第30話 メイドの心子知らず
母上の指示で父上の診察を受けるように言いつけられた僕とソファトだったが、キゼルの訓練がまだ続いているようでそちらが終わるまでそれぞれの部屋で待機することになった。
僕が気絶したとあって母上はすぐにでも父上を呼ぶ勢いだったが、目立った外傷がない事と手合わせ中にまともな一撃が無かったことを説明して何とか納得してもらった。
その際には審判を務めていたエバンスの証言と、最後の手合わせを見ていたリテの母親であるサキ・イナシスリの意見が大きな助けとなった。
「いかがでしたか?手ごたえのある手合わせは」
「思っていたよりは動けたかな、我ながらよくこんな短期間であの動きができたなとびっくりしてるところ」
「はぁ……それは良かったですね」
ソファト達と別れて自室の扉を開けば当然のようにシェリカが待っていて、早速着替えを手伝ってくれる。
僕が訓練をしていても彼女自身は戦闘の指南ができない、その分いつも訓練の前後でサポートやケアに尽力してくれていた。
まぁ、本音を言えば部屋の外で待っててくれる方が僕的にはありがたいんだけど、もう今更だろう。
そんなことを考えながら来ていた訓練用の服を脱いでシェリカに渡す。
「それで、こちらの服はいかがいたしますか?」
「あ~、さすがにボロボロだしもう着ないかな」
「では私の方で処分しておきます」
ソファトの突きを受けた服はところどころ破けていて、正直もう一度着るのはためらわれた。一度洗った後に雑巾として再利用するぐらいしか価値は無いかもしれない。
「よろしくね。そうだ、背中に傷がないか見てくれる?」
何気なくそう口にした瞬間、僕の着替えを衣装タンスから取り出していたシェリカがぴたりと動きを止め、こちらを振り返って僕の目を見つめる。
まずい、と思った時にはもう遅かった。
「痛むのですか?でしたらすぐ執事長をお呼びして旦那様にお伝えしていただきましょう。とりあえず今はベッドに横になってお休みください。あ、もしかして背中が布地に触れることすらお辛いですか?それでしたら私が水でベッドをお作りしますのでそちらに横になっていただければ楽になるかもしれません、今すぐご準備いたしますので少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
一気にまくしたてる彼女に圧倒される。
最近見ることのなかった超心配過保護モードとなってしまったのを何とか宥めようと、両手で馬を落ち着かせるような動きをしながら彼女が一息ついたのを見計らって口を開いた。
「父上の診察は後で受けることになってる。それに痛みがあるわけじゃなくて、自分で確認できないから頼んでるだけだよ」
「……失礼いたしました。ですがなぜ確認するのですか?」
「今後の訓練のためだよ」
「訓練ですか……私にはわかりかねますが、坊ちゃまが必要と仰るのならお手伝いさせていただきます」
「ありがとね、それじゃあよろしく」
シェリカが落ち着いたことに胸をなでおろし、いまだによくわかっていない彼女のスイッチがもう一度入らないように気を付けながら着替えを手伝ってもらう。
この後の予定は診察と食事しかない為、そこまで堅苦しい服にはならない。
とはいえ最低限清潔でいるため、シェリカに頼んでお湯で濡らしたタオルで体を拭いてもらう。
暖かいタオルが頭から下に向かって順番に、丁寧に綺麗にしていく。僕は心地良くて、シェリカは真剣である為その間の会話は無かった。
「こうしてみると背中の傷は他の箇所より多い気がいたします」
手合わせで掻いた汗や土埃、細かい葉っぱ等の汚れが残っていないか入念に確認しながら僕の身体の傷を確認したシェリカが、少し沈んだ声色で告げた。
それに特に返事をせず手合わせ時の立ち回りを頭の中で反芻し始めると、お湯とタオルを端に除けたシェリカが体が冷える前に手早く着替えさせてくれる。
「やっぱり背中側は身体の感覚が結構ズレてたのか」
「今後は怪我しないようにしっかり避けてくださいね」
「うん、そうするよ。着替えありがとう、これなら動きやすいし夕食に着て行っても変じゃないね」
普段の服よりは少々儀礼的な服装だが、顔合わせの時程硬すぎない。修練同期揃っての最初の夕食にはちょうど良い。
白の長袖シャツを七分目程までまくって窮屈さを緩和する。とはいえさすがにベスト位は着るしパンツも丈の長いしっかり縦の折り目のついたものだ。
だが何よりあの礼服と違って尻尾を出せる。
「よく似合っておいでですよ」
少し気分が戻ってきたのか、やわらかく微笑んだシェリカがそう褒めてくれる。
「では私はお湯とタオルを片付けてきます。診察の際にはお供致しますので、それまではお部屋でお休みください」
「確かに疲れたし、そうしようかな」
僕の返事を聞いたシェリカは満足そうに一度頷くと、桶を持って扉へと歩いていく。
「疲れたからって寝てはダメですよ?夜寝られなくなりますから」
「そこまで子供じゃないよ!」
「さてどうでしょう?」
そういっていたずらっぽく笑ったシェリカは扉を開けて出て行った。
どうやら機嫌はすっかり良くなったようだ。
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