Episode 4 永愛Ⅰ
「なぁ、
唐突な言葉に、思わず手を止めた。
そう言ったのは、敵に腹を
彼女が運ばれてきたのは五回目で、簡易とはいえ手術を施したのは今回含めて二回目だった。
何故戦場に出てきたのか。背ばかり高く、華奢で、力も無さそうで。ただ、
「血肉と内臓と死体。……最近そればかりで、面白いことが何も無いので」
わざと生々しい表現で言うと、何が面白いのか「ははっ」と彼女は笑った。
「センセは戦えないのか」
眉をひそめた。「戦わないのか」でなく「戦えないのか」そう聞かれた。
悪意があるのか無いのか、よくわからないトーンに戸惑う。
「私の戦場はこのテントですよ。」
「センセならそういうと思った。」
彼女は診察台から起き上がると、手に繋がれた点滴を勝手に抜き取った。
「まだ」
「もう良いよ、痛くない。」
彼女はコート掛けから軍帽と勲章のついた上着を取った。
「またね、センセ。」
「また、はありませんよ。」
彼女は返事をしなかった。ただ、戸口のところでヒラリと手を振った。
「
「なんだかんだ言って、治してくれるだろ。センセは。」
少しばかり青ざめた顔で彼女は笑う。
医療テントに運ばれた回数はもう途中から数えてなくて、手術をしたのは五回目になっていた。
「……治療費を請求したい。」
「
空色の瞳が細い三日月を描いた。私は自らの口角が下がるのを感じた。
漠然とした予感があったのだ。
「………そろそろ死にますよ、貴女。」
銃弾と兵士は消耗品だ。彼女は生きている方がおかしい存在なのだ。
昨日も情報と一緒に、数々の死体と遺骨が後方へ流れていった。
こちらが思っていることを察してか、彼女は「ははっ」と笑った。
「よく生きてるって褒めてよ、センセ」
「っ……そんなの、褒めませんよ」
「残念。」
頬のガーゼを引きちぎり、彼女は診察台から立ち上がった。
「つけて」
「おかないよ、指揮が下がる。」
焼け焦げた上着を肩にかけて、彼女は手を上げた。
「またね、センセ。」
放っておけば良いのに、口が勝手に開いた。
「………息は、して帰ってきてください。」
「善処する」
テントの入り口にかかる垂れ幕が、彼女を隠すまで。
その背中から目が離せなかった。
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