第79話
「……精霊を見ることができないということは、エルフ族にとってとても苦しいことなのです。姫よ」
「存じております」
でも、それはあくまでエルフの価値観だ。
カーシャ様は、帝国にあって妃の座を賜ろうとも、エルフであることを変えない。
別にそれはいい。
その人の人生だからね、その人が選んだ道を行けばいいと思う。
極端に間違っていたり辛そうだったら周囲が声をかければいいだろうけど……結局は、本人がどういう道を選ぶかだと私は思う。
(前世の私がそうだったように)
だから、選ぶ権利がサルトス様にもあると私は信じている。
そしてあの人は、ちゃんと少しずつ、自分の道を選んでいる人だってこともわかっているつもりだ。
『アリアノット様に見てもらいたい花を図鑑で見つけたんです』
お手紙をくれた時にそう記してくれたこと。
その種を見つけて育てていること。
『つい最近芽が出たんですよ。……もう少し育ったら見ていただけますか』
エルフ族にとって植物を育てることは、彼らの価値観にそぐわないことだと知っていてもサルトス様はこの地でたくさんの花や植物を育て、慈しんでいると思う。
それってつまり、彼はエルフでありながら外の世界を受け入れる柔軟さがあるってことだと思うのだ。
別に前世の私と、サルトス様を重ね合わせているとかそういうことはない。
あの頃の私も周囲から『可哀想な子』と言われていたけれど、サルトス様の事情とは全く違うのだ。
(違うけど、でも)
私はアリアノット=ヴィルジニア。
だけど前世の私も、私で。
どこかで悔しいと思う気持ちがある。
決めつけないで、可哀想だって哀れむばかりじゃなくてちゃんと見てって思ってしまう。
勿論、カーシャ様の言葉は善意だ。
ただ可哀想って哀れむのではなくちゃんとその後のことまで考えてくれているのはわかっている。
そういう意味で私とサルトス様は全く違うってこともわかっている。
(だめだ、まだ感情が引きずられる……)
前世の記憶がある分だけ大人のように相手の感情に合わせた行動ができるけれど、結局今の私は十歳の子供にしか過ぎなくて、どうしても気持ちの振れ幅が大きくなるとそちらに引きずられてしまいがちだ。
今だってなんでか自分でも良くわからないままに、泣きたい気持ちがすごく強くて口を開けば大泣きしてしまいそうだ。
淑女教育も受けているし皇女としての立場もあるからそんなの
(何やってんだろ、私)
カーシャ様と穏やかにお茶会して、サルトス様と関係がきちんと築けていることをアピールして、それでほっといてもらいたいって話を進めるつもりだったのに!
これじゃあまるで私が癇癪を起こしているみたいじゃないか!
みたいじゃなくて、そのものか……いや、爆発してないだけマシなのかな。
爆発した感情をやり過ごすと、今度は途端に後悔の気持ちが押し寄せてくる。
あっちこっちに行ってしまうこの感情を持て余してしまいそうで、私はギュッと自分の手をテーブルの下で握りしめた。
「姫」
「きゅぅーう!」
カーシャ様が何かを言いかけたその時、私の足元にふわりとした感触がしてテーブルクロスの下からソレイユが顔を出した。
キラキラした顔で。
「ああ、こちらにいらっしゃいましたかアリアノット様! ……それにカーシャ様」
「ソレイユ、それにサルトス様……? どうしてここに……」
ここは入っちゃいけない場所ではないけども。
カーシャ様も他の妃たちに対して秘密の会合とかではないって示すためにわざわざ庭園でのお茶会をしてくれているわけだしね。
ただどうして私の部屋にいたソレイユが?
そして私以外には距離感のあるソレイユがどうしてサルトス様と一緒にいたのか?
「大丈夫ですよ、アリアノット様。ここは僕に任せて」
「……え?」
ぽんっと軽く肩を叩いてサルトス様が微笑んだ。
その意味がわからなくて、私はただぽかんとしてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます