第44話 実母の話

 それから六年の月日が経った。陽菜は高校卒業後、すぐに結婚したいと言い出したが、せめて二十歳になるまでは待てと言い聞かせ、陽菜が二十歳の時に籍を入れた。俺はと言うと、車の免許を取り、バイトを続けながら就職活動をしていた。高校中退者で最終学歴が中卒で止まっている俺はなかなか就職先が決まらなかった。そんな時、バイト先の人から正社員で働いてくれないかと運良く誘って貰えてある会社の警備員として働き始める事が出来た。


 今現在。陽菜の腹の中には新しい一人の子供が眠っている。


 「じんじん、陽菜ちゃんの予定日っていつなの」


 夜間警備の休憩中、一緒に就職した晴が聞いてくる。


 「あと少し」


 「そうなんだ。楽しみだね。もう性別もわかって、名前とか決めてるんでしょ」


 晴が楽しそうに聞いてくる。俺は若干眠気を感じながらあくびをした。


 「まあな、陽菜が色々考えてて産まれたら悠人にすんだって言ってた」


 「そうなんだ、可愛い名前だね。大きくなったらやっぱり、じんじん見たいに口が悪くなるのかな。陽菜ちゃんに向かってくそ婆とか言っちゃってさ。そんで口癖は、死ねとか?」


 晴に言われてそうなっているのを想像する。俺に似たら色々とやばいな。


 「そうならないように躾けする。流石に俺に似たら怪我しまくって大変だからな」


 「心配するとこそこじゃないでしょ。もっとさ、陽菜ちゃんにくそ婆って言ったら怒らないと。あとさ、口癖が死ねもやばいと思うよ。まあ、僕はじんじんの口が悪いところ大好きだけどね。だから、世間的にはまずいかもしれないけど僕的には、その、悠人くんが話す頃になったら、じんじんみたいな俺様に育って欲しいな」


 晴はふふっと微笑みまた楽しそうにした。


 「おい、竜崎に高橋、交代」


 休憩が終わり晴と共に仕事に戻った。仕事中は特に事件もなく、会社内を巡回していく。最近は陽菜の様子が気になってあまり眠れずに居た。だから寝不足でついつい巡回中に何度かあくびが出てしまった。


 「やべえな、ちゃんとしねえと」


 自分の両頬を軽く叩き目を覚ます。向かいから晴が走って近寄ってくる。


 「じんじん、大変。陽菜ちゃんが」


 陽菜に何かあったのか?


 少し息を切らし晴は深呼吸をした。


 「落ち着け。何があった?」


 「落ち着いてらんないよ。陽菜ちゃんが、もう、産まれるって。今、病院から会社に連絡が来て、それで、僕。とにかくじんじんは病院に向かって。ここはもう良いからって、先輩が」


 晴の言葉に一言、わかったと言い残して着替えを済ませてから急いで産婦人科に向かった。


 病院に到着すると看護師に陽菜の居る分娩室前に連れ行かれた。椅子に腰掛ける余裕もなく、こんな時何も出来ない自分が情けなくも思った。


 「陽菜」


 落ち着きもなく歩き回っていると、何故か父親がやってきて陽菜の事を聞いてきた。


 「もう、一時間もこの状態」


 「そうか。とりあえず仁、落ち着け」


 父親に歩き回っている俺を止められた。


 「落ち着いてられるわけがねえだろうが。陽菜が中で頑張ってるってのに何もしてやれねえし。ああ、もう。変わってやりてえ」


 「だから落ち着けと言ってるんだ。お前がそうやっていても何も変わらない。今は落ち着いて陽菜ちゃんを信じろ」


 確かにそうだ。父親の言う通り何も変わらない。今の俺はただ、信じることしか出来ない。


 落ち着きを取り戻し椅子に腰掛けた。


 「なあ、仁。母さんのこと、覚えてるか」


 「どっちの」


 父親は、本当の母さんのことだよと返す。


 「覚えてる訳ねえだろ。俺が産まれてすぐ死んだんだから」


 こんな所でするような会話ではない。だけど、何かを話していないとまた落ち着かなくなりそうだった。


 「そうだよな。お前の母さんな、とても優しくて笑顔が素敵な人だったんだよ。そう、陽菜ちゃんみたいにな。お前ができた時も、とても喜んで、早く自分のお腹の中に居るお前に会いたいと言っていた。そして、最後に母さんを看取ったのは、父さんじゃなく、そこの分娩室に居た看護師さんと、先生とお前だった。後に看護師さんから聞いた話によるとな、母さん、お前を見て優しく微笑んで、ありがとうと言ったそうだよ。正直、父さんが看取ってやれなくて残念だったが、仁、お前の顔を一目でも見る事が出来て母さんは、幸せだったと思う」


 「覚えてねえな。てか、そんな話し、こんな所ですんなよ。縁起でもねえ」


 父親は、それもそうだなと言って寂しそうに微笑む。


 「ただな、そんな中、産まれたお前が、もう人の親かと思ったら嬉しくてな。きっと、母さんも喜んでいると思うよ」


 「もう良いって。覚えてねえし」


 正直、実の母親の話をされても実感がわかなかった。そんな話し、昔、幼い頃に一度だけ聞いただけだ。


ー続くー

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