第24話 雪音と天音の誕生日…その③

「戦後暫く経った頃でしょうか。

私は加藤大尉の第7御楯隊の直掩をしていた、

ゼロ戦のパイロットの方にこう伺いました」


『加藤大尉機は敵護衛空母を目標とし、突入されましたが、

急降下開始後暫くして敵対空砲火に被弾、加藤大尉機は火を噴きました。

その火は最初は翼から、やがてコクピット付近にも広がり、

その炎によってコクピットの加藤大尉を視認する事が出来ない様な、

凄惨な状況に陥ったのです。


にもかかわらず、加藤大尉機は全く姿勢を崩さず急降下を続け、

火龍と化したまま見事敵護衛空母に突入、これを炎上させたのです。

あの様な直線的な急降下を継続する為には、常に操縦桿を前に押し、

一定に保ち続ける必要があります。

操縦桿から手を離したりすれば、一瞬で機体の姿勢が崩れますから。

灼熱の紅蓮の炎に巻かれた、視界ゼロのコクピットで、

それを継続出来る人間の凄まじい気魂と気高い精神性に、

自分はただただ、頭を垂れるより他ありません』


ここまで話すと鈴音先生は少し間を置いた。


「加藤徹也さんの打ち萎れた姿を見た時、私は思いました。

今日、私がここにあるのは加藤大尉の御蔭、

加藤大尉の御恩に報いる為にも、ここは何としても徹也さんを

立ち直らせなければ…と。


徹也さんに声を掛けた私は、彼の身の上話を聞き、

それからは定期的に彼の自宅…安い借りアパートでしたが、

そこにお伺いして、お話を聞いたり、お世話を焼いたりしました。

加藤大尉の最後の強い言葉を伝えて彼の頬を張り回すなどと言う、

無粋な真似はもちろんしていませんよ。

欝に陥っている人に強い叱責は逆効果ですから。

今日の医学で立証されている通り、欝は立派な心の病です。

これを直す為にはそれなりの薬や治療、ケアが必要。

色々病院を調べたり、お金の工面をしたりと…。

その内ねんごろな仲になって、私は最終的に徹也さんと結婚に至った訳です。

結婚して暫くすると、彼の欝もすっかり改善し、また新しい職にも付き、

本当に全てが生まれ変ったかの様でした。


そうこうしている内に、私の体にも変化が起きました。

なんと、私に妊娠の兆候が現れたのです。

八百比丘尼は元々妊娠しづらい…私などは長く生きて、

色々な殿方と夫婦になったのに、一度も妊娠しなかった…。

なので、子供は殆ど諦めていたのですが、これには本当に驚きました。

その上、暫くしてそれが双子とわかって更にびっくりです。

こうして生まれて来たのが雪音と天音です。

そうそう、雪音と天音の名前を考えたのは、徹也さんなのですよ。

私の名前…鈴音の音という漢字を残して、いつまでも

親子である事を感じられるようにと…」


「私と天音ちゃんの名前は、父上様が付けてくれたものなのですね」。


雪音の眼も何だか潤んでいる様だ。


「それからは全てが順調だったのですけれど、雪音と天音が

5歳を迎えて間もなく、勤め先から帰宅途中、赤信号待ちで止まっていた

徹也さんの車に、居眠りのトラックが猛スピードで追突し、

徹也さんは僅か37歳で帰らぬ人となりました。

冷たい雨の降る…そんな寒い日の夕暮れ時でした。

駆けつけた病院で、涙も枯れ、茫然自失としていた私の元に、

これを知った友人の八百比丘尼…小宰相がすぐに駆けつけてくれて、

雪音と天音を連れて一緒に八百比丘尼の村に帰った…。

その時の事がまるで昨日の事の様に思い出されます。


16歳になったふたりのお祝いですから、姿は見えないけれど、

この場に徹也さんもきっと来ておられると思います。

徹也さんは雪音と天音をとても可愛がって、心から愛していましたから。

本当に目に入れかねないくらいと言っても、言い過ぎではないでしょう。

こうして16歳になったふたりを見ると、徹也さんの面影を感じます。

徹也さんもきっと喜んでいるはずです。

加藤一郎大尉も徹也さんも中々の美丈夫でしたから、

きっと雪音も天音もその血を引きついでいるのでしょう」


「そうじゃな。父上様の優しい面影は、今も私の中に温かく残っている。

父上様、母上様、そして加藤一郎大尉、ここに集った皆の衆に感謝じゃな」


天音も涙ぐんでいる。


「誰しもひとりで生まれる事はできず、ひとりで生きる事は叶わぬ。

常日頃感謝を忘れず、で、あるな」


信長がボツリ…と言った。


「せっかくのふたりのお誕生日会が湿っぽくなってしまいましたね。

話題を変えましょう。とにもかくにも雪音ちゃん、天音ちゃん、

お誕生日おめでとう!」


鈴音先生はそう言うと、手酌で自分のコップに日本酒を注ぎ、

一気に煽った。


「そうだな。誕生日おめでとう!」

おがちんも負けじと杯を煽る。


それからは少しづつだがいつものペースに戻り、

みんなで雪音と天音に誕生日プレゼントを送って、

和やかに楽しく、誕生日会はつつがなく終わった。

途中、酔っ払った鈴音先生が、

「加藤一郎海軍大尉、不肖、如月鈴音、

多少なりとも御恩を返せたでありましょうか?」

そう口走っていたのが印象に残った。


その日の夜、帰宅の為に如月邸の玄関を出た俺は、ふと如月邸を振り返った。

その時、如月邸の玄関の前に、ひとりの飛行服を着た、

旧日本海軍のパイロットとおぼしき人物が立ち、

俺達に向かって敬礼しているのが眼に入った。


「加藤大尉、鈴音先生、雪音、天音をこれからも守ってやって下さい。

宜しくお願いします!」

俺は心の中でそう祈った。

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