第6話 恋心は墓場まで

 牧玄弥。クラスは3年3組で、野球部。島﨑真白と、同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校、そして同じ高校に通っている。しかし、彼女と特に仲が良かったわけではなく、ただの知り合いに過ぎなかったらしい。高校ではクラスも一緒になっていないので、ほとんど顔を合わせることはなかったようだ。警察も特に注意を払うことはなく、事情聴取を行わなかった。


「私が人伝に聞いたところではこんなところですね。幼馴染とはいえ、まさか『ある人』というのが牧先輩だとは思ってもみませんでした。というのも、私が最後に牧先輩に見かけたのは、姉が中学2年生の時で、それ以来、姉や私と関わる機会はほとんどなかったはずなんです」

 夕陽がさす第2多目的室で、ヒマリは僕とアカネに牧玄弥について、知っている限りのことを説明した。

「でも、小説の主人公は、貯水槽にキャプテンの名前を書いたんでしょ。しかし実際は南京錠の裏に幼馴染の名前が書いてあった。少し変ね」

 アカネは、青い地球儀を机の上でクルクルと回しながら言った。最近のアカネは暇があれば棚の上の地球儀を触っていたのだが、遂に地球儀を机の上に置くようになった。

「まあ、それはともかく、ヒマリはその牧玄弥っていう人のところに行くの?」

 僕が尋ねるとヒマリは大きく頷いた。

「はい。明日は野球部の練習もないそうです。明日の放課後に3年3組の教室に行きましょう!」

 アカネは嫌そうな顔をして、

「えっ、それって私たちも行かなきゃいけないの? ヒマリだけ行けばいいじゃん」

 僕は『オン・ザ・ロード』という本の角でアカネの頭を軽く叩いた。コンという音がして、アカネは頭を抱えた。少し痛そうだ。角はやり過ぎたか。

「部員が足りなくて廃部になりかけてたの忘れたの? 文芸部を存続させるためにも、ヒマリに協力しよう。アカネもこの教室が使えなくなるのは嫌だろう?」

 アカネはいじけたような顔をした。嫌そうだが、協力してくれるようだ。

「原田先輩、中村先輩、ありがとうございます!」

 ヒマリは元気よくお礼を言った。

「あっ、でも僕は行けないよ。金曜日は塾があるから」

 アカネの顔が歪んだ。

「そういやそうだったわね。ってことは、アタシとヒマリの2人で行くってこと?うげー」

 しかし、ヒマリはアカネの言葉は意に介さず、

「では、中村先輩、明日はよろしくお願いします!」

と頭を下げた。窓の外でカラスが甲高く鳴いているのが聞こえた。


「ところで、お二人はどうして文芸部に入ったんですか?」

 僕とアカネは顔を見合わせた。

「なんでって……ほら、この学校、全員何かしらの部活に入ってないといけないでしょ? でも、私もコーセーも特に入りたい部活はなかったし…...それで、一番楽そうな文芸部に入ったわけ。そうでしょ?」

 アカネは僕に目配せした。

「そうだね。まあ、僕は本が好きだったからっていうのもあるけど。入部してすぐの頃は先輩たちも来てたんだよ。ただ、6月頃にはもうほとんど来なくなってきて……気づいたら、放課後にアカネと雑談するだけの場所になっていたんだ」

 ヒマリは納得したように頷いた。妙に目が輝いて見える。

「なるほど、そういうことだったんですね。そして二人で一緒にいる時間を過ごすうちに、仲睦まじくなられたわけですか」

「仲睦まじくって、まるで私たちが付き合ってるみたいな言い方ね」

 ヒマリはキョトンとして、

「えっ、付き合ってないんですか?」

 僕とアカネは驚き、お互いの顔を見合った。僕は苦笑いして、

「付き合ってないよ。僕はともかく、アカネが人に恋愛感情を持つとは、とても思えないなぁ。アカネって好きな人とかいたりするの?」

 アカネは頬杖をつきながら気だるげに言った。

「 さあね。まあでも、もし、万が一、誰かに恋慕の情を抱くようなことがあっても、秘密にしておくわ。告白なんかした日には、楽しみより面倒ごとのほうが増えそうだし。『恋心は墓場まで』が私のモットーよ」

「えぇ……」

 ヒマリは呆れたような顔をした。窓の外で、カアという間の抜けた声が聞こえた。




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