【7】魔法少女の飾りごと
二ヶ月。たったのそれだけで、少女を取り巻く環境はまたしても大きく変化した。出会った拠り所は、巡り会った居場所は、ほんの僅かな時間で崩れ去った。
少女――
「……ふぅ。自分をボコボコにした相手を好きに出来る……やっぱ最高ね。それじゃ」
箱庭の一室。ベッドとタンス、それに机だけがあるゲストルームで、
美咲はベッドに力なく転がっていた。光の失われた瞳。真白の髪と装束は乱れ、首には指の形に赤い痣が刻まれている。ドアの軋む音は
「……ごほっ」
乾いた咳に喉が痛む。気絶する寸前まで首を絞められていたのだ。露出した胸や太ももが酷く濡れているのを見とめると、機械的に変身を解き、また戻る。そうして綺麗になった身体で、最後に大切なヘアピンを確かめた。
「任務……けほっ……行かなきゃ……」
部屋の時計は午後九時過ぎを指している。休む暇は無かった。任務に滞りがあればペナルティを受けるのだ。自分も、そして……若葉も。
美咲はコートを羽織り、廊下を歩く。素肌に刻まれた様々な傷痕――特にあの小冬に貫かれた腹部を覆い隠すように。きめ細かく白い肌に、十センチほどの細長く抉られたような醜い痕が残っているのだ。
しかしながら、それでも命を落としてはいない。魔法少女だからというわけではなく、回復魔法による治療を受けたからだった。
美咲は『宝石の盾』で飼われているのだ。内面的なもの、そして魔法による『首輪』を着けられて。
だが、皮肉なことに恩恵もあった。『宝石の盾』という強大な相手と敵対せずに済むこと、そして『首輪』の影響によって変身解除が可能なこと。決して小さくない恩恵を被れることに、歩きながら吐き気を催した。
「――美咲!」
玄関のすぐ奥、内陣に差し掛かると、そこには紫色の可憐な騎士然とした少女――
「今日は遅かったから心配したのよ――って、その痣……また首を……!」
小夏は美咲を長椅子へ座らせると、怒りを
「ブレイズ、座って……。それと……その子をそう呼ぶのは……止めなさい」
声の主は祭壇に腰掛ける、目深にフード付きのローブを着込んだ少女クリプト。『首輪』の持ち手である。彼女は紅葉色の影の中から、消え入りそうな声で語る。
「……聞いてたのが私だけで良かった。その子は……悪い意味で特別……。どこに誰の耳があるか分からない……本名で呼ばない方が良い……」
「クリプト! でも、美咲は――! 元々の立場を踏まえても明らかに扱いがおかしいじゃないの!! 優先して危険な任務に出されたり、それにこんな……慰み者にまで――!!」
「……ブレイズ……何度も言わせないで。……貴女は……私に意見できる立場じゃない……」
「ぐ――っ!」
小夏は拳を震えるほど握り締め、歯噛みする。かつて幹部一歩手前だった自分の地位は、美咲が『宝石の盾』へ入ったのと同時期に降格した。原因は小冬の圧力。美咲の管理権限を小夏へ与えないため、クリプトより下の立場まで引きずり降ろされたのだ。つまり、小夏と美咲の繋がりはバレていた。……しかし皮肉にも、それが大事になっていないのも小冬の力によるものであった。
「……良いんです、ブレイズさん。気にしないで……呼んで下さい」
「――く、う――」
美咲は虚空を見つめながら呟く。美咲は小夏のことを、かつて仲間として笑顔を交わした時と違い、本名ではなく魔法少女としての名で呼んだ。まるで自分に教え込むように。
『宝石の盾』に所属する魔法少女は、本名と違う名を持つことを強制される。一般的な倫理観から外れた活動をすることも多い魔法少女にとって、変身によって得られる「別の姿」と「別の名前」を精神的な逃げ道とするためである。名前は自分で考えるか、仲の良い誰かにでも名付けてもらうか、基本的には自由であった。
しかし、鏡座美咲は例外である。彼女の新たな名前とは、その地位を示すもの。組織内での扱いを表すものを与えられたのだ。
やがて小夏は諦めたように、力なくその口を開いた。
「――任務の前に一応傷を見せて。向こうに行くわよ……『スレイヴ』」
「……はい」
