宵祭り-3.次はどの大手だろう? 田舎を賑わすものと言や、新しくやってくるコンビニがどこか~で決まり!

「じゃあね神咲くん、またそうね、近いうちに会いましょ」


 ものの数分で二次検査(立ってるだけの簡単なお仕事です!)を終え、俺はさっき昇ってきたばっかのタラップを降りていく。

 ……ってなるとどうなるか。そう、それは一段ずつ下がるごとまたしても俺を「夏の湿気」が苛んでくるという訳で、

 そうしてうんざりする俺を知ってか知らずか、後を追うように紅遠先生のほんわり穏やかーな声音が降ってくる。


 いや先生にはごめんなんだけど、

 俺はコンマ一ミリ秒でもいいからこの「不快さしか煽ってこない夏の空気」から逃れようと、返事もそこそこに公民館のすりガラスへ掻きついた。


「……ふう」


 見事、冷房のガンガン効いたロビーに生還を果たした俺が一息はきはき幼馴染と妹の声がする方を見てみりゃ、何やら二人は隣り合い談笑しているご様子。

 だけどそれも、俺が駆け込んできたのを見て切り上げたらしく、「最後は私ですね」と彩花が呼ばれるまでもなくこちらにたったったーっとやってくる。

 そんな妹に目だけで頷いてやってから、俺は彩花と入れ替わるようにロビー内に入っていった。


 一方美月さんはといえば、すっかり帰り支度も済ましたようでだいぶ窮屈そうだった検査着はとうに脱がれている。

 ソファの背もたれやテーブルの上にも見当たらないあたり、あとは帰るだけ。身支度もばっちり、もう控室には立ち寄ったということなんだろう。

 今は自販機で買ったっぽいミルクティーのボトル片手に、例のガラケーをポチポチやっている。

 さっそく、俺も美月に倣い検査着を片付けてこようと「会議室-2」の札が下がった控室に向かった。


 ていったところで、鼻から手ぶらな俺は適当にたたんだ検査着をプラ籠に返すだけなんだけどさ。

 数秒と掛からず控室を出た俺は、そのまま美月のところに向かい真正面に当たるソファへと腰掛けた。


「おつかれさま」


 特に顔を上げずとも、俺が真向かいに座ったのを気配で感じたらしい美月が、同じく自販機で買ったと思われる缶コーヒーを渡してくれる。


「ってあぶな、普通に手渡ししてくれよ!?」


 単にスッと差し出してくれればいいものを、ポンっといきなり放ってくるもんだから俺は慌てて缶をキャッチした。

 しかも、わざわざ右手のミルクティーを一度そっと置いてから膝上のコーヒーに持ち替え投げているのを見るに、ほんっと美月(こいつ)の俺に対する扱いの雑さが伺える。

 それに加え、その間も一向にそのちっさな液晶から目離す素振りさえ見せねえしさ!


「まあ、ありがたくは飲ませていただきますけど」


 ええ確かに、ちょうど喉は乾いてましたよ? 美月さんのお察しの通り、でもさ……とはなはだ不本意ながら礼を述べつつ、俺はその後もぶつくさ言ってからプルタブに指を掛けた。

 もちろん俺がそうしてる合間にも美月(こいつ)からの反応は望めるべくもなく、

 それからしばし、自販機のコンプレッサの音だけが聞こえるロビーで静かにコーヒーをすすっていると、ついぞノンリアクションだった美月がその「すっとぼけた相貌」を上げ唐突に言う。


「そういえばなんだけどね、今夜みたいだよ?」


 いやいや美月さん、いくら生まれてこの方ーな付き合いだと申しましてもね、さすがにそれだけで分かれ。っていうのは酷じゃあないですかい!?

 さしもの俺も、あんまりな話題の振られ方に口をぽかんとさせていると、これが悲しいことに? 長年の候というべきか思い当たることが一つだけあった。っていうか思いつけてしまった。


