隻眼の信濃さんが不器用可愛い
コロリエル
1.誰の涙も見たくない
「北中出身、
窓際の後ろの席という最高の席を引き当てた俺は、これからの高校生活が素晴らしいものになるだろうという期待で胸を躍らせていた。
知らない土地、知らない学校、知らないクラスメイト。不安も当然あるが、幸先のいいスタートは切れそうである。
そして、隣の美少女だ。最高じゃないか。
「読書好きなんだね。どんな本読むの?」
「…………」
全く反応してくれない。最高だ。
俺──黒澤奏の呼びかけをサラリとスルーした信濃さんは、様々な意味で目を引いていた。
周りと比べても頭一つ低い身長。地毛なのか少し色褪せたような色味の茶髪は、あまり手入れされていないのか少し荒れている。
そして何より、左眼を隠すように着けられた眼帯。
過去に何かありましたと言わんばかりの彼女は、やはり皆の注目の的。しかし、皆距離感を掴みかねているのか、はたまた面倒事に巻き込まれたくないのか、彼女に話しかけようとする人物は居なかった。
入学式後のホームルーム。その自己紹介タイムを妨げないよう小声で彼女に語りかける。
「あ、俺は黒澤。
「…………」
やはり聞いてくれない。ちらりとも見てくれない。そもそも左眼に眼帯を着けてるから、彼女の左側に座る俺の事なんて本当の意味で視界にすら入っていないのだろう。
四百人近くいる同級生の中で偶然にも隣同士になれたのだ。折角だから友人とまでは行かなくとも、多少の談笑くらいはできる仲になりたいものだ。
……が、こうも無視を決め込まれると、如何ともし難い。
「俺この辺の出身じゃないからさー。知ってる人、だーれも居ないのよ。良ければ仲良くして欲しいなーって」
「……他の人が自己紹介してるんだから、聞いた方が良いんじゃない?」
「……そっすね」
やっと会話出来た、と思ったら帰ってきたのは苦言だった。しかも正論だから言い返すこともできない。
手強いなぁ、と苦笑いを浮かべながら、俺は彼女との会話とも言えない会話を終える。
彼女との初コミュニケーションは完全に失敗。これは手強いなぁと一人笑う。
さてはてこれからどう接していけば良いのかと、頭を悩ませていたのが、今から三十分前の話。
「あー、君……黒澤くんって言ったっけ?」
「お、矢掛くん。どうしたの?」
僕の席から見て対角線の席の
ちらりと横目で隣の席を見てみる。信濃さんはホームルームが終わるや否やさっさと帰ってしまった。
少しだけ目を見開いた矢掛くんだったが、軽く咳払いをした後に口を開く。
「その……信濃さんのことなんだけどね。あまり刺激しない方が……」
「刺激ってそんな……俺は会話しようとしただけだよ?」
「それはそうだけど……」
「ふぅん……何があったかは知らないけど、忠告ありがとな。んじゃ、俺は軽く学校を探検してから帰るけど、矢掛くんはどうする?」
「いや……僕はもう帰るよ」
そっか、じゃあなと挨拶を交わした俺は、来る時に比べて少しだけ分厚くなった通学カバンを背負い教室を離れる。
──アニメや漫画でよくあるベタな忠告を優しい同級生から受けたのが、今から十分前の話。
「ふんふふーん……あれ? 信濃さん? こんなとこで何してるんだ?」
──部室棟の探検中に、何故か先に教室を出たはずの信濃さんの背中を見かけ、興味本位で声を掛けようと足の回転を早めたのが、三十秒前の話。
「やっほ、信濃さん。部室棟で何してるの?」
「…………くろ、さき……くん?」
──本来なら、名前の間違いを訂正した方がいいのだろう。
しかし、振り返った彼女の顔を見た時、それまでのどこか浮ついた気分は一瞬にして霧散してしまった。
彼女が先程まで確かに装着していた眼帯の紐が切れてしまっていた。
泣きそうになりながら左目を隠し、何処か焦燥したように目を見開いて歩く彼女は、痛がっているようにはとても見えなくて──先月まで通っていた中学校の同級生の姿が、重なった。
「……信濃さん。これ被ってて」
「へ……わわっ」
脱いだ自分のブレザーをパサりと頭から被せる。人通りが少ないとはいえ、そのままの状態で歩き回るのは少し目立つ。
彼女の顔が隠れたことを確認した俺は、彼女の腕を取って歩き始める。先程通ってきた廊下に、空き教室があった。そこに避難しよう。
「ごめんね、信濃さん。嫌かもしれないけど、今の信濃さんを放っておくことは出来ない」
物珍しそうに俺たちを見る生徒たちを無視しつつ、俺は空き教室に入り、適当な椅子を引っ張り出す。
そこに彼女を座らせる。カーテンも閉ざし、外から見えないようにするのも忘れない。
「あー……眼帯の紐、切れちゃったの? 替えとかある?」
「え、っと……鞄の、中に」
「じゃ、ここで付け替えなよ。俺帰るから」
「……聞かないの? その……目のこと」
「泣いてる女の子に追い打ちするような趣味は持ち合わせてないんだ、俺」
じゃ、また明日と俺は彼女に背を向け、教室を後にする。
校舎を後にし通学路を半分ほど歩いたところで、そういえばブレザーを彼女に預けたままだったなと思い出したのだった。
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