第20話 フェイタリティ・キャットファイト

娘々ニャンニャンは飛び回る五匹の光龍のうち二匹にグリムゲルデを襲わせ、残りに周囲を警戒させる。


 二匹のうち先に飛び掛かった光龍は顎を大きく開きグリムゲルデの頭部を食い千切ろうとする。正眼に剣を構えるグリムゲルデ。


 飛び掛かった光龍はその剣に正面からぶつかったが、勢いのまま尾まで真っ二つになり光の粒子となり消えた。


「……これだけか?」


「馬鹿言ってんじゃないヨ!」


 二匹目の光龍と並走してグリムゲルデに迫る娘々は、護符を貼った右拳を光龍に重ね合わせて殴りかかる。


「光龍拳をとくと味わうがいいネ!」


 光龍拳。気で具現化した龍を纏い身体を強化し、それを叩き込む単純明快な技だ。


 右手に持ち替えた剣で腕ごと娘々の拳を切断しようとするが、剣が弾かれた。


 勢いを維持したまま放たれた娘々の攻撃はグリムゲルデの顔面に直撃した。グリムゲルデの仮面が砕ける。その瞬間、グリムゲルデの素顔が初めて死神たちに晒された。


 彼女はそれを意に介さずに娘々の腕を左手で掴む。ギチギチと音を立てる娘々の腕。


傻子ばか。ヴァルキリーも死神。死を司る属性持ってるネ。葬送の護符を喰らった気分はどうカ?」


 確かにグリムゲルデの体内に異物が入り込んだような感覚があった。 


「それで? 光龍拳はいつ効くんだ?」


「道士の術をお前如きに説明してもわからないネ」


 娘々は余裕の態度を崩さないが、彼女の腕を掴む力が徐々に強まり次第に顔が歪む。


!」


 彼女の左足へとうねるように飛んできた三匹の光龍が集中すると、娘々は飛び上がりグリムゲルデの側頭部に蹴りを叩き込もうとする。娘々の腕をへし折りにかかっているグリムゲルデは回避せず、蹴りが直撃する。娘々は確かな手応えを感じた。


 同時に娘々の右腕が砕ける。すると光の粒子になった光龍が突如として実体を取り戻し背後からグリムゲルデを狙う。未知数の攻撃を回避するためにグリムゲルデが掴んだ腕を離した。


 娘々はすかさず距離を取り、深く呼吸をする。痛みに耐えているのではない。身に着けた呼吸法で気を練り折れた腕を回復させているのだ。即時回復ではないが、着実に受けた傷は癒える。


 グリムゲルデは娘々を“千年超級”の死神と判断。直属部隊で包囲すべく手信号で指示を出す。


 直属部隊と相対していた腐乱死フランシスは向かってくる死神こそ殴り殺すが、基本的には傍観に徹していた。


 そして直属の仮面兵は尖った権能こそないが、忠誠心が厚く、権能だけに頼り切らない戦い慣れした死神たちである。


 仮面兵が娘々を包囲する直前に結界が張られた。最初から結界を張ってはグリムゲルデに警戒されると踏んだ娘々が、地面から光龍を最初に召喚した際にいつでも発動可能にしていたものだ。


(戦い慣れているな)


 ヴァルキリーに匹敵するほどかは判断がつかないが、相当の使い手であるとグリムゲルデは認識を改める。護符の一撃も警戒すべき攻撃だと考えた。


「護符、在庫十分ネ。これみんな撃ち込めばお前死ぬヨ」


「やってみろよ」


 グリムゲルデは娘々の開戦時の挑発をそのまま返し、戦闘を続行するのだった。




「アマガセ、下手に動くなよ。あのデカブツは監視役でチャイナの方はグリムゲルデを仕留める気だ」


「ロスヴァイセが死神を操れるように、グリムゲルデにも対死神用の権能があるはずですよね。一介の死神がヴァルキリーを単騎で討ち取れるんですか?」


 木々に隠れ小声でやり取りする椿と一矢。


「忘れたのか? その死神の力を捨てたんだよ、ラグナロクは。だからその権能は通用しない」


「ならあのチャイナ服は元の力だけで……」


「そういうことだ」


 グリムゲルデと互角に渡り合う娘々と名乗ったチャイナ服の女を見て、椿の脳裏に一抹の不安がよぎった。


(もしグリムゲルデが死んだらヴァルキリーたちの死神統治はどうなる?)


