壁際のジョニー
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第1話 壁際で寝返りは打ちづらい
「ようジョニー! 今日ってバイト?」
そうおれに声を掛けてきたのは大学の親友、
「いや今日は休み。お前は?」
「おれも休み~じゃあうちで飲みますか~」
「OK~、リホがバイトでなんもやることないし今日は飲むべ」
「流石ジョニー! んじゃ俺んち集合な」
「お前ジョニーって言うの好きな」
おれは苦笑いしながら甚と別れた。
仲間内からおれはジョニーと呼ばれている。某ハリウッドのデッ○さんに似ている
……訳ではなく、名前が
普通はジョージとなるだろうが、二郎の二をカタカナ読みでジョニー。
そんなとこひねるなよ……
ちなみに譲二郎は下の名前じゃなくちゃんとした姓、名。
これまで「苗字は?」と何万回も聞かれてきた。
最近は「岸谷です」とたまに答えてる。「堀之内」も割とお気に入りだ。
大学から駅に移動しながらおれは彼女のリホにL1NEを送った。
<今日ちょっと甚と飲むから
バイト終わったら教えて~リホんち泊り行っていい?(*´ロ`*)
リホとは大学に入ってから付き合いだした。スタイルが良く男にもモテる。
今年は学校のミスコンに出るらしい。
喫煙所で一服しているとリホから返事が届く。
>ゴメ~ン。゚゚(´□`。)°゚。
今日は
<りょ(*゚▽゚)ノ
じゃあ明日学校終わりとりま飯食い行くべ
かわいいハートのOKスタンプが送られてきた。
おれはスーパーで酒と適当なつまみを買って甚の家に向かった。
「相変わらずきれいにしてんな~」
一人暮らしの甚の部屋は1K7.5畳。
見た目はちょっとチャラいが掃除はいつもばっちりだ。
「こう見えておれ綺麗好きだから。ジョニーは何飲む?」
「おれはラムコーク。まだラム残ってたよな?」
「あるある。ジョニーしか飲まんし。適当につまみ広げといて」
そう言うと甚はグラスに氷を入れ出した。おれは床に座ると買ったつまみをテーブルに並べていく。
「そーいや今日リホは華帆ちゃんち泊りらしいから、おれ甚のとこ泊まっていい?」
「おーいいよ、明日授業は?」
「午後に
グラスとボトルをテーブルに置きながら甚がおれの対面に座る。
「最近ハマりまくり。んじゃカンパーイ♪」
甚が好きなレゲエをBGMにおれらは遅くまで飲んだ。日付が変わる頃、隣の部屋から壁越しにドンドンと音が微かに聞こえてきた。
「ホント壁薄いなこのアパート。音楽小さくした方がいいんじゃね?」
「まあな~でもうるさいのはお互い様。最近隣の喘ぎ声がうるせーの」
甚はスピーカーのボリュームを少し絞り壁に耳を当てた。
「ほら聞いてみ。今日も元気にハッスルしてるから」
おれも甚の横で壁に耳を当ててみる。
「あぁ! いいっ! もっと!」
まるで目の前にいるかのように女の喘ぎ声が聞こえた。ギシギシとベッドが揺れる音まで耳に届く。おれは小声で甚に言った。
「すげーな。普通こんなに聞こえる?」
「たぶんこっち側にベッド置いてんだよ。最近この女よく来てんなー確かおとといくらいも来てたぞ」
甚は聞き慣れてるからか、すぐにテーブルに戻って酒を飲み始めた。
おれは再び壁に顔を当て耳を澄ました。どうやらそろそろフィニッシュを迎えるらしい。
「あぁーもうダメ! 私壊れちゃうよ
ん? なんかこの声聞き覚えがような……
「ああーリホ! あぁ~」
は? ちょっ今リホって言った?
「聖治~!」
心臓がバクバク音を立てていた。間違いない。これは何度も聞いたリホの声だ。
おれはゼンマイ仕掛けの人形のようにギギギと甚の方へと顔を向け壁を指さす。
「こ……これ今隣でやってるのリホっぽいんだけど……」
ブフッとホッピーを口と鼻から吹き出し甚が咳き込む。
「んゲホっ……ゲプ。っんてマジで!? 嘘だろ!?」
「いやマジ……声似てるし、さっき男がリホって呼んでた」
甚がスピーカーの音を切った。部屋には隣からのベッドの軋む音と喘ぎ声が響き渡る。
「もうリホたんダメー-!」
互いにじっと見つめ合うおれと甚。おれはゴクリと唾を飲み込んだ。
「「…………」」
「ちょっとトイレっ」
甚はそそくさとトイレに逃げ込んだ。
一人取り残されたおれは今度は壁と見つめ合っていた。
部屋は静寂に包まれていた。時刻はすでに深夜、隣の部屋も静かだった。
きっと疲れ
おれと甚はとりあえず反対側の壁に移動していた。
すっかり酔いも冷めおれは茫然自失で体育座りをしていた。重い空気が部屋中に漂う。
「とりあえずリホちゃんにL1NE送ってみろよ」
「とっくに送ったよ。既読すらつかん……」
「ほらあれだ! リホって割と多い名前だし、声もそんな似てなかったと思うな~」
「最後にリホたんて叫んでただろ? あれいつものフィニッシュコールな」
「…………」
慰めの言葉を全部出し尽くした甚はベッドでスヤスヤと寝ていた。
おれはなぜかまた、リホがいる部屋側の壁に移動していた。
壁際で床の上に寝転がりボーっと天井を見つめていた。
リホとは付き合って二年。サークルの新歓コンパで出会い一目惚れだった。
綺麗に整った顔で胸もご立派。おれは最初は
「譲くんって面白いね! 顔もイケメンだしモテるでしょ?」
「いやいやそんなことないよ。
「かわいいだって~ありがと。でもほんと今まで彼氏とかもいたことないよ。高校の時とか地味だったし」
