第47話 打ち解けた?修練同期

「おはようリテ、今日も一緒に修練がんばろうね」

「あ、ラトゥさん……おはようございます。でも、今日は一人で修練するので大丈夫です、ごめんなさい……」


 お茶会から一夜明け、朝食の場でいつも通りのあいさつをしたリテがよそよそしい態度で修練の誘いを断った。

 昨日の夕食の時からちょっと様子が変だったが、まさか今日もそれを引きずっているとは思っておらず、ついあっけにとられてしまう。


「謝らなくていいよ、今の課題は火を纏うものだし、僕もあまり力になれていなかったから」

「そんなこと無いです。ラトゥさんの助言はとても参考になりましたし、一緒に修練するのは楽しいです……けど」

「それならよかった、また何かあればいつでも力になるから。一人で課題に集中したい時もあるよね」

「……ありがとうございます」


 力なく笑って食事を再開するリテ。

 よほど何かを考えこんでいるのか、パンを運ぶ手が芳しくない。

 やはり昨日のお茶会で何かあったのだろうか?そう思いキゼルやソファトに視線を送るが、キゼルはいつも通りの笑みを浮かべているし、ソファトもいつも通り一言も話さずに食事をしている。

 お茶会の内容とか気になるけど、聞き出すような野暮な真似はしたくないしなぁ。よほどリテが引きずるようならまた考えよう。


「それなら今日はアタシと修練しない?」

「え?」


 はいはーいと手を上げて、一緒に修練する提案をするキゼル。

 なぜかその隣のリテが驚いた顔でキゼルを見ているが、彼女はそんなこと気にしていないかのように笑っている。


「キゼルと?勿論いいよ、火の物質化の感覚とか話し合う?」

「それそれ!昨日も言った通りやっと感覚がつかめてきたからさ!」


 僕としても友達であるキゼルと一緒に修練できるのは嬉しいし、ゲームのヒロインの修練を手助けすることは勇者のサポートの時の参考になるかもしれない。

 おっと、あとはそういうメタ的な思考をあまりせずに、彼女に疑われないようにしないと。


「あれぇ?今また何か変なこと考えなかった?」

「そんなことないよ。ほら、食べ終わったなら早く庭に行こう?」


 これ以上追及されてはたまらない、この場はさっさと撤退するに限る。

 端に控えていたシェリカに声を掛け、僕の食器は片付けてもらうようにして席を立つ。


「あ~!また逃げたな!」

「キゼルもおいでよ」

「ちょっ、ちょっと待ってよまだデザートがっ!」


 デザートとして用意されていた果物入りのヨーグルトを慌てて食べ始める。

 ほんの数秒で食べ終えたキゼルは、この屋敷にいる間彼女の専属としてついているメイドに食器を下げるように指示すると僕と同じように席を立った。

 すでに食堂の扉に手を掛けていた僕に追いつこうと、少し速足で歩いてくる彼女。しかしそれを呼び止める冷たい声がする。


「待ってくださいキゼルさん、どういうことか説明してもらえますか?」


 驚いた、ソファトが僕以外に自分から話しかけるなんて。

 それと同時にその話し方が丁寧ではあれどへりくだったものではなかったことがさらに衝撃だった。


「説明?なにを?」

「昨日ご自分で話したことをもうお忘れなのですか?」


 昨日の会話、お茶会の事か。

 何を話したかは皆目見当もつかないが、ソファトのこの態度を見るに現状を看過できない内容があったという事だろうか。


「忘れてないけど、今の状況に何か問題ある?私とラトゥは友達だし修練同期だよ?」

「ですが周りはどう見ますか?また誰かを口止めさせるんですか?」


 相変わらず唖然とした様子でこちらを見るリテに視線を送ったソファトは、次に部屋の端に控えている使用人達を見やる。

 口止め?何の話?え、僕がキゼルと一緒に行動するのって不味いの?

 上位貴族が友情を育んでも問題ないはず、ましてや異種族同士なんだから互いの家に過剰に干渉することなんてできない。まさか、まだ公になっていないはずの六王公認の実験の事がばれていて、それにキゼルが絡んでいると疑っているのか?僕はキゼルを関わらせるつもりはないのに?


