第11話 本当に伝えたいこと

「いいですか坊ちゃま、旦那さまや奥様はもちろんのこと、私を含めた屋敷の者たちも皆坊ちゃまの身を案じているのです。坊ちゃまのお体は未だ治療法が見つかっていない病に侵されているのですから、その身に関わる全てに最大限の注意を払っております。そのせいで息苦しい思いをなさっていることは承知しておりますが、坊ちゃまにもご理解いただけていると思います。そのうえで、最近の坊ちゃまは以前よりも生きる活力が漲っているというのも事実。ご自身の病気に打ち勝とうと奮起しているお姿を見て、手助けしたいと思いこそすれ邪魔しようなどとは誰も思っておりません。ええ、思いませんとも。誰よりも一番お辛い立場の坊ちゃまが立ち向かっているのであれば、それを支えるのに何の躊躇もございませんとも。だというのに坊ちゃまは、私たちを頼りもせず孤独に傷つき続けているのですよ?覚悟が鈍らないように踏ん張ろうという事ならば大変結構なことでございますが、つい一月前まで寝込んでいただけの少年に何ができるというのですか?執事長には色々とお聞きになるのにこんなにお傍にいる私にたったの一声すら掛けてくださらないのは些か冷たすぎると思います。いいえ冷たいです!坊ちゃまはどうしてそんなに他人の感情に鈍いのでございますか!?きっと先程私がどんな気持ちで言葉をお伝えしたのかもよくわかっていないのではないですか!?」


 うん、わかっていなかった。シェリカがこんなにもよく喋るってことも。


「はぁ、やはりそうなのですね。だからこそ今もこうして言葉でお伝えしているというのに、坊ちゃまは余計なことを考える始末」


 ごめんなさい。


「まぁ、今日のところはその自覚を持っていただければいいです。さ、丁度歯磨きも終わりましたので、本日はもう寝る支度をいたしましょう」

「ぺっ……ガラガラ……んぺ。うん、ありがとね、シェリカ」


 無言でシェリカの話を聞かざるを得ないという悪魔のような所業、『膝枕歯磨き』から解放されて、忘れていた疲労を思い出す。

 なんだかんだで今日はかなり無茶をしたし、いつもより早い時間でもぐっすり寝られるだろう。もうすでに瞼は重力に抗えなくなっている。口をゆすいで眠気でふらついている僕を軽々横向きに抱えたシェリカは、呆れたように笑いながら丁寧にベッドまで運んでくれる。


「もう。そんなになるまで頑張るなんて、一体何を目指しているのですか?」

「何を。正直、僕もよくわかってないよ」


 これは決して誤魔化そうとしているわけじゃない。本当に目指す場所はまだわかっていないだけだ。今の僕にある目的は生の勇者たちを、ゲームシステムを超えた最高の存在へと昇華させ、彼らがゲームのストーリーを超えて紡ぐその生きざまの最後の最後までこの目で観続けること。

 果たしてその最後とは、勇者が死んでその冒険が終わってしまう時か、僕の体が病に蝕まれその命を散らしてしまう時か、はたまたそれ以外の最後が待っているのか。

 結局曖昧だが、僕が満足できる結末を迎えることが目標だ。


「そうなのですか?」


 僕の体を真新しいシーツに横たえ、ふかふかの毛布を掛けながらシェリカは意外そうな声を上げる。僕が本音で話していることは伝わっているようで、彼女も疑うような素振りは無い。純粋に驚いているようだ。


「でもなんだか、坊ちゃまは私では予想もできないほど遠くを見ているような気がします」

「遠く……例えそうだとしても諦めたくないな」

「ええ、坊ちゃまならきっと辿り着けますよ」

「ありがとう。その時までよろしくね。シェリカ」

「坊ちゃまがお望みとあれば、どこまでも……さぁ、もうそろそろお休みになってください」

「うん。お休み、シェリカ」


 毛布の外で無意識に揺れる僕の尻尾は水中を漂うようにゆっくりと動きながら空気と触れ合い、程よく感じられる冷気がとっても心地良い。額に触れるシェリカの手に撫でられるのに合わせ、ゆっくりと意識を手放していった。



──────────



「やっぱりお疲れだったんじゃないですか」


 会話が途切れて物の数秒、あっという間に夢の世界へと旅立った若い主は、起きている時の大人びた雰囲気も鳴りを潜め、年齢よりも幼くさえ見えてくる。

 少しでもこの子の苦悩が和らぐようにと願いを込めて、何度もその頭をなでる。


「あ。ふふ、私の手に合わせて尻尾が動いてる」


 母親でもなければ血の繋がりもない、一介の使用人ごときが烏滸がましいだろうが、私にとって坊ちゃまは生まれたときから見守ってきた大切な宝物だ。

 無邪気にじゃれてくる姿はまるで弟のようであり、お世話をするときに時々見せるはにかむ様子は母親に照れる息子の様。

 そして最近になってから見せる体中から幸せだと叫ぶような尊く健気な姿を、どんなに残酷な運命や穢れた現実からも生涯を捧げて守りたいと思う。私にとっては坊ちゃまを主と仰ぎ生きていくことこそ生きる意味。産声から今際の言葉までを記憶すること、それを叶えられるように精進する。

 でもきっと、それは叶わないような気がする。


「……ラトゥ様、私からもどうかお願い致します」


 最近の坊ちゃまの良い変化は、これからもっと大きな変化を生む。きっと。

 平凡な私では坊ちゃまを取り巻くその渦に抗えない、どんなに足掻いても最後は渦の外にはじき出され、坊ちゃまが飲まれていくのを見ていることしかできなくなる。


「私が役に立てるそのうちに、多くを私に望んでください」


 私の手が届かなくなってからも、貴方様の中にほんの欠片でも私が残っていられるように。

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