第3話:偽りの家族

「ア、アディの捜索を打ち切る!?」

「えぇ、そうよ。なにか問題があるかしら?」


 あれから一年、ずっとアディを探しているけど見つからない。

 アディを屋敷に連れて来てくれるって約束だったのに、この女……。


「その反抗的な目は何?」


 そう言って女は私の頬をひっぱたいた。

 くっ。腹立つ。


「もうとっくに野垂れ死んでるわよ。それに、小汚いガキに使うお金があったら、わたくしとヴァイオレットの美しさを磨くために使った方が価値があるでしょう?」

「アディは死んでないもんっ。勝手に決めるな、後妻っ」

「んまっ。なんて口汚い。はっ、しょせんは平民女の腹から生まれた娘ってことね」


 一カ月前に侯爵は再婚した。

 そう、再婚・・


 前の奥さんは、私が屋敷に連れてこられる二カ月前に馬車の事故で亡くなっている。

 しかも二人の息子と一緒に。

 つまりその時点で侯爵家を継げる者がいなかったってこと。

 だから私が連れてこられた。

 

 けど一カ月前にこいつと再婚して、侯爵は気持ち悪いぐらいベタ惚れしてる。


 侯爵には悪い癖があって、とにかく美人好きってこと。

 お母さんもそうだったし、この女もそう。

 この女以外にも、これまで何人か綺麗な人を連れ込んでた。

 中には嫌がってる人もいたし……たぶん、お母さんもそうだったのかもしれない。


 だって、本当に愛情があったなら、お母さんは父親の話を私にしていたはずだもん。

 その記憶がないってことは、話したくもない相手だったってこと。


「侯爵に会わせて! アディを絶対探してもらうんだからっ」

「おだまり! 侯爵様は忙しい身なのよ。卑しい身分の女から生まれた小娘なんかに、構っている暇はないのだから」


 あんたの娘やあんた自身には構える時間はあるのにねっ。

 また暴れてみるかな。


 けど、そうする前に先手を打たれてしまった。

 

 陽当りがよかった部屋を追い出され、半地下の部屋に移動。

 窓には鉄格子があって、それに薄暗い。


「あぁ、嫌ですわ、汚くて薄暗いお部屋ですこと。お義姉ねえさまにはお似合いですわね」

「ヴァイオレット、わざわざそんなことを言うために、汚くて薄暗い部屋まで来たの? 暇だねぇ」

「う、うるさいっ。泣いて怖がる顔を見に来てやっただけよっ」


 貧民街じゃどこも汚かったし、蝋燭は貴重だったから灯りも最小限だった。

 アディは綺麗好きだったけど、周りはそうじゃない。


「別に泣いてないし、怖くもないけど?」

「っ! おだまりっ」


 パンっと乾いた音が部屋に響く。

 ほんと、母子揃ってよく似てるわ。


「なんでコブ付きと再婚したんだか」

「なにか言いましたかしら?」

「べーつに」


 今度は靴で蹴って来た。

 元は男爵家の未亡人とその娘だって割には、ずいぶんと乱暴な連中なんだよねぇ。

 ヴァイオレットが出ていくと、入れ替わるように侍女がやって来た。


「シーツは週に一度、お洗濯をしてください」

「あ、はい」


 自分でしろってことか。この一年間はやってなかったけど、元々自分でやってたし平気。


「お教えしましょうか?」


 と、侍女は私を見下ろす。

 まぁ向こうは大人だし、私は子供だし、身長差があるのは当たり前。

 それをドヤ顔でやるって、大人げないなぁ。


「洗濯ぐらい自分で出来るよ。全然お構いなく」

「……ちっ。そ、そうだわ。侯爵様はお忙しいとのことで――」

「後妻から前に聞いた。アディを捜索しないっていうなら、別にどうだっていい。鬱陶しいだけだし」

「……ちっ。……そ、それにしても暗いお部屋ですわねぇ。怖いわぁ」

「なんで? 真っ暗じゃないし、ちゃんと物も見えるじゃん。え? あなたこの程度でも見えないの? お医者様に見て貰ったら?」

「……くっ」


 いちいち悔しがるぐらいなら、さっさとやることやって出て行けばいいのに。


「あっ、そ、そうですわっ。セシリアお嬢様のためにお越し頂いていた家庭教師の先生方は、みなさま解雇されました。奥様がセシリアお嬢様には教育は無駄だと仰って」

「え!?」


 侯爵家の娘に相応しい教育をとかいって、おじさんが連れてきた家庭教師。

 以前は午前中と午後、合わせて五時間も机に座らされていたからお尻が痛かった。


「ふふ、残念でしたわねぇ「やったぁぁーっ! 後妻にお礼言っといて」……え」


 まぁ家庭教師の人たちは仕事を失くしてしまったんだから、かわいそうではあるけど。

 意地悪な人たちでもなかったし。

 でもやっぱり勉強から解放されるんだから嬉しい!


「はぁ、これで私は自由だ。あとは……」


 背後でガチャリと鍵が閉まる音がした。

 嫌味が一つも効果なくて、やっと諦めたみたい。


「あとはここから出ていければいいのに……」


 そしたらアディを探せるのにな。






 半地下に移されてから、明らかに食事量が減った。


「でもさ、元々バカみたいに料理が出て来てたんだし、これぐらいちょうどよくない?」

「ちっ。さっさと食べてしまってっ。食器は自分で洗うことっ」

「え、どうやって? ここ、水もないじゃん。あ、水桶持ってきてくれるの? だったら二つよろしく。すすぐための水も欲しいし」

「キィィーッ!!」


 侍女の敬語がなくなった。最近ちょっとストレス溜まってるみたい。

 運ばれてくる食事の量は、実はまだ多い。

 次からちょうどいい量になったから「あーん、こんなんじゃお腹空いちゃうよぉ」と言ったら侍女は勝ち誇った顔をしていた。単純だな。

 水はもちろん運ばれてこないから、次の食事の時間に侍女が持ち帰っている。


「はぁ……暇だぁ。体動かしたいぃ」


 そんなことを言っていたら、


「奥様がセシリアお嬢様のために、外に出る許可をくださいましたよ」


 と満面の笑みを浮かべて、久しぶりの敬語を使って侍女が言った。

 言ってみるもんだなぁ。


 連れていかれたのは屋敷の裏にある菜園。


「へぇ。いつも新鮮な野菜が出てくるから凄いなぁって思ってたけど、自家栽培なのかぁ」

「セシリアお嬢様には、命の大切さを学んでいただくために菜園のお仕事をやっていただきます」

「おぉーっ。楽しそう!」

「へ?」


 畑仕事を覚えたら、アディとまた暮らせるようになった時にも役に立つもんね。

 うおぉぉぉーっ、頑張るぞぉ!



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夜20時過ぎにもう一話更新いたします。

あ、30話で完結という所まで書き上げております。

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