4.友人とは尊きものである
「──
「うん。いい名前だよね」
「趣味は読書。古典からライトノベルまで幅広く読む」
「今日も太宰読んでたね」
「好きな物はハンバーグ。この世でいちばん美味しい食べ物もハンバーグ」
「美味しいよね、ハンバーグ」
「嫌いなものはとうもろこし。存在が理解できない」
「ファミレスでハンバーグ頼むとき、大変そうだね」
──なんなんだ、これ。
流石にそう思わざるを得ない。目の前で何の説明もなく自己紹介を始めたクラスメイトに相槌を打つ。二人きりの空き教室は昼休みの喧騒からは遠く離れており、淡々と彼女の声だけが響いていた。
机を合わせて向かい合う俺と信濃さん。机の上に広げられたお弁当が二つ。俺のものより一回り小さいそれからタコさんウインナーをパクリと食べた彼女は、丁寧に咀嚼した後、飲み込む。
「じゃあ、どうぞ」
「……あ、何? これってお互いに自己紹介していく流れなの?」
「そう。お互いのことを知ることは大事」
じっと、彼女に見つめられる。美人というのは怖いもので、無表情でじっと見つめられると思わず身震いしてしまいそうになるほど迫力がすごい。
これは何を言っても無駄だろう──そう判断した俺は箸を置いた。
「俺は
「うん」
「趣味はギター。人生の半分以上を注ぎ込んできてる。引っ越しの関係で、元居たバンドからは脱退したけどね」
「うん」
「……好物は魚介類全般。特に牡蠣が大好き。カキフライなら永遠に食べられる。岡山って実は牡蠣の生産量全国三位なんだよ」
「うん」
「…………苦手なものはキノコ。見た目がもう食欲を無くす見た目してる」
「うん」
なぜだろう。すっごく虚しい。
俺が喋る、彼女が頷く。俺が喋る、彼女が頷く。
単純なこの繰り返し。会話をしているという感覚はない。信濃さんなんかノート取り始めたし、これじゃまるで面接……ノート?
先ほどまでお弁当と水筒しかなかった机の上に広げられたノートと、右手に握られたシャーペン。まっさらなノートの一ページ目の一番上には、『黒澤 奏くんについて』という綺麗な文字が大きめに書かれていた。
「……それ、何?」
「黒澤くんノート」
「うんごめん、名称じゃなくてどういうものなのか詳細が聞きたい」
「黒澤くんのことを書くノート」
「Hey,Saki! なんでそのノートに俺のことを書くのか教えて!」
「あなたのことを理解するため」
情報整理は、推理小説を読むとき役に立つ……そういう彼女は、俺から目を逸らし、ノートにひたすら文字を書き込んでいく──その手を、俺は止めた。
少しだけ眉を顰めた彼女に睨まれる。が、ここはしっかり言わなければならないだろうと、俺は彼女に向けて笑顔を向ける。
「俺のこと知ろうとしてくれるのはありがたいけどさ……そのノートの中に、俺は居るの?」
「……!」
「俺は、ここだよ? ノートを取るなとは言わないけどさ……もうちょっと俺の方見てほしいかな」
しばし、俺の顔と彼女の手を止めている俺の手を見比べた彼女は……ペンから手を離し、ノートをぱたんと閉じた。
それを見届けた俺が彼女の手を離すと、信濃さんはペンを持っていた右手で再び箸を持ち直す。
不機嫌そうには……なっていない、と思う。先ほど顰めていた眉は元通りになっているから、多分。
やはり、彼女は大前提として人と会話するのが苦手なのだろう。自己紹介にしろ相槌にしろノートにしろ、ぎこちなさがあったり的外れな行動が散見される。
それでも、彼女が俺とコミュニケーションをしようとしてくれているのは、そんなに悪い気分ではない、が……やはり、どうしても気になってしまう。
「ねぇ、信濃さん。信濃さんは何で、俺のことをそんなに知りたいの?」
ただ、隣の席だっただけ。
ただ、泣いている彼女を助けただけ。
それだけなのに、彼女はやけに俺のことを気にしているし、距離を詰めようとしている。それだけならまだどうとも思わないが、それにしては俺以外との接し方が冷たすぎる。
なぜ、俺だけなのか。
俺の言葉に真剣さを感じたのか、信濃さんは言葉を選ぶかのように視線を巡らせた後……ゆっくりと、自分の左目……そこを覆っている眼帯を手で押さえる。
「黒澤くんは……私のこれを、隠してくれた。誰にも見せたくない、これを」
──あの時の判断は、間違ってなかったんだ。
それを彼女の口から聞けたことで一つ、俺の中に渦巻いていたモヤが綺麗に晴れる。朝は肌寒かったし同級生に囲まれる市で気苦労の多い一日だったが、ここにきてようやく報われた気分だった。
「それに、聞いてこなかった。私のこれの事を……そんな人、初めてだった」
どれだけ、彼女にとってその眼帯の下に隠されたものが地雷なのか。どうやら、俺が想像しているよりずっと重大なようだった。
信濃さんの表情は変わらない。真一文字に結ばれた口、一切逸らされない瞳。
およそ他人に何かを伝えようとする人間の表情とは思えないが……それでも俺は彼女の伝えたいことを取り逃すまいと注視する。
「だから、黒澤くんと一緒に居たい。私のこれを知ろうともしないのに、それでも私と仲良くしてくれようとした黒澤くんと」
──友達に、なって欲しいの。
淡々と紡がれた言葉。その最後にふと零れた、より一層小さな呟き。それが本音だというのは、すぐに理解できた。
「勿論だよ。これからもよろしくね」
その俺の言葉に、何処か安堵したかのように肩の力を抜いていた。
一口、卵焼きを口に運ぶ。我が家にしては珍しい砂糖入りのそれは、想像以上に甘く、慌ててお茶に手を付けた。
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