第22話 白球よ、その壁を越えて行け 2


 無事に互いの両親公認のカレカノになったおれ達は、野球の強豪校でもある高校に揃って入学した。いよいよおれは瑠流とその親父さん、そしておれの親父と、三人分の「甲子園への夢」を背負い込むことになってしまった。


 当然のように瑠流は野球部のマネージャーとなり、おれ達の甲子園への道はスタートを切った。


 流石は県内屈指の野球の名門校。他県からも上手いやつらがたくさん来ている。おれは入部早々、あまりのレベルの高さに早くも挫折しかけていた。



「外野手にコンバートするの?」


 練習後のいつもの帰り道で瑠流がそう訊いてきた。入部から半年が経ち、おれは今までやってきたキャッチャーから外野手へのポジション変更を監督とコーチに願い出た。


「やっぱり自分の武器は活かさないとな。ほら、おれってスピードスターじゃん?」


 事実、走力ならチーム内でもそこそこ上位の方だった。外野手ならそれが存分に生きる。だがこれはおれのちっぽけな見栄と瑠流に対する言い訳に過ぎない。


 夏の地方大会。うちの学校は惜しくも準決勝で敗れ甲子園出場は出来なかった。甲子園に出る事への難しさを改めておれは感じた。ましてやあんなにきつい練習をしていた三年の先輩達でも試合に出れず、高校生活を終える人が何人もいる。安易に甲子園に連れてくなんて約束した事が今更ながら怖くなった。


「そっか……。まっ、キャッチャーはレギュラー争い大変そうだもんね。北島君いるし」


 今年、一年生でベンチ入りしたのは二人。ピッチャーの茂本しげもと。そして茂本と小学生の頃からバッテリーを組んでいる北島だ。一年でレギュラーになるのも凄いが、二人はちゃんと試合にも出ていた。将来的にうちのエースになるであろう茂本と息ぴったりの北島がいる。おれはキャッチャーというポジションを早々に諦めた。


 おれはなかなかそのことを瑠流に言い出せずにいた。彼女はきっとおれにキャッチャーを辞めてほしくはないだろう。ずっと自分の球を受けていたおれが甲子園でもキャッチャーをやってる姿を夢見ていたはずだ。


 実際その日の帰り道、瑠流はずっと寂しそうな顔をしていた。





 翌年の夏の地方大会もうちは準決勝で敗退した。だがおれは二年生になってようやくベンチにも入れるようになり、代走ではあったが何度か試合にも出た。瑠流は準決勝でおれが盗塁を決めた映像を何度も見ては喜んでいた。


「見て見て! 甚! このヘッドスライディング! 左手伸ばすと見せかけて少しずらして右手でベースタッチって、メジャーリーガーみたいじゃない!?」


「わーった、わーった。そんなに褒めてもなんもでねーぞ」


 練習がオフの日には、おれ達は家が近所ということももあり大抵どちらかの家でまったりしていた。


 うちの野球部は恋愛御法度ということはなかったが、学校ではそれほどいちゃついたりはしなかった。付き合ってることも内緒にしているわけではないが、開けっ広げということでもない。でもそれなりに高校生らしいデートもするし、やることはやってる感じではあった。


 三年生にもなると、瑠流は更に女に磨きがかかり、SNSなどでは巷で噂の美人マネージャーと騒がれたりもしていた。


 学校では野球部以外からの告白をしょっちゅうされてたらしいが、流石に「私の球が打てたら付き合ってあげる」はやってないようだった。


 

 今年こそは甲子園という部内の雰囲気の中、おれ達は猛練習に明け暮れていた。おれもセンターで四番というレギュラーの座を獲得し燃えに燃えていた。


 しかしある日の練習試合で、うちの大黒柱でもあるエースの茂本が肘を故障した。まだ地方大会までは時間はあったが、おれはかなりひやひやした。


 なんせ今年が最後のチャンス。瑠流の願いを叶えてやりたいという想いで一心だった。


「どうだ茂本? 肘の調子は?」


「悪ぃな甚、心配かけて。そんなにひどくはない。地方大会までには万全の状態に治す。るるちゃんのために甲子園に行かないと、だろ?」


「バーカ。甲子園行きたいのは野球部全員の想いだ。絶対に行こうな。キャプテン」


「おうっ!」



 肘が完治するまでの間、茂本は別メニューで練習を始めた。いつしか瑠流も半ば専属的に茂本の練習につきっきりとなっていた。


 瑠流の親父さんはスポーツトレーナーをやっていて、瑠流自身もストレッチやマッサージなどをよく勉強していた。監督の意向もあって、茂本の体のケアを瑠流がやることになった。


「将来甚がプロになったら私が専属トレーナーになってあげるよ」


 高校生になって、瑠流と先のことを考えていたおれにとってはなにより嬉しい言葉だった。今はチームにとっても大事な時期だ。マッサージなどで密着する二人の姿を見て、多少はイラっとしたが深くは考えないようにしていた。



「おーい瑠流。今日はもう帰れそうか?」


 練習後、コーチと話している瑠流を見かけておれは声を掛けた。


「ごめん甚。まだ茂本君のリハビリメニューが残ってて、先に帰っといて」


 最近は一人で帰ることが多くなった。練習でヘロヘロになっても瑠流と駄弁りながら帰ることで元気をもらってたんだけどな……




 遅い時間になっても瑠流の部屋の電気はついていない。おれはちょっと心配になってL1NEを送るが既読はつかなかった。ちらりとカーテンの隙間から外を見ると瑠流が丁度帰ってきていた。そしてその横には茂本の姿があった。


 まぁ遅くなったんなら送ってやるのは当然だろうと自分に言い聞かせたが、自分の手が僅かに震えているのに気付いた。二人は家の少し手前でなにやら話込んでいた。すると突然、茂本が瑠流を抱きしめた。暗がりであったが瑠流は嫌がっている素振りは見せなかった。


 おれは自分の目を疑った。だが現実はそこに確かにあった。


 頭が真っ白になりなにも考えられなくなる。ベッドに潜り込み布団を頭から被った。真っ暗な空間で呼吸だけがやたらと早くなっていた。



〈ただいまー 今帰ったよ〉


 瑠流からL1NEが届く。おれはそれに返事をすることができなかった。





 そして次の日から、おれは全く打てなくなった。








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