「ああその、なんだ。もしかしてだけどさ、今日がピークだって話か、流星群……?」


 もはや、親の顔より見慣れたんじゃないかってくらいキリっとした目元の、その整ったまつ毛が上下するのを見ながら俺は、躊躇いがちに思いついたことを口にする。


「確かに極大を見に行くのも悪くないんだけどね。それはたぶん、夜中とか朝方になってしまうだろうし。……眠いからパス!」


 だけどどうだい、行ってみないかい? と戸惑う俺の様子がおかしくて仕方ないとでもいうように、美月は悪戯っぽい調子で続ける。

 俺は驚きのあまり、思わず目を見張ってから「別に、かまわないけど」ともごもごした返事を返した。


 ていっても、こればっかりは確認しておかないとな。と思い直し俺は、一転して「本当に大丈夫なのか?」と暗に目で問うた。


「どうしたんだい、らしくもないね?」


 いやそりゃあな、さっきされた雑な扱いはひとまず脇に置くとして、そればかりは一応聞いておかねえとなとさすがに心配にもなってくる。

 それでも、ここまでの一連のやりとりや表情を見る感じ、ちゃかしや自虐、ましてや冗談で誘ってきてる訳じゃあないってことは分かったけど、


「……美月さんがいいってんなら。不肖この神咲彩人、お付き合いさせていただきますともよ!」


 せっかくの気遣いも揶揄用に返されて、俺はなんだよとふてくされつつ内心ほっとしながらおどけて見せた。


「今終わったよ~。ってあれ、兄さんも美月さんもどうかしました?」


 そこで、ようやくすりガラスのドアを押し開け帰ってきた彩花が、俺と美月の間に漂う微妙な空気を感じ取って首をこてっと傾げる。


「いいや何ちょっと、珍しくおもしろいものが見られただけだからね」


 俺の方をちらっと見てから人の悪い笑みを作ると、なんでもないよと美月は右手をひらひらさせる。


「じゃあ、これで全員検査が終わったようだし。後予約も詰まってるみたいだから私達も引き上げようか!」


 俺と美月の顔を交互に見比べながら、頭の上にはてな? を浮かべる彩花にそれだけ言うと、美月はすっくと立ちあがりさっさと公民館の入口に向かいだす。

 そうして先を行く馴染の背を「ったくよ、こいつは……!」と軽くにらんでから、俺はまだ不思議そうにしている彩花を連れその後を追った。



 それから、美月のボレロに乗っかった俺達は、せっかく車を出したっていうのもあって市街を散策することにした。

 ゆうて「散策」なんていったところで美月や彩花にとっちゃ代り映えない風景だろし、俺にしても今更見て回りたいとこがある訳でもないんだけどさ。

 けどまあ、そうでもなきゃ地元に繰り出すってこともないだろうから新鮮ではある。


(へえ、ここのロ●ソンなくなったのか。ああなんだ、あっちに移ったのね!)


 何そうやって、ひっさびさな街並みを眺めているとコンビニが減ったり増えたりしていておもしろい、

 ……いや嘘ですすんません。マジでそれぐらいしか変化がないんだからしゃあない、っていうか言っててむなしさしか残らないのはなんでだろう?


「……なんでこれまた。え、今すぐ干したい? 全く、あれだけため込まない方がいいよ。って言ったろう? はいはい分かったよ、しょうがないね……これからダ●ユー行って買ってくるから」


 そんな、田舎の悲哀なんぞに俺が思いをはせていると、スマホの鳴った美月がボレロを路肩に留める。

 電話を取った美月の口ぶりからしてたぶんおばさ、じゃねえや冬華さんだと思うけど……

 初めはうんうんと話を聞いていた美月の、形の良い眉がだんだんめんどくさそうに寄っていく。


「冬華さんだろ、どうかしたか?」


「いやどうもね、物干しが壊れたみたいでね」


「はい? えーと、物干しってあの物干し掛けのことだよな?」


 とっくに通話の切れたスマホを半ば諦めたように見やり、空いた手でこめかみをぐりぐりする幼馴染からの答えに、ついつい俺もはへっと聞き返す。


「「ああ皆さんご存じ、ピンチハンガーを引っ掛けるあれだよ? ため過ぎないよう注意はしてたんだけどね、めいいっぱい洗濯籠にためてから洗う干すを繰り返してたら、とうとう物干しが耐えかねポキット逝ったみたいだ」


 そうでなくても何かとぶつけては倒すを繰り返していたからね。と口の端をぴくぴくさせてから、美月は一瞬能面のような表情を作ると大きなため息を吐いた。


「そりゃあまたご愁傷様なことで。……っていうか変わりないようだな、冬華さんも」


 そう、なんだよな。忘れてたけど冬華さんって少し、いやかなりずぼらなとこあるから。とちっさな頃から変わらぬ毎度のそれに、俺もから笑いしか出てこない。


「という訳でだ、私はホームセンターに寄らなきゃいけなくなったけど、君と彩花ちゃんはどうする? とりあえず二人だけパン屋に降ろしていくかい?」


 またすぐ拾いにくるから、少しばかりお店で待っててくれ。と言うやスマホをダッシュボードにひょいと投げ、ハンドルを握り直す美月に後ろから待ったが掛かる。


「「それなら美月さん、私駅前の駐輪に自転車置きっぱなので、パン買ったらそれで合流しますよ?」


 思わぬところからの助け舟に美月は、一秒と間を置かず「悪いね、そうしてもらえると助かるよ」と彩花の提案を受け入れた。

 そんなやりとりがあってから俺達は、検査後になんとなーく話題に上がり行ってみようかとなっていた「地元のパン屋」に目的地を定めた。

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