美咲は従い、立ち上がる。『
―――――
――――――――――
―――――
月明かりの下、二人は川沿いを並んで歩く。通夜のような、不安と困惑や悲哀に満ちた静けさの中だった。
美咲と小夏はバディを組んでいた。片や『原石』でありながら魔法少女と戦い、片や『欠片』でありながら魔物と戦った。可能な限り寄り添うために。小冬からの圧力がかからない限り、小夏は美咲を支えていた。つまり定められたわけではないが、事実上のバディである。
やがて歩くうち、車線が多く、だだっ広く、相対的に歩道が細くなっていく。海沿いの工業地帯である。無数のコンテナや倉庫のうち、いくつかは『宝石の盾』が所有しているものだった。目的地である。
「東から五番目。あの倉庫ね」
「……結構大きいですね。荷物置きのスペースを考慮して、4tトラックが三台くらいは停められそうな。二階には事務所とかも併設されてるんでしょうか」
「そうかも。間取り図なんかがあれば要求すべきだったわね」
今回の任務はその倉庫の偵察、そして奪還。とある集団に占領されたとのことだった。敵の総数は不明だが、どうやら魔法少女に加えて一般人も居るらしい。連中の襲撃から、命からがら逃げ延びた魔法少女によって得られた情報だった。
変身しないまま適当に離れたコンテナに登り、目を凝らす。閉め切られた正面扉と裏口に見張りがそれぞれ二人ずつ。加えて随所の窓には遮光シートが引かれており、その警戒具合が伺えた。
「……しかし、まだかしら。もうそろ予定の時間なはずだけど」
二人は周囲を見回す。この任務は重要なものであり、加えて一般人は無闇矢鱈に殺害するわけにもいかない。『人払いの結界』による効果も、魔法少女の近くに居る一般人には効果がないのだ。
とにかく状況にもよるが、魔法少女が貧弱である一般人を生かして捕らえることは殺すより難しい。乱戦が予想される場であれば尚更である。そのため、このような状況に適したもう一人が合流することになっているのだが。
「見当たりませんね。……零時になるとメンバーが増える。それまでにケリをつけなければ。……待つのも限界です」
「全く、何やってるのかしら……。仕方ない。あたし達だけでやるわよ」
見切りをつけて立ち上がる。作戦は既に美咲が立てていた。制圧において最も効果的なのは奇襲である。限界まで変身せず、気付かれずに裏口の見張りを片付け、最奥であろう事務所部分に直接乗り込む。小夏にも異論は無かった。
二人は私服のまま忍び寄る。倉庫周辺、特に裏口はコンテナや木箱、その他にも用途の不明な物品に溢れており、身を隠すにはおあつらえ向きだった。見張りの二人も談笑しているだけで、まるで役割を果たしていない。
「――あのクソ野郎は三メートルもブッ飛んだんだ。脳みそをブチ撒けながらね。私は確信したよ。これが姐さんの言う魔法なんだって」
「で、そっからは?」
「後はあんたと同じ。ずっと姐さんについてくって心に決めたよ。……私達は血で繋がった姉妹だ」
お揃いの橙色の服に身を包んだ見張りの会話に顔をしかめたのは美咲だった。彼女にとって「姉妹」「姉」とは幸せの象徴であり、拠り所であり、そして苦難と喪失の類語である。今では姉のことを思うだけで雨に溺れそうになる。雨の河川敷はいつも夕陽で染まっていた。
「余計なことは聞かないようにしましょう。良いわね?」
「……はい」
小夏はそれだけを伝えると、障害物の陰を伝い、見張りを挟んだ反対側へと移動する。視線でタイミングを示した後、懐に忍ばせていた溶液をハンカチに染み込ませた。特別性の昏睡薬である。それを手に、同時に飛び出した。
見張りは気付いたとき、声を上げようとしたときには既に口を塞がれていた。それだけではない。片手の自由も奪われ、膝裏を蹴られて跪かされていた。美咲によるスパイ映画さながらの流れるような動きによって、呆気なく見張りは無力化された。一拍遅く、もう一人も小夏によって意識を失う。
「……全然バレてないみたいね。チョロいもんだわ」
小夏は正面側の様子を窺うが、気付くどころか仕事をしている様子もない。タバコと談笑が仕事でなければだが。今無力化した二人と同じく、彼女達は高校生くらいに見えた。それも不真面目な。普段は可能であれば避けたいタイプの人間ではあったが、今はありがたかった。
「……一気に行きましょう。準備は良いですか?」
「大丈夫、問題ないわ」
並んで頭上を見上げる。二階部分に扉はなく、窓には遮光シートだけでなく後付けの格子まで設置されていた。魔法少女の膂力であれば破壊できるだろうが、敵の使う魔法は未知数。試みない方が安定だろう。出来ることなら騒音も避けたかった。
「……」
二人は視線で合図を交わすと、同時に変身する。するとまず小夏が跳び、窓枠に指をかけると同時に二階の外壁に手を添える。壁に紫色の光が染み込むと、瞬く間に大剣と共に1メートル程の穴が創生された。
屋内から漏れ出す光に、美咲はコートを翻して跳んだ。精密な姿勢制御によって高跳びめいて穴を潜り抜け、床に着地する。その手には既にスタンガンが握られていた。
(――状況は――!?)
魔法を行使し、世界が遅くなった。情報収集、状況判断に最適な、限りなく停止した世界である。
部屋は狭く、荒らされていた。電気は点いていない。安物のラックからはファイルが落ち、地面は紙に埋め尽くされている。この状態で放置されているということは重要ではないということ。当然のように誰も居なかった。
「……大丈夫です。誰も居ません」
小夏も部屋に飛び込んだ後、美咲はコートを穴に貼り付け塞ぐ。壁に固定するためにナイフを使ったのは自信の表れか、あるいは自殺願望めいたものか。
「ここまでは静かに来たけど、後はパーティってことで良いのよね?」
「はい。ただし、はしゃぎ過ぎないよう。……魔法少女は私が相手をしますので」
「……ええ、悔しいけど任せるわ。それじゃあ行くわよ!」
ドアが開け放たれた瞬間、美咲は飛び込む。眼の前には手すり、吹き抜け、奥の暗がりには階段。覗く一階部分は二メートル弱の木箱がいくつかの積んであるだけで、明らかに広さを持て余している。そこに居た敵も少女がたった二人だけであった。
(――あの人達は多分……魔法少女じゃない。この場には居ない……? 荷物の運び出された形跡……。なるほど……もっと重要な地点に居る……!)
美咲は二階から飛び降りる。木箱の側で水筒に口をつけていた二人は反応できず、蹴りとスタンガンによって為す術なく叩きのめされた。
「流石、良い手際ね!」
感嘆しながら、小夏は正面扉を開け放つ。状況判断は完璧だった。屋内を美咲だけで制圧出来るのであれば、自分が担うのは外である。自分達の拠点から現れた謎の人物に困惑する見張り達を、剣の腹で打ち付け気絶させる。暗がりに紫色の軌跡が残る間の、実に呆気ない制圧だった。
「なんかあっさり行っちゃったわね」
「ええ。魔法少女もここには居ないみたいです」
「警戒して損したけど……まぁ良いわ、楽なのに越したことはないし。こいつらにも薬を嗅がせときましょ」
大剣を光として解き、倒れる二人に昏睡薬ハンカチを押し付ける。この薬は暫く前に支給品として与えられたもので、魔法少女には効果が薄いものの、一般人であれば数秒で無力化できる優れものである。それでいて記憶障害などは起こらないというのだから驚きであった。
「そっちはどう? 特に何も無いなら完了の報告を――」
小夏はドアを潜る。視界の先では美咲が屈み、倒れた一人に薬を嗅がせていた。何の異常も見られない。問題なく完了しているように見えた。……その瞬間までは。
「――きゃあっ!?」
美咲が声を上げる。唐突であり、完全な想定外だった。多少過剰とも思える程にスタンガンを当て、薬を嗅がせていたのに、少女の瞳は見開かれた。そして橙色に輝いたのだ。
「こ、この――っ!?」
跳び退こうとする。が、出来なかった。手首を掴まれていた。手首を振り解こうともがくも、解けない。明らかに一般人の力では無かった。どころか瞳の輝きは増していき、握り込む力は強くなる。
(魔法少女じゃないのに、魔力を感じる……!?)
