病弱モブ、前世転じて愛を生す。

鳥居幾人

第1話 愛故に

 直接観る景色と、液晶や写真、絵で観る景色ってこんなに違うんだ。


「ぼっ!坊ちゃま!!早くベッドにお戻りくだされ!!!」


 目覚めた部屋には大きな窓があり、そこから見渡せる景色に自然と口元が緩む。

 旅行が趣味と言っていたあの看護師のお姉さんはこの感動を味わっていたのかな。

 今更答え合わせはできないだろうけど。


「失礼します執事長!!旦那様がいらっしゃいま──」

「ラトゥ!!!」


 あれ?

 体が勝手に反応してる?

 『ラトゥ』って僕のことかな?


「旦那様っ」


 振り返ってみれば視界に入ってくる大人たち。

 たった今部屋に入ってきたらしい白衣を羽織った知的な男性。

 その彼に頭を下げる燕尾服姿のおじいさん。

 そして二人の後ろで半泣きになりながら息を整えている若い女性。

 うん、やっぱり三人とも知らない人たちだ。


「どういうことだ!?何があった!!」

「申し訳ございません旦那様、あまりに突然のことで私も訳がわからず」


 白衣の男性は焦った様子でおじいさんを押しのけながら近づいてくる。

 おじいさんは頭を下げたまま道を空けている、器用だ。


「ラトゥ、ベッドに戻りなさい」


 白衣の男性は僕の肩をしっかり、しかし優しく掴むとひどく心配そうな表情で諭すようにそう言った。


「え?嫌です」


 当然お断りだ。


「なっ」


 驚いたのか肩を掴む力が弱まったのでするりと抜け出し、もう一度窓の外の景色に目を向ける。

 結局ここは何処なんだろうか?

 前世で世界各地の写真を見たし、物語の中に出てくる異世界のイラストもたくさん見た。その中でも特にお気に入りだったゲームの街並みにそっくりなんだけど。


「そ、そんな体で無理をするんじゃない!!大人しく──」

「体?調ですよ」


 なんて、快調以外の何物でもない。

 この体に感謝だ、前じゃ絶対に考えられなかった。


「何を言って!……いや、まさか!?」


 うわっ!?

 今度はなんの容赦もなく肩を掴まれ振り向かされる。

 まぁ、立てるからって大人の力には敵わないか。


「ちょっとっ!診せてみろ!!”血統技能”!!」


 ”血統技能”って、たしか『全ての道、勇者に通ず~ArltB~』に出てきた言葉!ここってゲームの世界なの!?

 うわすごい!僕を観察している瞳に魔法陣みたいな模様が浮き出てる!!これが魔法!?僕にも使えるかな!?


「そ、そんな。やはり……じゃあなぜ……?」

「旦那様っ!シェリカ!早く水を持って来なさい!」

「はっはい!」


 あ、魔法陣が消えちゃった。

 魔法ってよっぽど疲れるのかな、そのまま床に座り込んじゃったけど。うーん、そんなに消耗するんなら僕が魔法を使うのはかなり大変かもしれない。それはそれとして、白衣の人はおじいさん達に任せておけばいいかな。

 それより、ここが『全ての道、勇者に通ず~ArltB~』の世界ならこの窓から見える景色は。


「エイオラ大陸」


 液晶越しに見惚れたエイオラの大地はただただ美しかった。

 しかし、今自分が立ち瞳に映し出されている幻想世界は命の気配に溢れ、豊かな自然を肌で感じられ。命を懸けざるを得ない、そんな残酷な香りがする。


「そうだ、種族は?」


 手のひらに水かきはない。

 耳、は長くもないしふさふさでもない。

 鋭敏な細ひげは生えていないし、嗅覚も普通。

 そして当然背中に翼は生えていない、残る選択肢……。

 舌で触った犬歯は前より長く尖っていて、腰からツルのように細長い尻尾が生えてる種族、うん。


火猿族かえんぞくか」


 この世界の人間の定義は広く、先程確認した体の特徴を持つ種族はすべて”人類”となっている。全部で6種族ある中でも前世の人間に一番近い種族だったのは安心であり、どうせなら異種族を満喫したかったので少し残念でもある。とりあえず勝手に動くこの尻尾はどうすればいいのかな。

 ああ、あと──


「んぐぽっ」


 うぇ、吐血しちゃった。

 急に起こるし我慢できないし、何より気持ち悪いから嫌いだ。なんかお腹も痛くなってきたし、眩暈までしてきた。もっと色々思い出しておかなきゃいけないのに。


「ラトゥ!!」


 あ、三人ともまだ居たんだ。

 水を飲んで復活したらしい白衣の男性は僕に駆け寄ると、繊細なガラス細工に触れるように慎重に体を支えてくれた。たしか看護師のお姉さんもこんな風に支えてくれたな、優しくて丁寧だけど決してやわじゃない、とても安心できる。この人も医療関係者かな、白衣着てるし。


「ラトゥっ……ああ、神よ。なぜこの子にこんな。なんて無慈悲な」


 泣き出しちゃった、気分は悪いけど見た目よりは辛くないから気まずい。

 前も両親をよく泣かしてしまったし、なんだか申し訳ない。でも謝れない。病気は誰のせいでもないから、罹った本人も、変わってやれない両親も、治せない医者も、居るかもわからない神様も、誰も誰にも謝れない。


「そんなことない、ぼぐは……んぐ、感謝してるんだ」


 なんて言ったって『全ての道、勇者に通ず~ArltB~』の世界に連れてきてくれた上に、この体は前よりずっとだから。

 居るか居ないかわからないけど、このありがとうはぜひ受け取ってほしい。あ、でも直接受け取りには来ないでほしいかな、そのまま連れてかれたら嫌だし気持ちだけ届いてね。


「こんな体で何を言ってるんだラトゥっ!」


 この体だからだよ、白衣の人。

 自分の足で立てる。

 胃が動いて空腹を感じる。

 口の中の血にちゃんと味がある。

 どこがどう痛いのか、ちゃんとわかる。

 腕に、胸に、体中に、チューブをつけなくていい。

 そして、今際の夢に見るほど愛したこのゲームの世界に入れた。


「ふふ」


 これからが楽しみ、明日のことを考えるのがこんなに楽しいなんて知らなかったなぁ。


「幸せ」


 意識を手放した僕が、次に目覚めたのは三日後のことだった。

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