第37話 呼び方
「もうお兄ちゃんはやめろ」
「でも、お兄ちゃん」
なかなか名前で呼んでくれない陽菜に痺れを切らし、今度は深く口づけを落とした。
「お兄ちゃん」
「仁って呼べよ、陽菜」
そこまで言うと陽菜は恥ずかしそうに頷く。
「仁、くん」
「別に呼び捨てでも構わねえけど」
陽菜の耳まで赤くなる。
「そ、それは駄目だよ。陽菜は、じ、仁くんより三歳も下だし。何より恥ずかしいもん」
「何だよ、呼んで見ろよ」
陽菜が小さな声で意地悪と言った。そんな姿が可愛くてもっと虐めてみたくなった。
「仁だよ、仁。ほら、簡単だろ。呼び捨てぐらい」
「簡単じゃないもん。お兄ちゃん、意地悪だよう」
またお兄ちゃん呼びに戻ってしまった。まあ、そろそろ虐めるのもやめておくか。
「わかった、良いよ、仁くんで。だから、そのお兄ちゃん呼びは禁止な。もう俺は陽菜の兄貴じゃなくなるんだから」
陽菜はまた恥ずかしそうに頷いた。
「なあ、腹減った」
「え、ああ、うん。でも、今お家に何もないからお買い物行かないと」
陽菜は急いで顔の内出血を隠すように化粧をすると、また玄関を出て行こうとして俺は腕を掴んだ。
「えっと、お兄ちゃん?」
「またお兄ちゃんになってる。買い出し、行くなら荷物持ちしてやるよ。金持ってんのか」
陽菜は鞄から財布を取り出し、仁くんから貰ったお金、まだ余ってるから大丈夫だよと言った。それでも結局、二人で買い物に行く事になった。
「ねえ、仁くん。あのね、手を繫いでも良い?」
「そんなに外でいちゃつきてえのかよ。仕方ねえな」
外に出てそっと陽菜の手を握る。手を握るのは誕生日以来か。
近くのスーパーに着き、色々と食品をかごに入れていく。
「お嬢さん、一個味見して行かない?」
陽菜がリンゴを一口食べる。
「美味いか」
「うん」
そんな会話をしていると、売り子をしている四十代ぐらいの女性が微笑んだ。
「彼氏さんもどうだい?」
今まで、他人から彼氏とか言われたことがなかったから、すぐに否定しかけてしまった。
「あら、それなら新婚さんかい。随分と可愛い新婚さんだね」
「えっと、あの」
陽菜は恥ずかしそうに俯いた。
「今は違いますけど、そのうちそうなる予定です。こいつ、まだ高校生なので」
女性は、だから初々しいのね。これからも頑張ってとまた微笑んだ。
「陽菜、行くぞ」
「あ、うん」
陽菜を連れて買い出しを続ける。
「これで終わりか」
「うん、これだけあれば当分持つかな」
会計を済ませ袋詰めをしていく。
「陽菜も持つよ」
「良い、こんぐらい任せとけ。バイトで力仕事してるし」
陽菜が心配そうに見てくる。
「でも、まだ病み上がりなんだよ」
「仕方ねえな。それじゃ、これ持ってろ」
一番軽いパンが入っている荷物を陽菜に渡して先に歩き出す。
「待ってよ」
「遅えよ。早く来い」
そう言いつつも陽菜が追いつくのを待つ。
「ねえ、お兄ちゃん。今日は何食べたい?」
「お兄ちゃんはやめろって。そうだな。陽菜が作る物なら何でも良い」
陽菜は困惑して俺の隣を歩く。
「もう、何でも良いが一番困るんだよ」
「陽菜が作ってくれれば何でも食うよ」
俺の頬は自然と緩み微笑んでいた。
「まあいいや」
陽菜もそんな俺を見てか、それ以上は聞いてこなかった。
「ただいま」
「仁くん、お帰りなさい。なんちゃって」
陽菜の額に弱く人差し指で押した。
「何でつつくの」
「ん、別に」
また陽菜に微笑んで先に中に入る。自室に入り着替えを済ませて、リビングのソファーに腰掛けテレビを付ける。
ー続くー
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