手首の骨がギシリと軋む。少女は痙攣を伴って、憤怒の形相で口を開いた。
「誰だ……お前……ッ!!」
「――それはこっちの台詞!」
美咲は掴まれた手首を庇いつつ、少女の腕に膝を添えて倒れ込む。テコの原理によって腕は許容域を超えて曲がり、断末魔を上げてへし折れた。
(……今!!)
握力が弱まる。その隙に手首を引き抜き、折れた腕を踏みつけ、もう片足で顎を蹴り抜いた。すると瞳の輝きは電池切れのフラッシュライトめいて急速に失われ、今度こそ力なく倒れた。
「――ちょっと! 大丈夫!?」
「ええ、なんとか。いてて……」
「その手……! 折れてはないのね?」
「大丈夫です。大丈夫です、が……」
駆け寄った小夏は痣のついた手首をさする。
(……)
――ようとして、止めた。自分達の役割はこの場の制圧。その後どうするかを判断するのは報告を受けた上層部の役目である。
「みさ……スレイヴ? どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません。ひとまず、
「……そうね。増援の対応までは言われてないわけだし、さっさと帰っちゃいましょ」
小夏はあっさりと身を翻し、倉庫を後にする。かつての彼女であれば自らに与えられた役目以上に働こうとしていただろう。組織で成り上がるために、そして姉の小冬に殺しを止めさせるために。
だが今は違う。美咲との出会い、若葉への協力、そしてこの二ヶ月で目撃した闇の数々が彼女を変えていたのだ。彼女の目に映る宝石は、酷く濁って霞んでいた。
しかしそれでも、小夏は『宝石の盾』の為に働き続ける。「それ以外の生き方を知らない」「組織が恐ろしい」「美咲が心配」「結局は姉のことも無視できない」――理由は無数にあった。ともあれ、組織の為に任務を遂行し続けていた。
―――――
――――――――――
―――――
「――以上よ」
工業地帯を抜け、川沿いを歩きながら小夏は電話で報告を終えた。それを受けたクリプトは、起伏のない声色ながらもハッキリ分かるほど不機嫌に答えた。
「……そう……お疲れ。ブレイズはこのまま、今日は……もう休んで……」
「あたしは、って……。勿論スレイヴも休んで良いのよね?」
言い方に不安を覚えながら問いかける。しかし、嫌な予感は的中していた。
「いいえ……スレイヴはまた箱庭に寄越して……。今日はまだ任務が残ってる……」
「あのねぇ、今日ったってもう11時過ぎよ? それに手首を痛めてるって報告、まさか聞いてなかったわけじゃないでしょ。流石におかしいんじゃないかしら?」
小夏は感情的に言葉を叩きつける。しかしクリプトの返事は無い。否、それが返事なのだ。それを証明するように、スピーカーで聞いていた美咲が隣で答える。
「……すぐに戻ります」
「ちょっと――」
「大丈夫ですよ。このタイミングの任務なら戦闘ではありませんから。……ありがとうございます、いつも」
闇に隠れて美咲は笑う。笑ったはずだ。二人が差し掛かった交差点は、ちょうど箱庭と小夏の家との分かれ道だった。クリプトに通じていた電話は途切れ、美咲が走り去る。十数分も経った後、小夏も家に向かって歩き出した。
―――――
――――――――――
―――――
美咲は跪く。祭壇上、クリプトは相変わらず目深なフードと長い前髪の下で薄い笑みを浮かべている。
「……おかえり……今日も頑張ったね……」
彼女の言葉は美咲に宛てられたものではない。声に呼応し、美咲の耳にズルズルと這い回るような音が響く。音の出どころは――
「――っぷ……ご、えほ、げほっ! ごほっ!」
口内から胃液と共に、紅葉色のヘドロめいたものが吐き出される。500ミリリットル程の量があるそれは、一見すると綺麗な色でありながら、不自然な乳白色の光沢を持っていた。
「おいで……私のかわいい子……タマ……」
