第40話 全身全霊の協力者

「失礼いたします、坊ちゃま」

「入っていいよシェリカ」


 キゼルに先んじて燃えない火を習得した日の夜。

 今日の修練で得た知識や経験、考察などを紙に書きまとめていると、いつの間にか就寝の時間になったようで専属メイドのシェリカが自室のドアをノックする。

 

「お休みの前に、少々お時間いただけませんか」


 物音を最小限にするりと室内に入ってきたシェリカは一礼し、僕の寝間着を持ったままそう口を開く。

 一瞬、何か怒らせてしまったかと頭を働かせるが特になにも思い当たらず、彼女も腹を立てている様子は無いので大人しく聞いておくことにする。


「いいよ、目が冴えてまだ眠くないし」

「ありがとうございます、こちらをご覧ください」


 持っていた寝間着をベッドにそっと置いたシェリカは懐から紙束を取り出し、それを僕に差し出した。


「結構多いね、何かの技能書かな?」

「いいえ、そちらは当家で引き取る犯罪奴隷の一覧になります」


 紙束を受け取りながら軽い調子で尋ねた僕の鼓膜を殴りつける奴隷という言葉に一瞬動きを止めた。

 その硬直は前世の価値観からくる衝撃によるものではなく、この世界における犯罪奴隷への忌避感からだった


「こんなにか、勘弁してほしいね」


 この世界での命の価値はとても軽い。戦士として戦場に赴く者然り、日常を魔物に蹂躙される民然り。それ以上に人類六種族に仇をなす犯罪奴隷の命は軽んじられるものだった。

 それを理解しているせいか両の手にかかる重さを紙束以上には感じない。


、全部火猿族かえんぞくなの?」

「他の種族のもいくらかございます」


 とりあえず何枚か捲っていき書かれていることに目を通す。

 写真ではなく似顔絵が載っているせいか描き手の画力によって出来に差がある。描かれ方も統一されておらず、全身が描かれているものや肩から上だけのもの、顔面だけのものもある。

 その下には種族と罪状。軽いものでも流血を伴う隣人トラブルや酔っ払いによる激しい乱闘騒ぎなどあるはずなのだが、今見ている犯罪奴隷は全員それ以上の重罪人ばかりだった。


「戦場での敵前逃亡に貴族への襲撃、魔族と通じてたやつもいれば六王様の暗殺未遂犯まで……」


 犯罪奴隷は罪を裁かれた人類の身分だ。

 当事者同士の話し合いや金銭の支払い等で済んだ場合はその身分に堕ちることは無いが、六王直属の治安維持部隊に拘束され罪を背負った人類は例外なく犯罪奴隷になってしまう。

 そして犯罪奴隷は罪の重さによってその身分として生きる期限が決められる、軽い刑なら数年から十数年だ。その間戦場で前線を張らされるが、生き延びれば元の身分に戻れる。


「ざっと見たけど、全部終身か終血ばかりだね」

「はい、現在ほとんどが戦場でその罪を償っていますが、その血を継いだ子供などはまだでございます」


 終身犯罪奴隷は文字通りその身が朽ちるまで、終血犯罪奴隷はその血筋が絶えるまで酷使される。

 前世で言う終身刑。それと、血の繋がりのある子供にまで罪を背負わせるわけにはいかない、そういった親子の情を抑止力とするために定められた最も重い罰が終血犯罪奴隷だ。

 血統技能なんてものがある世界だし、血を継いだ子供が強力な模倣犯とならないようにしているのかもしれない。


「気の毒にね。ところで、なんで名前とか年齢が書いてないの?」

「必要ないからです」


 僕の問いに対し、無感情にそう答えるシェリカ。

 僕だって彼女同様に犯罪奴隷に対していい感情を持ってない。それでも全ての紙に目を通したのは、万が一ゲームに出てくる主要キャラが居たら困ると思って似顔絵を確認したからだ。

 見た限りではいなかったけど今はゲームの舞台より過去の世界だ、顔や年齢など変化があったとしたら気が付けない。名前や年齢が書いてあればもっと確実に確かめることが出来ると思うしできれば聞いておきたい。


