第21話:護り手

「え……アデリシア、今なんて言った?」

「ですから浄化の旅に出る聖女には、護り手が同行しますのよ」

「知らないよ、そんなの……」


 十二月になった頃、お風呂からの帰り道で同じ聖女候補の令嬢がそう教えてくれた。


「セシリアさんあなた、知らないんじゃなくって居眠りして聞いていないだけですわよ」

「いつ!?」

「最初の座学」

「……寝てた」


 だって話長いんだもんっ。三十分ぐらいは頑張って起きてたんだよ。でもそれ以上は無理っ。


「もうほんっと、あなたって神経図太いですわねぇ。仕方ないから教えて差し上げますわ」

「うわぁん、アデリシア好きぃ」

「や、やめてくださるかしらっ。抱きつかないで!」


 私が生まれ育ったウォーレルト王国のお隣、ライザリス王国出身の侯爵令嬢アデリシア。

 貴族出身で正真正銘お嬢様だってのに、彼女は気さくで話しやすい。

 平民出身の候補もいて、彼女らとも普通に会話している。他の令嬢たちは平民だからって見下すような態度なのに、アデリシアだけがみんな平等に接していた。

 しかも優秀な子で、浄化の魔法ももう習得しちゃってて聖女に選ばれることが確定してるって、ウィリアンさんも言ってた。


 貴族というとヴァイオレットしか知らなかった私にとって、アデリシアは不思議な存在に見える。

 そして彼女みたいな人が聖女に選ばれて、なんだか嬉しい。

 

「護り手というのは聖騎士のことですわ」

「普通の騎士と違うの?」

「聖女に選ばれることで聖騎士となるようですし、まぁ実際は同じなのかも?」

「え、聖女が選ぶの? だ、誰でも選んでいいの?」


 アデリシアは溜息を吐いて首を横に振った。

 ダメらしい。


「聖騎士候補は既にいますのよ。その中から選ぶことになりますわ。心配なさらなくても、みなさま一流の騎士ですもの。安心していいわ」

「騎士が聖騎士候補?」

「そりゃそうでしょ。剣も握ったことがない者が聖騎士になりたいからって来られても、モンスターと戦えると思って? そんな人に護られたいかしら」


 確かに護られたくないな。むしろ護らなきゃいけない気がする。


「候補の方々は、将来聖騎士を目指して幼いころから努力してきた方たちよ。その中から自分が『この人だわっ』って思える、運命の騎士様を選ぶの」

「え……う、運命?」

「えぇ。初代聖女は、護り手である聖騎士と結ばれましたのよ。だから聖女と聖騎士は、運命の赤い糸で結ばれている者同士、自然と惹かれ合うといいますわ」


 と、アデリシアは頬を赤らめ、うっとりした表情を浮かべた。

 いや、初代聖女がそうだったからって、なんで聖騎士が運命の人になるんだよ。


 私は……なんか、そんなの嫌だ。

 好きかどうかを自分で決められないとか、絶対にイヤ。

 そりゃあ、今まで恋とかしたことないけどさぁ。そういう機会なかったし。


 それに私は、アディと旅をしたいんだから。

 アディがいいって言えばだけどさ。


「私はもう選ぶ相手が決まっていますけれど」

「え? アデリシアは聖騎士候補が誰なのか知ってるの?」

「ひとりだけね。我が家に使える騎士の家系の次男坊。幼いころから一緒に育った、いわば幼馴染ですわ」

「えぇーっ、それずるーい。知ってる人とだったら安心じゃん」

「んふふ。私たち、ずっと一緒だから兄妹のようでしたの。でもいつしか私は、彼を兄ではなく、ひとりの男性として見るようになったの」


 兄じゃなく、ひとりの男性……。

 なんだか胸がドキドキする。


「そんな時ですわ。私が聖女候補に選ばれたのは」

「え? それって最近のこと?」

「何を仰るの? 私が候補に選ばれたのは、五年前、十二歳の頃ですわ」


 え?


「最初は私ね、魔術師に憧れていましたのよ。魔力が高いことは、家庭教師の先生に教えて貰っていましたけど、どの属性に適正があるのか知りたくて。それでライザリス王国の神殿で魔力検査をお願いしましたの」


 その結果、神聖魔法の適性があり、なおかつ魔力が高かったからその場で聖女候補に選ばれた、と。


「赤色でしたら魔術師を目指したのですけれどね。赤は焔の色だから。でも水晶の色は淡い緑でしたのよ」

「緑が神聖魔法の適正ってこと? 私もその色だった」

「ですわよ。あなた本当に何も知らない――というか学んでいませんのね」


 ぐっ。


「私が聖女候補に選ばれてから彼、必死になって剣術を学ぶようになりましたの。何故か尋ねたら、聖女には聖騎士が護り手として同行するから、自分が選ばれるように強くなるんだって。彼も私のことを……うふふ」


 好きな人を守れるように、努力したんだ。

 アデリシアが聖女に選ばれると信じて。


 なんか……いいな。

 ずっと傍で見守ってくれた人が護り手だなんてさ。

 私も――あ、れ? なんでアディの顔が浮かぶんだろう。

 ア、アディはお兄ちゃんだもん。お兄ちゃ……


 アデリシアとその人も、以前は兄妹のようだったって。

 じゃあ、私とアディは?


