38.スロットじゃないんだよ、テストって

「……おお、予想より取れてる」



 乗り越えたテスト週間。手元に返却されてきた解答用紙に書かれた点数は、概ね80点超え。満足のいく内容だし、これなら親父やお袋に見せても問題ない点数であろう。

 特に物理。93点はかなり嬉しい。ここまでくると、残りの7点がもったいないくらいだ。それに、しな……咲さんに教えてもらった英語も82点。俺からすればこれ以上ないくらいの高得点だ。



「咲さん! 咲さんに教えてもらったとこ、きちんとできたよ!」

「そう。良かった」



 俺が見せた答案用紙に一通り目を通した咲さんは、満足のいく結果だったのか口元に微かな笑みを浮かべながら頷いていた。

 その様子にほっと胸を撫でおろす。せっかく咲さんに教えてもらったのだ、良い点数を取らないと咲さんに申し訳がない。



「ところで、咲さんはどうだった?」

「ん」



 俺の質問に信濃さんは、持っていた答案用紙を手渡すことで回答してきた。


 100、100、100、100、100……どの解答用紙にも、大きな花丸が書かれていた。完全無欠、全教科満点。文句のつけようもない、完璧な解答用紙が、俺の手の中にあった。



「……高校のテストって、満点取れるもんなんだね」

「取れるもん」

「凄いね……本当に勉強、頑張ってきたんだね」



 さも当然と言わんばかりに話を終わらせようとした信濃さんだったが、これは流石に褒められてしかるべきだろう。それだけ勉強を常日頃から頑張って、何の取りこぼしもなく知識として蓄えてきた結果が、この解答用紙なのだ。

 俺が褒めなきゃ、あと褒めてくれるのは賢治さんだけだ。ならもう、全力で褒めちぎろう。



「そんなことない……ほかに、何もしてなかっただけ」

「でも、これはきちんとやってきてたじゃない。お昼休みとか本読んでる以外は教科書開いてたし……その成果が出たんだよ。ほら、もっと胸を張っていいって」

「え……えっへん……?」



 えっへん。


 そう言いながら咲さんは腰に手を当て、控えめに状態を逸らしていた。表情はきょとんとして、若干首を傾げながら。

 ごめん、流石に言わせてもらうけど、可愛すぎる。なんだよえっへんって。えっへんって。咲さん、流石に可愛すぎる。



「そうそう。咲さんは凄い。頑張った。偉い」



 そんなあほみたいな心情を一切表に出さないよう、鉄仮面のように崩れぬ笑顔で咲さんを褒め称える。



「……か、帰ろう」



 耐えきれなくなったのか、恥ずかしさが込み上げてきたのか。信濃さんは俺から解答用紙を取り上げると、自分の鞄の中に入れ始めた。

 俺もそんな彼女に倣い、解答用紙をクリアファイルに入れて鞄に詰め込む。



「……で、そこで灰になってる木谷くん。大丈夫?」

「……英語が……赤……」

「……ドンマイ」

「……………………ドンマイ」



 完全に燃え尽きてしまっている木谷くんに、俺は憐れむような眼で、咲さんは珍獣を見るような眼でそれぞれ慰める。咲さん、今まで赤点を取る知り合いが居なかったんだろうな。

 そんな木谷くんを教室に残し、俺と咲さんは一緒に教室を出る。いつもの下校風景だ。



「よ。お疲れさん」



 そして、大体三回に一回くらい、俺たちを待ち構えている金髪少女とエンカウントする。

 教室の扉のすぐ横の壁に背を預け、こちらに向けて手を振る赤嶺さん。その表情は良くも悪くも、テストからの解放感を全く感じさせない、いつも通りの薄ら笑い。



「お疲れ、赤嶺さん。そっちはテスト、どうだったの?」

「はいこれ。いやー、苦戦したよホントに」



 ケラケラと笑いながら答案用紙を手渡してくる赤嶺さん。その顔からは、いたずらが上手くいった子供のような無邪気さが垣間見えた。

 咲さんと二人で、その点数を一枚一枚確認していく。


 そして、一言。



「何やってるの?」

「何って……全部77点にしただけだけど?」



 77、77、77、77、77……全部、77点。



「ま、まさか……テストの点数、全部調整したの……!?」

「おう。いやー、今回は中々難しかったよ」

「……数学、部分点利用して調整してる……相変わらず」



 俺の横から答案を見ていた咲さんが、本当に呆れた様子で赤嶺さんを見つめていた。

 つまり彼女は、これまでのテストでもこんな感じの調整をしてきたというわけで。

 つまりそれは、答えを完璧に導き出せるだけでなく、どう間違えればどう減点されるかも完全に理解しているということで。



「……咲さん、もしかしてだけど」

「もしかしなくても、赤嶺さんは、ばかだよ」

「失礼な。天才って呼んでくれよ、さーき?」

「嫌だ。本当の天才は、自分を天才って言わない」



 それもそうか! と高らかに笑う赤嶺さん。確かに、赤嶺さんはばかだろう。おおばかだろう。


 自分の才能を、そんなしょうもないことに使う、おおばかだ。



「……もったいない、って思うのは……押しつけか」



 考えてしまう。これほどの能力を持った人が、まっとうに努力をしたらどうなるのか。どこまで行けてしまうのか。大学教授? 官僚? 政治家? 他にも一杯。

 でも、それを赤嶺さんが望まないのなら。俺のこの感想は、彼女にとっては邪魔以外の何物でもない。


 だから俺は、苦笑を浮かべる程度に押しとどめる。



「……赤嶺さん……いったい将来何になりたいのさ……」



 それでも、どうしても聞きたかった疑問が、勝手に口から出て行ってしまう。

 一瞬、俺のそんな質問にきょとんと眼を丸くした赤嶺さんだったが……やがて、それはそれはいい笑顔で、堂々と、胸を張って言った。



「──漫画家!」



 天才だと、素直に思った。

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