「そうは言っても我が家で引き取るんなら素性は知っておかないと」

「それは執事長を筆頭に屋敷の使用人が調べ旦那様に確認していただいております、坊ちゃまが知る必要はありません」


 ぴしゃりと言い放つシェリカ。

 確かに家で扱う犯罪奴隷を、いちいちその家の子供が知る必要はない。知ったところで気づいたら居なくなっているのだろうし。

 でも引くわけにはいかない、ここで見落としたら勇者の活躍に響くかもしれないんだから。


「名前すら知らない犯罪奴隷が来るのは気分悪いんだけど」

「だとしても、です。坊ちゃまもいつかはそういったモノを扱う日が来るのですから、今のうちから慣れてください」

「……え?次の当主はラキール兄さんなんだから、僕が扱うことは無いでしょ?」


 一瞬の静寂。

 普通、犯罪奴隷を戦場に連れて行くのは前線を指揮する貴族だ。

 そして指揮権を持つのは貴族家の当主であり、僕のような次男は戦場で戦士として戦うか学園や実家で後進育成を手伝う。運が良ければ六王直属の部署のいずれかに入れるかもしれないが、基本的にそのどこでも犯罪奴隷を直接扱うことは無い。


「てっきり父上が戦場に赴くつもりで、死んでも構わない肉壁を集めたのかと思ったけど……違うんだね?」


 ラキール兄さんが当主になるのはまだ先だし、僕がある程度動けるようになったので父上のような戦える癒し手は戦場に駆り出されると思っていた。

 シェリカの表情は失言をどう取り繕うかを必死に考えているもので、それを見た僕はようやく我が家で引き取る終身奴隷の使い道に意識が向く。


「よく考えれば『癒』を司る我が家で戦わせるのなら軽い罪の犯罪奴隷の方が扱いやすい、怪我が治るんだから罰の期限が終わるまで生き延びられる希望がある。反対に終身や終血はいつまで戦っても死ねないからどんどん無気力になっていく」


 ということは、戦場以外の場所で死んでも構わない用途で用意したのか?


「それに、シェリカは僕が扱うと確信を持ってたね。“癒し”の技能を使えない僕が、死んでも構わない犯罪奴隷を」

「……その通りです」


 当たった。

 シェリカも観念したのか、ずいぶんと重くゆっくりと口を開いた。


「坊ちゃまがかねてよりお考えだった生き物の能力の数値化、ステータス化と仰っていたあの実験に旦那様と奥様、それにサキ・イナシスリ様が全面的に支援することを決められたのです」

「リテの母親が?」

「はい、特にサキ様は積極的に動かれており、すでに六王様への報告と実行の許可をお取りになりました」


 他家の上位貴族が全面協力するにとどまらず、六王の許可まで取っているとは。

 実験を最短で確実に完成させるためには死人は避けられないし、それを軽減するために安全性を考慮するのは大変だった。

 それも六王の許可によってその責任を免れられるなら余計な気を遣わずに済む。


「犯罪奴隷の扱いも坊ちゃまに一任されており、この実験も六王様の庇護下で行われるものとなるそうです。かかる費用なども支援していただけるとか」

「破格だね。手厚い分、失敗した時が怖いけど」

「それほどまでに画期的な実験という事です。六王様も人類救命のこの挑戦に期待はすれど責は問わない、とのお言葉を下さったのですから」


 失敗が怖いのは六王の期待を裏切りたくないからではなく、勇者のサポートが上手く出来なくなるからだけど。

 シェリカはゆっくり近づき、両膝を床につけながら僕の手を包む。


「坊ちゃまは六王様にも認められた、大事を成そうとするお方です。下の者の名など気にせず、河原の石だとお思い下さい」


 包み込んだ僕の手を自身の額に当てながら話すシェリカ。

 その表情を見ることはできないが、その声に含まれているのは年下の少年に対する慈しみや上位者に対する尊敬など。決して犯罪奴隷を貶めようなんて濁ったものは感じられなかった。


「お優しい坊ちゃまの足枷にするわけにはいきませんから」


 顔を上げたシェリカは嬉しそうに、誇らしそうに笑っていた。

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