灰色のぼくと、退屈なピジョン

阿倍カステラ

勝ち取ったプリン


 二月に入って二度目の水曜日。

 クラスのマドンナ的存在、「杉浦美咲」に告白されることになった。



 それは同時に、ぼくがクラスの男子全員を敵に回すことが濃厚になったということだった。い〜や、ぼくのクラスだけではすむまい。となりのクラスの男子だって、そのまたとなりのクラスの男子だって、そうなりかねない。


 それに今の時代、男子だけに限定されるものじゃない。女子のなかにも少ないながら、異性じゃなく同性を愛する人もいるだろう。さらに“性自認と身体的性が異なる人”のみならず、「杉浦美咲」を憧れの対象としたり、“神”として尊ぶタイプの女子がいることも容易に推測できる。そうなるとぼくは全校生徒の内、数パーセント(推定)の女子をも敵に回すことになる。



 ぼくの親友“ガンちゃん”こと岩崎和太朗の、「杉浦美咲」に関するある日の発言。覚えているかぎりを再現すると、こうだ。

「杉浦は今日もかわいいなあ〜。前から言ってっけど、あいつ、アイドルになりゃいいのにな。今のアイドルに杉浦くらいかわいいヤツいるか? いないだろよ? きっと杉浦はトップアイドルになれっぜ。おまけに清楚で、清潔感があって、だれからも好かれる性格、だろ?」

 このとき彼は、「清楚」「清潔感」「誰からも好かれる性格」のタイミングで右手の指を一本ずつ立てた。プロデューサーか芸能事務所社長的立ち位置を気取っているようだった。三本指でリズムを取るように得意げに振りながら。つづける。

「やっぱあいつはさあ〜アイドルになるべきだよ。オレら、おんなじクラスなんだぜ。この先、自慢し放題だろ? それだけでSNSのフォロワー増えんじゃね?」


 こういう類いの話をぼくは常日頃から聞かされている。彼は話の最中にいちいち同意を求めてくるから面倒なんだ。聞き流してる側の人間に配慮が足りない。一方的に“がしがし”聞かせようとしてくるので、より高度な聞き流しの技術が必要となる。さらに調子に乗ると、こんなことも言い始める。

「杉浦とつき合いてぇ〜。あんなかわいい彼女がいたら最高だよな? オレとつき合わね〜かな。アイドルが元カノっていうのも悪くないしな」


 それを聞くとぼくはいつも、『つき合わねーよ!』と心のなかでツッコミを入れ、こっそり相方気分を味わっている。漫才の相方(もちろんボケ担当)だったなら、こんなに頼もしい男はいないと思うこともしばしば。それに、付き合ってもないのに別れたあとのことを妄想しているのも可笑しい。そんな彼に、ぼくはただただ目を細めるのだった。補助輪を外した自転車に、初めて乗れたことを喜ぶ未就学児を見るような目で。


「杉浦がオレとつき合ってくれるなら、それこそ『僥倖ぎょうこうとしか言いようがない』よ」

 ここで彼の持ちネタが登場する。最後のオチに『僥倖としか言いようがない』を使うのが最近の常套手段だ。



 2016年10月に史上最年少の14歳2ヵ月でプロデビューした将棋棋士の藤井聡太が、デビュー後に29連勝したことは当時大きな話題となった。

 連勝記録をどこまで伸ばすのかに注目が集まるなか、20連勝目がかかった2017年6月2日の第43期・棋王戦予選、対澤田真吾六段戦。もっとも危なかったその対局を、大逆転で勝利した藤井聡太の「連勝できたのは僥倖としか言いようがない」(当時のコメントより)が元ネタだ。ガンちゃんはそれをモノマネのように、似てる似てないは置いといて、5年ほど経った現在でも多用している。


 つい先日も、給食で余ったプリンをジャンケン戦の末に手にし、「このプリンを勝ち取れたのは、『僥倖としか言いようがない』」と勝利者インタビューの体で発言し、クラス中の笑いを誘っていた。頼もしき相方だ。



 

 そろそろ「杉浦美咲」の話をしよう。




 

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