「そぉなの? じゃあ磨いて光った感じだ。高校の時のやつらはダイヤモンドの原石に気が付かなかったんじゃね?」
「上手いこと言うね~ちょっとくさい台詞だけど」
彼女はずっとニコニコ笑っておれと話してくれた。新歓コンパが終わり、おれたちは偶然にも家の方向が同じだった。
「香川さんは一人暮らしだっけ? 遅い時間だから近くまで送るよ」
「リホ! リホって呼んでいいよ譲くん」
「じゃあおれも名前で呼んでもらっていいよ! リホちゃん」
「え!? ずっと呼んでるつもりだったんだけど……譲二郎くんでしょ?」
「あぁ実はそれフルネームなんだ。姓が譲で名は二郎。だから二郎でいいよ」
彼女は一瞬驚いた顔をし、すぐにぷっと笑った。
「ごめんね~私てっきり……じゃあジローくんって呼ぶね」
「おぅ! じゃあ改めてよろしくリホちゃん」
おれが手を差し出すと笑顔で握手をしてくれた。その手は柔らかく温かかったのを今でも覚えている。それからおれはしばらく手を洗わず……なんてことは流石にしなかったが。
それから二人で遊ぶようになり、三回目のデートでおれから告白した。
告白した勢いのまま初キッス。そしておれのアパートで初めてひとつになった。
「ごめん今日付き合ったばっかなのに、なんかがっつき過ぎてたわおれ……」
「いいの……私もジローとしたかったし。嬉しかったよ」
その姿にキュンとして、おれはまたリホにキスをした。そして朝まで抱き合って眠った。
付き合ってみると趣味も合うし性格も合う。料理も上手いし良く気が利く。
嫌いな所がないくらいおれはリホに惚れていた。
去年のクリスマス、指輪をサプライズで渡したら泣いて喜んでくれた。
お互い一人暮らしの家をしょっちゅう行き来していたし、そろそろ同棲でもしようかって話もしていた。これまで浮気なんてこれっぽっちも考えたことはなかった。
隣の部屋で寝ているリホとの距離は1mも離れてないだろう。でも心の距離は……っと臭い台詞が頭に浮かびそうになりおれは考えるのをやめた。すると隣の部屋からゴソゴソという音が聞こえてきた。
「あれ?リホちゃん、目覚めたの?」
「うぅん。なんか彼氏から連絡来てた。今どこいるの? だって。華帆んち泊まるって言ったんだけどな~」
「あれ? 浮気ばれたんじゃない?」
「ちょっとやめてー怖い事言わないでよ」
「あれ? めっちゃ焦ってるじゃん」
あれあれ煩い男だな。おれはそのまま聞き耳を立てた。聞きやすいように寝返りを……って壁際で寝返りって難くない?
起き上がって壁に耳をつけた。
「あれ? 彼氏って同じ大学のジョニー君だっけ? どれくらい付き合ってんの?」
「大学入ってだから二年。まだまだラブラブなんだよ~」
「あれ? でも彼氏あれが下手とか言ってなかった?」
「いいのいいの。それはそれ。ジローとは心が繋がってれば」
その声は確かにリホの声だけど、隣の部屋にいるのはいつも一緒にいたリホじゃないような感覚があった。やっぱ本当の気持ちなんて近くにいてもわかんないだな。
おれは酔いも恋もすっかり冷……またベタな台詞が。
なんだかんだでセンチな気分なんだろう。涙は一滴も出てないが。
「今日は甚くんちで飲んでるって言ってたなぁ。まだ起きてるかな? 返事しとこっかな~」
「あれ? 甚って花咲甚? あいつんち隣だよ?」
「へっっ!? うそっ! 隣っていつもレゲエがうるさい隣!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
お前らの方がうっせーよとおれは思った。いつの間にか甚も起きていた。
タバコに火を点けあきれた顔で壁の方を見ていた。
「えっえっ!? じゃあジローが隣にいたってこと!? ヤバいヤバい!!」
リホの声が壁越しに響き渡る。もはや壁に耳をつける必要もない。
もういいやーなんだかおれは急に吹っ切れた。
「悪かったなー! あれが下手で!」
おれは壁に向かって叫んだ。甚はぶふっと笑うのを堪えていた。
おれは立ち上がり壁際ぎりぎりで再び叫んだ。
「じゃあなーリホ!! グッバイっ糞ビッチっ!」
壁越しに別れの言葉を告げるなんて人生で一回あるかないかだろう。
てか一回で十分。二度とゴメンだ。
隣の部屋ではドタバタと足音がする。急いで服でも着てるんだろう。
「じゃあ帰るわ~甚。お疲れ~」
おれはバックを肩に掛け玄関に向かう。
「おーお疲れ。気ぃつけてな」
甚はベッドの上で
時刻は深夜三時。夜はまだ冷える。
まばらに通るトラックの音がどこか
おれは初めてリホと帰った夜の事を思い出していた。
あの時初めて握った手の柔らかさは今でも覚えている。
でもあの温もりはどうやら思い出から消えてしまったようだ。
街灯に照らされた桜の花達はまだ蕾だ。
「また新たな恋の花でも咲かせますかー」
最後くらいはきざな台詞も許してほしい。
END
――――――――――――――――――――――――――――――――
一応この話はこれで完結です。
ざまぁが足りねーよって思った方は次話に用意しております。
パッと思い付いたタイトルから起筆した話ですので中身はご覧の通りです。
甚ってなんかいい奴だな~っと思った方は☆をプレゼントしてあげてください。
リホこのクソビッチがっ! と思った方は☆を投げつけて成敗してやりましょう!
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