第49話 修練場に落つ白羽

 今日も今日とて修練だ。

 お茶会後のごたごたがあった日にエバンスから告げられた次の課題は、前に使えるようになった“火蟠白かばしら”を意識しなくても制御できるようにすることだった。

 現状“火蟠白かばしら”を使っている間に他の攻撃的な技能を使う余裕は無く、せいぜい日頃使いこんでいる体調を整えるための新技能を維持できるくらい。

 白い火の粉が風に攫われない様に留めたり、目を閉じた状態でも的に当てられるように修練する。


「失礼致します、坊ちゃま。調子はいかがでしょうか」


 指先程にも満たない火の粉の制御に苦戦していると、いつの間にかエバンスが様子を見に近くまで来ていた。

 それを見て休憩には丁度いいと思い、“火蟠白かばしら”の制御を解いて一息つく。


「全然ダメだね、まだ手足のように使えない」


 すっかり人気のなくなった周囲に僕の返事が染み渡る。

 キゼルと初めて一緒に修練してから数日経ち、女子たちはお茶会後の雰囲気を払拭していた。それでもリテが一緒に修練することは今のところなく、すっかり一人で修練するようになって課題に没頭することが増えた。

 その結果、こうして声を掛けられないと人の接近に気が付けなくなってしまっている。


「かなり実践的な課題でございますから、助言は必要ですか?」

「頼むよ、どうにも飛ばされないように留めておくのに苦戦しててね」

「なるほど、他に意識していることはございますか?」


 火の粉一つ一つを意識して動かしてみたり、反対に漠然と的の周囲に集まるようにし御したりと、一応試したもがあまり成果が出なかったものも含めて全てエバンスに話す。

 その全てを小さく頷きながら聞き終え、満足そうな顔を見せたエバンスが口を開く。


「そこまでお考えならあと一歩ですね」

「え、そうなの?」

「はい。一度ご覧ください、“火蟠白かばしら”」


 僕が使っていた的に右手を向けてエバンスが白い火の粉群を放つ。

 それらは的の数十センチ上を舞っており、一つたりとも的に当たらないように制御されている。


「あの火の粉達がどうやってあそこに留まっているか、それは核となる火の粉を中心に制御しているからです」


 エバンスはそう言いながら指揮棒を振るうように右手を左右に振ると、それに合わせて的の頭上の“火蟠白かばしら”もその大きさを変えることなく右へ左へと動く。


「その核を意識し続ければ範囲を広げることも縮めることも出来ます、核を増やせばその分だけ自由に動かすことも可能でございます」


 右手の指を開閉すると火の粉が舞う範囲も拡縮する、そこから複数の火の粉群に分かれて的の頭部、腹部、右腕をそれぞれ燃やし始める。

 そこでエバンスが腕を下ろしたのだが技能は変わらず制御されており、的の表面を余すところなく燃やすように動き回っていた。


「……すごいな」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 エバンスが礼をするのと同時、的が燃え尽きて技能が解除される。


「この制御方法は他にも応用できますので、覚えてしまえば戦闘の手札が増えることでしょう」

「助かったよエバンス」

「お安い御用でございます」


 穏やかな笑みを浮かべたエバンスは改めて一礼し、他の人の修練を見に行った。

 それを見送りつつ、視界に映る他の三人の様子を確認する。

 キゼルは少しづつだが燃えない火を習得し始めているし、リテとソファトは近い距離で修練している。


「あ、燃えた」


 リテが火を纏う練習をしていると不意に尻尾の先が少し燃え始める。

 しかし本人は集中しすぎて気が付いていないようで、尻尾から上がる煙が少しずつ大きくなっていく。


「あ、消えた」


 その様子を傍で見ていたソファトが見かねたように水を生み出し、尻尾のボヤを消火した。

 急に濡れたからだろう、少し飛び跳ねて尻尾を抱き、状況を把握したリテがぺこぺことソファトに頭を下げ始める。

 しかしソファトは特に気にした様子もなくそっぽを向き、自分の修練を再開した。


「今日は尻尾だったか。なんだかんだ言って二人とも打ち解けてるんだな」


 リテが全身に火を纏うようになってから最初に燃やしたのは服だった。

 その時はリテが一人で修練し始めたばかりで、とても焦ってしまい火の制御を忘れて大騒ぎしていた。それを消したのがソファトで、あの時はいつも冷静な彼女らしくなく少し慌てていたように思う。

 リテはその時に泣くほど感謝しており、それ以降日をまたぐごとに二人の距離は近くなっていった。

 まぁ、リテが一方的に近づいていきそれをソファトが無視していただけなんだけど。


「それにキゼルが過度な世話焼きをやめたせいか、リテの顔つきが少し引き締まったような気もする」


 修練中も基本楽しそうにしていたリテも、今では真剣な表情で打ち込んでいる。

 男子、ではないが。三日会わざれば刮目してみよとは、昔の人も良く言ったものだ。


「さて、僕ももう少し──ん?」


 休憩している間に、また無意識で周囲の音を拾っていると正面門の方が騒がしいことに気が付く。

 何やら門番と聞き覚えのない声が言い合っているようで、門番の焦った声が一際大きく聞こえる。

 気になって話を聞きに行こうと歩き出した僕の頭上を、すれ違うように大きな影が通り過ぎていく。


「これは、羽か」


 その正体は見えなかったが、足元に落ちた見覚えのある先だけ黒い白い羽を拾ってその大きさから普通の鳥ではないと予想する。


嵐翼族らんよくぞくが一体何の用だろう」


 影が飛んで行った方角を一度見て、羽を弄びながら門に向かった。

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