「聖騎士に選ばれ、聖女と共に無事お役目を果たせば、帰国後に爵位が与えられますの。伯爵ですけども、聖騎士という名誉を頂いた殿方ですもの。お父様だってお許し頂けますわ」

「そう、なんだ。そうなるといいね」

「……あら、うふふ。そうなの」

「え? ど、どうしたのアデリシア」

「あなた、今誰かのことを考えていたでしょう?」


 な、なんで分かったの!?


「恋する乙女の顔でしたわよ」

「こ、恋!? いやいや違うよ。私とアディが兄妹みたいなもんで――」


 ああぁぁ、アデリシアがニヤニヤした目て見るぅ。

 クソォ。兄妹見たいとか、まるっきりアデリシアと同じじゃん。


「でもその方は聖騎士候補ではないのですわよね? うぅん、どうしたものかしら」

「い、いや、だから別にそういう関係じゃないんだってば」

「あ、そうですわ! 聖騎士候補から選ばなければよろしいのよ」

「え、いいの? 選ばなくてもいい――」


 なんか……嫌な感じがする。


「アデリシア止まってっ」

「え?」

「動かないで、そこから」


 その瞬間、突然辺りに霧が立ち込めた。


「なっ、なんですのこれ!? っ、なんて、禍々しい気配」

「動いちゃダメだからねアデリシア」

「分かっていますわよ。でもどうしますの、この状況」


 すぐに腰に下げたメイスを取り出して構える。

 団長が護身用にって小型のメイスをくれたんだけど、こんな所で役立つなんてね。


 ぞわっとする気配が強くなると、霧の中から黒い影が現れた。

 大きな角を持つ牛みたいな顔と、黒光りするムキムキの体。


「ね、ねぇアデリシア、あれって……」

「そんな、そんなはずありませんわっ。だってここはラフティリーナ様のお膝元の神殿ですのよ? どうして……どうしてグレーターデーモンなんかがっ」


 はぁん、やっぱり中級の悪魔だよぉ。

 この前のグレムリンなんかとは、比べ物にならないぐらいめちゃ強いモンスターじゃん。


「どうすれば……どうすればいいの?」

「アデリシア、動かないでっ」

「ブルモアアァァァァァッ!!」


 グレーターデーモンが突進してくる。

 戦えるのは私だけなんだし、私がアデリシアを守らなきゃ!


「うらあぁっ!」


 地面を蹴って、アデリシアの前に飛び出す。同時にメイスを振ってグレーターデーモンの膝を狙った。

 ゴスんという手応えと、緑色の火花がキラっと散る。


「よし! 魔法入ったっ」


 体が軽い。力が湧いてくる感じがする。

 これなら――


「やれる――って、ちょっと待って待って。それ絶対ヤバそうなやつ!」


 グレーターデーモンの口の前で、火球が浮かび上がった。

 あぁー、神殿で読まされた本に書いてあったなぁ。グレーターデーモンは魔法を使えるって。

 この至近距離から魔法とか、避けられないじゃんっ。


「護りの魔法、お願い掛かっててっ」


 祈るように叫んで、思わず目をぎゅっと閉じた。

 そして体がふわっと浮いたような気がして目を開くと。


「ア、ディ……」


 右目の上から下にかけて、縦の傷……


「……よう。無茶してんじゃねえぞ」


 アディに抱きかかえられ、一瞬にしてグレーターデーモンとの距離が離れる。

 さっきまで私がいた場所には、火球が命中して地面を焦がした。


 アディの腕の中で、さっきのアデリシアの言葉を思い出す。


 兄ではなく、ひとりの男性として――。


「そこにいろ。すぐにこいつを片付ける」

「ア、アディ! そいつ、グレーターデーモンで強いよっ」

「俺にとってはグレムリンとそう変わらねえ」


 そう言うとアディは二本の短剣を構えて、本当に一瞬でグレーターデーモンを倒してしまった。

 つ、強い……アディ凄すぎる。


 簡単に一刀両断してしまったあと、でもアディの体がいっしゅんグラつく。


「アディ、大丈夫?」

「あ? なにがだ」


 気のせい、だったのかな?

 なんて思ってたら、さっさと木の上に跳んで姿が見えなくなった。


「アディ!」

「そっちの女の面倒を見てやれ」


 声が聞こえてホットした。

 同時にアデリシアの方に駆け寄る。


「アデリシア!」

「だ、大丈夫、ですわ。驚いただけ」

「よかった。霧も晴れたし、今のうちに行こうっ」


 とりあえずウィリアンさんに知らせなきゃ。


 アディ、ずっと見守ってくれてるんだね。

 ありがとう。

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