第15話:奇跡

「包帯と傷薬をありったけ用意しろ! 足りなければその辺のシーツを破って使えっ」


 転移した先は教会の中だった。

 でも礼拝者はいない。

 いるのは大勢の怪我人と、治療に当たっている人たち。


「さぁみんな、手分けして怪我人の手当てに取り掛かろう」

「「はいっ」」


 ウィリアンさんの号令で、神殿から一緒に来た神官たちが散らばる。

 みんなそれぞれ、怪我の治癒にあたった。

 わ、私……何をすればいい?


「ウィリアンさん……」

「セシリア、外へ行って怪我の酷い人を優先的に中へ入れるよう、伝えて来てくれるかい?」

「う、うん。分かったっ」


 急いで外へ出ていくと、そこはまるで戦場のようだった。

 怒号と悲鳴、うめき声で、誰が何を言っているのか全然聞き取れない。


 誰に伝えればいいの?


 辺りを見渡すと、この小さな町のすぐ後ろに山が見えた。

 その山の斜面から土煙の上がる穴が見える。

 こんなに間近に鉱山があるんだ。


「おいあんたっ。ぼうっと突っ立ってないで手伝ってくれっ」

「あ、私? あ、あの――」

「いいからここを抑えて止血するんだっ」

「え、あの……わ、分かった」


 ここ――と言われた場所は、足だった。

 でも膝から下……ない。

 崩落事故で足を切断しちゃった、の?

 膝から下がない状態で、どうやって布で抑えて止血すればいいんだよっ。


 布を押し当てても、すぐに血がしみ込んでぐちょぐちょになった。

 肉と、そして骨の感触が指先に伝わる。


「うわぁぁーっ。父ちゃん、父ちゃんしっかりしてっ」

「ふぇ、な、なに?」

「お姉ちゃん、父ちゃんを助けてっ。お願い助けてっ」


 この人の子供?

 傷口を布で抑えながら、この人の顔を見た。

 顔が真っ青。

 

 血がたくさん出ていくと死ぬって、アディが言ってた。

 たくさん……たくさん出てるよ。


「お姉ちゃんっ」

「で、でも私……自分の意思で魔法、使えない。使ったこと、ないもん」


 どうすればいいのか分かんない。


「どこに運べばいいんだっ」

「地面にシーツを敷けっ。とにかく指示があるまで寝かせておくしかねえだろっ」


 あっ。


「じ、重傷者から教会の「お姉ちゃんっ」」


 どうしよう声が届かない。でもここを離れたらこの人が……この子が。


 魔法。治癒魔法が使えたら……。

 なんで思い通りに魔法が使えないんだよ。

 これじゃ聖女になんかなれないし、それどころか何の役にも立てないじゃんっ。


「お、おい、あれを見ろ……」

「斜面が……斜面が崩落するぞ!!」

「え?」


 振り返った視線の先。土埃を上げていた穴の周辺の地面が、ずるりと動くのが見えた。

 いけないっ。あの大きさだと教会まで届いてしまうっ。


「ウィリアンさん、逃げてっ。岩が落ちてくるうぅーっ」


 ここの危ない。逃げないと。

 でも――


 その時、私の腕を誰かが掴む。

 子供?


「げて、くれ」


 違う。お父さんの方。


「誰か呼んでくるから、待ってて」

「息子、連れて、逃げ、てくれ」

「やだよ父ちゃんっ。父ちゃんといっしょじゃなきゃ嫌だっ」

「お願い、だ。息子を」


 誰かを呼びに行く時間はない。この人を運べるほど、私には力がない。

 ウィリアンさんも助け……られない。


 ねぇ。聖女ってなに?

 私、なんにも出来ないじゃん。


「早く逃げろっ」

「岩が落ちてくるぞおぉぉーっ」


 誰も守れないし、誰も助けられないじゃんっ。


「もうダメだ……もう、間に合わない」


 私が聖女だっていうなら――


「私に全部守れる力、ちょうだいよラフティリーナ様っ」


 私が聖女じゃなかったら……そしたらここでみんなと死ぬだけ。

 ごめんね、アディ。

 せっかく会えたのに、また……お別れしなきゃいけないかも。

 ほんとの本当に、二度と会えなくなっちゃうけどさ。

 ごめんね。探しに行けなくて。

 ごめん。


 …………んっと。

 岩、落ちてこな、い?


「な、なんだありゃ」

「光が……光が岩を止めているぞ」

「なんてあたたかな光なんだ」


 光?

 空に緑色の光ひか、り? それが町を包むように広がっていて、岩はその上で止まっている。


「と、父ちゃん!?」


 男の子の声でハッとなっておじさんを見た。

 助け、られなかった……ってあれ?


「ど、どうなっているんだ? お、俺の足……確かに岩に潰されてなくなったはずなのに」

「父ちゃんの足が、生えたあぁぁーっ!?」

「は、はえ。え? えぇー?」


 生えてる。さっきまで膝から下がなかったのに、生えてる!?

 夢だったの? いやでも、私が手にしてる布は血だらけだし。


「傷が治った。治ったぞっ」

「腕が動くっ。しかも痛くない!」


 上の方から緑色の光の粒が降り注いでる。

 その光が怪我をした人に触れると、一瞬で傷を塞いでいた。

 ちょっと怖いのは、体を欠損した人のその部分が生えてきてること。


 ど、どうなってるの?

 何が起きてるの?


 そうだ、もしかするとウィリアンさんかも!


「お、おい。岩が消えていくぞ」

「いや、地面に吸い込まれてんだ。いったい全体これは……」

「ラフティリーナ様だ。きっと女神さまが我らを救ってくださったのだ」


 たぶんウィリアンさんだけどね。


「おじさん、もう大丈夫だよね? 私、ウィリアンさんの所に行くけど、いい?」

「あ、あぁ。ありがとう。ありがとうお嬢さん。ありがとう――さま」


 返事を聞いてすぐに駆けだしたから、おじさんが最後になんて言ったか聞き取れなかった。

 

「ウィリアンさん、ウィリアンさぁー……れ?」


 教会の前まで走ったところで、急に地面が傾いた。

 地震? まさかまた岩が!?


 どさっと、誰かが私の体を掴む。


 あれ?

 これもしかして……私が倒れてる?


「ったく。なんて無茶しやがるんだバカ野郎」


 この声……ア……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る