 アポリオン、またの名をアバドンとは黙示録において全てを貪りつくすイナゴである。


 それはアポロンのデータを貪ったウイルスか、マルガ共和国を食い尽くしたラナリーザ連邦のことをフラーは例えていたのか。


 もしくは……人という種そのものが愚か極まりないイナゴ黙示録であるという予言だったのか。







 ◆

 後書き


 去年の年末から考えていた、エイプリルフールと作中の進行に合わせてタイトルを変える試み、成し遂げました。

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