 ジークルーネは融通が利かず、ロスヴァイセは元々上に立つような器ではない。


 形式には従うが、状況に合わせた柔軟な判断も取れるグリムゲルデがあの姉妹のバランスを取っていると彼女は考えていた。


 だが本陣はカタストロフィの追跡に人員が割かれ手薄であり、椿自身も娘々に対抗しうる手段を持たない。


(ではあのデカブツの注意を引くか……? 無謀ではあるが……)


 腐乱死と呼ばれた巨躯の男。彼に叩き潰された者の中には名の知れた死神もいた。使い勝手の悪い権能持ちの椿では、手持ちの装備を出し惜しみなく投じなければ戦いにすらならないだろう。


(仮にやるとしても、こいつが邪魔だな……)


 天ケ瀬一矢。この新米死神が大男との戦いについてこれるとは椿には到底思えなかった。


「アマガセ、お前はとりあえず逃げろ……おい、何してる」


「この子、ロスヴァイセの使い魔ですよね」


 一矢の手に乗っているのは、グレーの毛並みをした猫の使い魔。品種で言うとロシアンブルーだろうか。


「すぐはじめるからきをつけろ」


 それだけ言うと使い魔はそそくさと手から飛び降り、木から木へと飛び移っていった。何かを悟った椿が唐突に立ち上がり叫ぶ。


「ロスヴァイセが来る! 退避しろ!」


 それまで腐乱死がどう出てくるか伺っていた死神たちが一斉に散らばる。グリムゲルデ直属の仮面兵たちがお互いを守り合うように防壁を張り合う。


 突然だった。上空にゲートが開き数多の死神が降ってきたのだ。彼らはべしゃりと地面に叩きつけられると助けを求めるように手を伸ばす。


 落下してきた死神たちが次々と爆発する。死神として持っていた霊力を暴走させられたのだ。さらに彼らが本来持っていた能力を燃料にすることで、元の性能ポテンシャルでは通常出し得ない破壊力を発揮する。


「あはっ! どーん!」


 転移してきたロスヴァイセが上空からゆっくりと降りてくる。彼女に味方を武器として消費した罪の意識はなかった。


「……おい。続けろよ」


 ゲート越しに配下の死神に命令するロスヴァイセ。第二波の死神爆弾が投下され、次々と炸裂する。娘々の結界も次第に強度を失っていく。


「時間稼ぎしてたカ? ワタシ舐められてるネ」


「そうか、気付かなかったか」


 娘々が拳を地面に叩きつけた。


「腐乱死! 飛ぶヨ!」


 丸まって次の爆撃に備えていた腐乱死は軽傷のようで、立ち上がり頷く。


 二人はすぐさま転移した。レックスの守るカタストロフィの下に向かうらしい。




 グリムゲルデは確かに追跡部隊を派遣したが、取った策はそれだけではなかった。ロスヴァイセから借り受けた使い魔の一匹に「絶好のタイミングで攻撃をしかけるよう」に要請したのだ。


 使い魔同士は遠距離にいても意思疎通が可能だった。その性質を利用して、使い魔に戦況を監視させていたのだ。


「やり過ぎだロスヴァイセ。ヴァルキリーが二騎いるだけでも奴らは撤退しただろう」


「あの生意気な逆賊にヴァルキリー・ロスヴァイセの恐ろしさを叩き込まなきゃ意味ないじゃない。お姉さま」


「……まあいい。我々はカタストロフィを追う。お前の方はどうだ」


 ロスヴァイセは嬉しそうに笑うと、二人の戦場を繋ぐゲートを拡げて彼女の側を見せた。


 そこにはランキング二位の「チーム・マキシマム」構成員を蹂躙する死神たちの姿があった。




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