「その話にもし僕が関係してるなら──」

「関係ないです黙っててください」

「あ、はい」


 わからん、実験の事なら僕にも何か言ってくるはずなのに、割り込むなと一蹴されてしまった。

 現状を上手く把握しきれていない僕がキゼルを見ると、彼女はいつもの笑みの中にほんの少しだけ獰猛さを滲ませている。まるで狩りに赴く前のようだ。


「そっか~、ソファトはアタシが言ったことちゃんと分かってたんだね?てっきり手を取ってくれると思ってたのに」

「丁寧に教わってもそれが本当に身に付いているか分からないので。それなら小さな狩場から慣らした方が性に合ってます」

「確かに、痛い目見たほうが覚えも早いか。そんなに焦ることないと思うけど」

「目的を果たすのは早い方が良いですし、出来る限り関わって欲しくないので」

「それってアタシの事?それとも……?」

「……貴女の事に決まっています」

「自分の感情は制御しないと話にならないよ?まぁ、最初だしこの位かな。それと、ソファトやリテが言葉を口にしない限り、私達は誰がどう見てもただの友達だから」


 軽く息を吐きつつ顔に滲んでいた獰猛な笑みを消すキゼル。

 ソファトもそれ以上何を言うことも無く、決して口を挟めなかった二人の会話にケリが付いたことが分かった。


「それじゃあキゼル、庭に行く?」

「さぁラトゥ!早く庭に行こう!」


 全く同じタイミングで口を開く僕達。

 それがなんだかおかしく思えて、二人して同じような笑顔を浮かべながら食堂の扉を開いて庭へと向かった。

 少しだけリテとソファトの事が気になったので、庭へと続く廊下を歩く間にキゼルへと質問を投げかけた。


「今日は珍しくリテにあまり構わなかったし、ソファトとはあんなふうに話していたし、昨日のお茶会で何か大きく変わったんだね」

「そうだね、リテにはちょっと世話を焼き過ぎてたから今くらいがちょうどいいのかも。ソファトも思ってることを結構話してくれるようになったから、お茶会は成功ね」


 満足そうに笑うキゼルは心の底から現状を快く思っているようで、何の愚痴も漏らすことは無かった。

 最初からこうなると予想していたのだろう、だとしたらその場に僕が居なくてきっと正解だった。そう思ってはいても、感情を完全に納得させられるかと言われれば難しかった。


「そうは言ってもキゼルが損な役回りになってない?ソファトのあの感じ、僕と煽り合ってた時の比じゃないくらい敵意むき出しだったけど」


 ゲームでもあんな風にキゼルは笑っていたけれど、それは心からの物ではなくて自分を奮い立たせる為にあえて浮かべるものだった。

 今後もそんな関係が続くのなら、修練同期とそんな殺伐としているのは果たしていい事なのだろうか。


「煽り合う?もしかして、手合わせの時以外にもそんな会話してたの?」

「うん。あれ、その話はしなかったのか」

「なるほどね」


 僕の心配をよそに何か考え始めてしまったキゼルは、足を止めることは無いもののゆっくりとした歩調で廊下を歩く。

 歩く速度の落ちたキゼルを追い越さないように隣を歩き、真剣な表情で床を見つめる彼女が何かにぶつからないようにさりげなく誘導する。


「まさか僕がキゼルの世話を焼くことになるとは……」

「え?あ、ごめん!考えごとしてた!」

「いいよ。ソファトの事でも考えてた?」

「うん……あ、いや。別にいじめてやろうとか考えてないからね!?」

「え?あははははは!!」


 全く思いもよらないことを言い出したキゼルについ笑い声をあげてしまった。

 世話焼き少女のキゼルがいじめる?そんなくだらない事彼女はしない。


「なんで笑うの!?」

「だ、だって……ふふふ、そんな姿全く想像できないからさ」

「あ、あんな風に言い合ってたのに?」

「そう仕向けたのはキゼルでしょ?その相手をいじめるって、あはは!」


 いつまでも笑い続ける僕をあたふたとした様子で見ているキゼルはだんだんと恥ずかしくなってきたのか、次第に顔を紅潮させながらやけくそ気味に大声を上げた。


「なによ!女は陰湿なんだから!可能性はゼロじゃないでしょ!?」

「でも、キゼルはしないよ」


 確信を持った僕の発言にぴたりと動きを止めるキゼル。

 世話焼きが過ぎる彼女は、ゲームでも嫌われ役を買って出ることがあった。

 今回もそれと同じことをやっているのだろうと思っているが、実際に目の前で見ると思った以上にソファトから敵意を向けられていたので、少し気になって聞いてしまったのだ。


「そう簡単に疑ったりしないよ。優しいキャラでしょ、キゼルは」


 でも、キゼルがあの程度の事で揺らぐことは無いと知れて。

 本心から非情に成り切れないとわかってなんだか嬉しくなった。


 

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