第28話:ひとりでの旅立ち

 ヴァイオレットは神聖国の地下牢で、一生を過ごすことになった。

 でもヴァイオレットが文句を言うことはない。魂のほとんどを悪魔に持って行かれた彼女には、もう自我すらなかった。


 あの一件から約二カ月。

 私たちはまだ――浄化の旅に出発していない。


「誰だよ。年が明けたらすぐに出発だって言ったの。出発式は三月の頭じゃんっ」

「何を仰っているの、セシリアさん。誰もそんなこと言っていませんわよ」

「そうだよ。一月と二月の上旬までは雪が降るから、三月が出発式だって最初に言われたでしょ?」


 言われたっけ?


「あなた寝ていましたものね」

「はい」


 なーんだ、そうだったのか。はっはっは。


「でもセシリアさん、三日後には出発式なんですよ? あなたひとりだけ聖騎士を決めてないけど、いいんですか?」

「んー、いいのいいの。私はひとりで行くつもりだから」

「ひとりでって、危険ですよぉ」


 聖騎士候補の人たちを顔合わせをしてから、その場で選ぶ――訳じゃなかった。

 一カ月半かけてお互いのことを知るために、神殿で一緒に過ごしたりなんたりしていた。

 その間に「この人になら安心して護って貰える!」という相手を見つけろってこと。


 みんなと話してみて分かった。

 聖騎士候補の人たちは、みんないい人たちばっかりだ。

 友達になれそうな気がする。

 一緒に旅をすることが嫌だとは思わなくなった。


 でも、彼らに護られたいかって言われると、それはないなって……。

 安心できる相手はひとりしかいない。


 アディは、あの日から一度も姿を見せてくれなかった。

 でも無事だって分かってる。

 悪魔使いのアサシンと決着がついて、それで私を護る必要がなくなったんだろう。

 寂しいけど、アディにはアディの人生があるもんね。


 この二カ月の間に、戦士としての修行をガッツリとやった。

 勉強もまぁ、少しはね。うん。

 旅の間も鍛錬を怠らず、日々修行の毎日を送ればいい。


 今日はこの後、出発式に向けて浄化の担当地域を決めることになっている。


「他の大陸に行くことも出来るんでしょ?」

「担当になれば、ですわ。まぁ他の神の聖女もいますし、半数以上は他所へ行くかもしれませんわね」

「みんなバラバラになっちゃうんだね。なんだか寂しい」

「二度と会えない訳じゃありませんわよ。それに、ひとりじゃ浄化しきれないような濃い瘴気があれば、近くの方と協力することになりますわ。その時があれば、会えますわよ」


 だから微妙に担当地域は被っている場所があるんだとか。

 私たちは揃って大聖堂へと向かう。

 そこで私は――


「セシリア。あなたにはもっとも過酷となる、北の大地へと向かっていただきます」

「北……って、ここの北?」

「いいえ。海を渡った北の大陸です」


 お……おおおぉぉぉ!?

 船に乗れるの? 海を見れるの!?

 他所の大陸だぁー!!

 

 まったく知らない土地に行けるなんて、ちょっとワクワクする。

 へへ。さっそく準備しなきゃね。

 お菓子も持って行こうっと。






「地図よし。防寒着よし。着替えよし。お菓子よーし」


 ふぅ。リュックがパンパンだ。

 あとウィリアンさんやアデリシアたちへの手紙。それを机の上に置いてっと。


「ごめんね、ウィリアンさん。でも出発の時までに必ず聖騎士を選べって言われちゃったし」


 他の大神官たちが、絶対にだって言うからさ。

 やっぱりひとりで出発することを、許してもらえなかった。

 ウィリアンさんだけが、好きにしていいって言ってくれたんだけどさ。


 だから私、みんなよりも先に出発する。前々から決めてたことだ。

 見つからないよう、早朝に部屋を出る。

 辺りはまだ薄暗い。


「聖女様、こんな朝早くから鍛錬ですか?」

「ふぎっ。ああ、あぁ、おはよう。うん、朝練なんだ」


 早くも神官に見つかった!

 でも毎日鍛錬してるから、それだと勘違いしてくれてる。


「き、今日は階段の上り下りをしようと思ってね。階段走ると体力つくし。ほら、旅の間はほとんど歩きでしょ?」

「そうですね。聖女様の並々ならぬ努力を、私も見習わなくては……あ、でもそのお荷物は?」

「ああああああのねっ、下のさ、信者さんの休憩所に、と、届ける荷物だよ。うん」

「まぁ、聖女様自らが荷物運びを? それも鍛錬ですね」


 と、神官は興奮したように言う。

 勘違いしてくれてありがとう。嘘ついてごめんね。


 彼女に見送られ、私は急いで神殿の外を目指した。

 階段を下りて町の方へ。フードを被って、なるべく顔を隠す。

 ラフティリーナの神殿から一番近い門を目指し、王都から出る。


「まずは近くの町まで行って、そこで朝ごはんを食べよう。確か一時間ぐらいで着くんだったよね」


 王都の門を潜って外へと出ると、ちょうど東の空から太陽が上った。


 今日は快晴。絶好の出発日よりだ。


 北の大陸へ行く。そして瘴気を浄化する。

 目的はそれだけ。

 それ以外は自由だ。


「んんー。頑張るぞぉ」


 頑張って役目を果たせたら、褒めてくれるかな……アディ。

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