第23話

 ギルド職員が悲鳴を上げて飛び退いた。周りを囲んでいた冒険者たちも悲鳴を上げる。俺もレナも呆然とその姿を見ていた。


 いったい天空の塔で何が起きているんだ?


 それからのギルドの動きは早かった。あっという間に天空の塔への立ち入りを封鎖してしまったのだ。冒険者ギルド内でも反応は様々だ。


「封鎖って……じゃあゴブリンやコボルトが増殖している問題は放置するってことか?」


 誰かの囁くような声。


「なら、お前が行くか? 肉塊になるんだぞ?」

「それは嫌だけどよぉ」

「あんな死に方。誰もしたくねぇよ」


 誰もが矢面には立ちたくないのだろう。


 俺はこの事態に困惑していた。危険は承知の上だっただろう!


 そう考えて一歩踏み出そうとするが足が竦んでしまって前に出ない。


 あんな死に方はしたくない。死ぬために行くんじゃない。願いを叶えるために行くんだ。でも……


 そんな葛藤をしているとレナに背中を叩かれた。


「どうするの?」

「……」


 俺は答えられない。レナに再度、尋ねられた。


「復讐。するんじゃなかったの?」


 俺は一度目を閉じ奥歯を噛みしめる。そうだ。そのためにここまで来たんだ。なのに未知なる存在に恐怖している。それだけ衝撃的な出来事だった。人が肉の塊に変容していく様は。


「レナは……どうするんだ?」

「ん。迷ってる」


 弟の病気を治したい。でも彼女だって無駄死にが死にたいわけじゃない。


 ふぅ。困った。


 そう思って俺は今の自分の心情に驚いた。俺の憎しみはどこだ? 何故、

俺はここにいる?


 俺は、すっかり温くなってる自分の心に驚いた。レナやホブスさんの存在に救われている自分にも驚いた。だから、この微温湯に浸かっていたい自分がいる。


 でも……そうじゃないだろ。


 絶望を思い出せ。憎悪しろ。確かに妻に対して俺にも落ち度はあった。でも、だから何をやってもいいという理由にはならない!


 親友の裏切り行為に手を貸した時点で、あいつだって同罪なんだ!


 2人の裏切りに鉄槌を下だせ。俺が裁くんだ。じゃなきゃ誰も裁かねぇぞ。2人のした裏切り行為を思い出せ。今ごろあの2人は俺のことなんて忘れて温々と生活しているんだぞ! 地位も名誉も全てを手に入れて!


 俺の存在なんてゴミのように捨てて!


 大きく深呼吸。思い出せ。絶望を!


 あの時に感じた怒りを思い出せ!


 ギシリと奥歯を噛みしめる。


「俺は……行く」


 そうだ。復讐するために立ち上がったんだ。この足は……その為に立ち上がった。


 でも……絞り出すような声だ。


 自分でも分かっている。


 俺は、自分を騙して奮い立たせているに過ぎない。


 消えかかっている復讐心。


 情けない……


 掻き集めて奮い立たせただけのちっぽけな炎では、肉塊になるという恐怖は拭い去れない。何かがいる。立ち上がるために。恐怖に立ち向かうために。何か切っ掛けが……

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