クリプトが話しかけているのはそれ――否、
「――えほっ……けほ、けほっ……はぁっ……はぁ――」
美咲は液体に塗れた顔で見とめる。次なるクリプトの声に反応し、ローブの袖口からもう一匹のそいつが這い出して来たのを。「タマ」に比べてやや細く動きの速いそいつは、まるで狂喜するようにのたうち回った後、尖らせた身体の尖端を美咲の腕に突き刺した。
「――あぐっ……い、いづ……っ!」
注射などではない、ペンを突き立てられたような激痛に顔をしかめる。ヘドロはずるずると音を立てて体内に潜り込んでいく。不気味なことに、痛みこそあれど異物感はない。細い血管や細胞に染み込み、一体化していくような恐ろしい感覚だった。それを表すように、全てが体内に入り込んだ後は傷痕も何もない。
「……ミケはおてんばだね……いってらっしゃい……」
クリプトは手に巻き付く「タマ」を愛おしそうに撫でながら、フードの下で微笑む。これが彼女の魔法であり、美咲に着けられた『首輪』の一つであった。
「はぁっ、げほ……これで、もういいですか?」
「……ん……行きなさい……」
美咲はよろめきながら立ち上がり、その場を後にする。魔法少女という存在以上に生物そのものを冒涜しているかのような『首輪』と、まるで影の魔物のようなそれを使役するクリプト、そして体内に入れられている事実――全ての事象に恐怖し、頭痛を覚えながら。
自分に与えられた部屋に戻ると、濡れたまま放置され、硬く乾いたベッドシーツが出迎える。洗わなければいけない。でなければ次に訪れた
「あれ……」
水音、そして電気が点いている。先客が居た。焦茶色の髪を洗面台に突っ込み、頭から水を被る少女だった。
「――っぷは! あークソ、マジ痛ぇ」
胸を強調するようなチューブトップと極短のホットパンツ、そしてブーツにはどこも血が滲んでいた。背後に立つ美咲に気づき、振り返った少女の名は『ファニング』。今日の任務で合流するはずだった魔法少女である。
「お、スレイヴか。あー……ワリーな、任務すっぽかしちまって」
「いえ……滞りなく進みましたし。それに、その姿を見れば何かがあったのは分かりますから」
「話が早くて助かるわ。変な魔法少女にかち合っちまってよ、つえーわ弾をはじきやがるわスマホも壊されるわ。やっと今帰ったとこなんだよ……ったく、報告しねーと」
濡れた髪を掻き上げ、ファニングは内陣へ向かう。両脇と腰に計四つ装備されたホルスターの中には一丁も銃が入っていなかった。その後ろ姿が見えなくなった頃、シーツを洗濯機に放り込んだ。
「……変な魔法少女。その対処。どうせ私が露払いに……鉄砲玉にされる……」
近いうち、もしかしたら明日かも知れない。恐らく自分にされるであろう命令を受け入れ、スイッチを押した。洗濯機を動かしたまま寝ては怒られる。まだ寝れない。今のうちに何か出来ることをと、血の付いた洗面台に洗剤を撒いた。
「……お姉ちゃん……」
目を閉じ想いを馳せる。もう何度目か、重苦しい雨が降る。こうなったのはいつからだろうか。何が悪かったのだろうか。ルミナス。あの魔法少女を私が――
「――うぷっ――」
照明を反射して白く光る洗面台に胃液をぶちまける。鏡に映る顔は陶磁器のように青白く、魔法少女としての容姿変化があってなお瞳は霞んでいた。醜い。よく似ていると言われたものだが、今では姉の面影はどこにも感じられない。
だが、覚えている。自分に映し出せずとも、いつも瞼の裏には見えている。それに――
「……」
――黄色のヘアピン。無骨で飾り気も無いが、指で触れると温かかった。感じた熱を決して手放さぬよう拳を握り締める。進むのだ。先に何があろうと、闇に足を掴まれようとも。
海のように深い瞳が、しかし水面のように白く輝いた。
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