第46話 不審者

 「なあ、陽菜」


 ある日の夕飯時、ご飯を口に運び何となく話した。


 「何?」


 「悠人さ、話せるようになったら、一番始めに何て言うんだろうな」


 陽菜は不思議そうにどうしてと聞いてくる。


 「まだ産まれる前に晴と話してたんだよ。そしたらあいつ、俺みたいに口悪いのが移るとか言いやがって。陽菜の事、くそ婆とか言っちゃってさとかも言ってきてさ。もし本当にそうなたらやべえなって」


 俺の言葉を聞いた陽菜は軽く笑う。


 「そうなっちゃうかもね。でもね、陽菜、仁が口悪いの、好きだよ。不器用でも、ちゃんと伝えようとしてくれてるって伝わるから。それに、口が悪いはともかく、性格が優しければ良いと思うの。あとね、仁みたいに喧嘩の強い子に育って欲しいな」


 「流石にそれはやべえだろ。俺みたいになったら悪そうな奴に絡まれまくるぞ」


 夕飯のおかずを一口食べる。


 「うん、そうかも。でも、悠くんが喧嘩して負けてきたら、仁はきっと勝つようになるまで強くなれって言うでしょ」


 「ああ、それはそうかもな」


 そんな話をしながら二人で微笑んだ。


 翌日の夜、仕事に向かいいつものように過ごす。巡回していると一つのオフィスが明るかるく、電気がついていた。


 「すみません、誰か居ますか」


 声をかけながら中に入ると誰も居なかった。


 「消し忘れか」


 電気を消してまた巡視に戻る。そしてしばらくしてから、同じ所に行くと電気が付いていた。


 「おい、誰か居るのか」


 声をかけると奥のデスクから何か物が落ちる音がする。警戒しながら確認に行くと床にペンが落ちていた。


 「何でこんなもんが」


 不思議に思っていると後ろから口を押さえられて刃物らしき物が首筋に当てられた。


 「良いか、そのまま黙っていれば殺しはしないし傷つけない。ただ、少しでも変な真似して見ろ。殺す」


 今はとりあえず言うことを聞こう。隙を見て反撃してやれば良い。


 冷静にそんな事を考えながら、相手の言うことを聞く為の行動をする。


 「手を離すが騒ぐな」


 黙って頷く。


 「なあ、お前は何がしたいんだ」


 口から手が離され、何となく聞いてみる。


 「うるさい、黙れ。お前は黙って俺の言うことを聞いていれば良いんだ。歩け」


 「ああ、はいはい」


 言う通り歩いて行くと社長室の前に着いた。


 「開けろ」


 「無理だ。普通に鍵が掛かってる」


 男は、くそっと言って刃先を少し押し当ててきた。首筋が濡れているのを感じる。


 このままじゃ殺されるか。流石にそれは不味いな。


 「よし、じゃあ、管理室に行こう。そこに鍵がある」


 今の時間、管理室には休憩中の晴が居る。晴に会ってしまえばこっちのものだ。刺激しないように歩く。管理室の近くに着き晴の姿が見えた。


 「おい、止まれ」


 男に言われて足を止めた。


 「誰か居るぞ。お前の仲間だろ。ふざけてんのか」


 「違うって。あれは確かに同僚だが、この仕事に向いてないほどに弱いんだよ。ほら、ちゃんと見ろ。あれで刃物を持っているお前に勝てると思うのか」


 男は納得したのか頷くと歩けと命じてくる。管理室の前に着き、晴が俺の置かれている状況を察した。


 「えっと、ど、どうしたんですか。竜崎さん。あの、僕、誰か呼んできます」


 「行くな、行ったらこいつがどうなっても良いのか」


 晴は目に涙をためながら返事をしている。


 「おい、お前は俺と一緒に来い」


 「わかった」


 鍵を管理してあるロッカーに向かい鍵を開けて、中から社長室の鍵を取り出す。


 「貸せっ」


 男は俺の手に持っている鍵を奪い取り、俺から離れて嬉しそうに、よし、これで、これでと言った。


 やっと隙を見せたか。


 すぐに男の手首を掴みひねると後ろにやる。持たれていた刃物が床に落ちる。


 「晴、鍵」


 「うん、任せて」


 晴が男から鍵を奪い取り、元の場所に戻す。


 「俺はこいつを先輩の所に連れていくから」


 「うん、わかった。じんじん気をつけてね」


 男に歩けと言って先輩の所に連れていった。


 「くそう、くそう。騙しやがって」


 「何しようとしてたのか知らねえけど、そんな簡単に上手く行くはずねえだろ。よく考えて行動しろよ。先輩、怪しい奴捕まえました」


 先輩に男を渡し、首筋の怪我の手当を自分でする為に管理室に戻った。


 「じんじんお帰り。首、大丈夫?」


 「ああ。こんなもん、どうって事ねえよ」


 怪我の手当を鏡を見ながらしてから仕事に戻った。


ー続くー

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