宵祭り-1.ワンチャン隣街(スーパーや駅)のほうが近くて、住んでる地区の最寄り駅周辺って知らないんだよなー・町外れ田舎あるある

 これからまあ、なんだその俺達が向かおうとしてるのは、地方ならどこにでもありそうな市が管理するふれあい公民館。

 数年前までは単に町の名を冠しただけの公民館だったんだけどさ、

 ただでさえ少なくなってきてる地元住民の交流、地域おこし活動の促進をはかろう! ってお触れが地区の組合、それに町役場ぐるみで持ち上がったことで安直にも「ふれあい」なんて文言が名称に追加されることとなったらしい。


「どうした彩花、んなにキョロキョロして?」


 美月のボレロに揺られ、俺が「検査会場」となった場所のことなんぞを思い返していると、バックミラー越しに左右のリア向こうへ目線を走らせる彩花の顔が飛び込んできた。

 ちょうど俺と美月の間、助手席と運転席どっちにも顔を出せる後部シートの真ん中に座った彩花は、アスファルトのはげたコンクリ道に出てからついぞ同じ動作を繰り返している。


「いくらさ首伸ばしたところで目新しいもんなんてないと思うんだけど?」


 一人広々座席に陣取ったかと思いきや、車が発進してすぐに浅く腰掛けなおすと「何かを探す」ように視線を差迷わせ始める我が妹。

 不思議に思った俺はミラー越しそんな妹へ問いかけた。


「うん、そうなんだけどね……」


 そういう合間にも、彩花はどことはなし忙し気にポツンと軒建つ瓦葺の平屋や、果ては広がる田園の隅っこにまで目を配っている。

 なんだかまあ、いつになく落ち着きのない妹の様子にさすがに兄としちゃ気にもなる訳で、


 ――もう飽きるくらい見たろうに、


 なんかそこまで気に掛かることでもあるのか? と俺が聞こうとしたところで、目前まで来ていた踏切の遮断機が上がる。

 警笛も止んで下りの十両車が通過した踏切には、俺らのボレロとすれ違うように反対から一台のパトカーがやってきた。


「……あっ」


 その「ありふれた警察車両」とボレロが交差する瞬間、あちらこちらに飛んでいた彩花の焦点がぴたりと止まる。

 つい漏れ出たような息とともに、彩花は首まで反らし離れていくパトカーのバックフロントをじっと目で追う。


「やっぱり、まだ犯人って捕まってないのかな?」


 俺が出しかけてた言葉の後を次ごうと、一度閉じた唇を開きなおすよりも先彩花がぽそりっと呟いた。

 ほんの数ミリ秒前まで口の中にあった「大丈夫か?」って心配の声を引っ込めて、俺は間を開けずに別のことを口にする。


「どうだろ、ゆうても今日の今日だしな。まあ一応概略だけはさっきググった感じネットニュースにはなってたけどさ」


「それなら私も見たよ。けど、あんまり警察の人いないね。もっとこう、捜査員が現場に導入! とかされてると思ってた」


 朝、警官が訪ねてきた時からそうだったんだろう。

 ちょっとあまりに不自然すぎた妹の、そんな態度の原因はどうも未明の事件にあるらしい。


「言われてみりゃそうだな、まあじいさんの口ぶりからして現場はこんな車道沿いじゃないみたいだけど……にしても見える範囲には、っていうか無駄に一軒あたりの敷地も広けりゃその家自体もまばらだしさ」


 第一村人発見! 並みになかなか遭遇はしないかもな。と微妙に顔を曇らせ聞いてくる彩花に、俺はわざとおどけて見せる。


「そう、かもね。兄さんがいる内に落ち着いてくれるといいけど」


「願わくばな。でもまあ、彩花独りん時に起きなくてよかったよ」


 とうに踏切を超え、美月が町の中心部へハンドルを切った車内で振り返った俺は、ミラーを通してじゃなく直接彩花と目を合わせる。

 そして、まだまだ不安の色をたたえた彩花をなだめるように言う。


「とはいってもな、防犯って概念知ってっか? って田舎ではあるんだけどさ。それでも美月に冬華さん、あとおじさんもか。何より地区のじいさんどもも目光らせてるだろからあんま思いつめんほうがいいぞ?」


「……うん」


 ◇


 一面、土と緑だらけの殺風景な郊外から街中に入り込むと、ちらほら旧道に沿って酒屋やコンビニなどが並びだす。

 たかだか踏切を挟んだだけにも関わらず、俺達を乗せたボレロは少しだけ「活気の感じられる」宅地を最寄り駅の方へ進んでいった。


「ん、意外にも近くだったんですね。初めてきたかも?」


「そりゃそうだろうね、住んでる地区も違うんだ。というのもあるけど、高校も平に出ちゃってる彩花ちゃんであればなおさら……まあ、かくいう私もめったに来ることはないんだけど」


 jrの最寄り駅からだと5分といったところだろうか、

 俺は着くなりベルトを外し降りていく彩花と美月を他所に、「思いのほか近かったんだなー」なんて妹と同じ感想を抱く。


「何やってるんだい、早く行くよ?」


 シートでぐずぐずする俺に気づいてか、ボンネットの前から離れようとしていた美月が振り返りざまに急かしてくる。

 公民館の方に2、3歩といった辺りでこちらを振り向いた美月は、昨日駅前にまで出てきてくれた時の大人っぽさとはこれまた違う、カジュアルだけどもモダンで女性らしい装い。

 黒のパワショルカットソーとシックなブルーデニムの組み合わせは、元からカッコよ綺麗で落ち着いた感のある美月によく似合っていた。


 夏の湿気を気にしてうっとおしそうに払っている美月を横目に俺は「ヘイヘイ」と軽い返事を返しやっとこさ車を降りる。

 それからピーっとロックの掛かる電子きー音を背後に、俺はまじまじふれあい公民館を振り仰いだ。


 昭和の頃から建つという建物は見るからに鉄筋造り。

 年代の割、定期的に補修工事でも入っているのかそれほど古臭いといった印象は受けない。

 むしろ、最近も壁を明るく塗りなおした形跡がみられる当たり、地元民を問わずウェルカム! 誰もが集いやすい雰囲気づくりをしようっていう町の努力が感じられた。

 それを裏付けるように、いや駐車スペースどこよ? ってぐらいには薄まってたであろう白線も引き直され、さんさんと日差しのテル駐車場は全体的にこぎれいとなっている。


「兄さんに美月さんも何やってるんです? 中入ろうよ」


 そんな風に、ボレロの傍でモタモタしていた俺と美月を、公民館の押しドアに手をかけた格好の彩花が呼ぶ。

 その相貌にさっきまであった陰りみたいなもんはないように思うけど、

 真夏の陽光が反射するすりガラスのドアを半分ほど押し開けた体制で、彩花は「コンマ一秒でもいいから早く涼しい場所に避難しようよ」と俺達を手招いている。


 ――まあ、俺が心配しすぎてもな。


 妹の様子を少し気に留めつつも、その思考を打ち切って俺は小走りに駐車場を横切っていった。

 その折、ちょうど正面玄関近くの壁面に横付けされる形となった一台の検査車両が視界に入る。

 いかにも、ゴテゴテとした検査者でござい。と言わんばかりの装甲とは裏腹に、車体自体のカラーリングは柔らかなパステル調のピンク。

 やはり対象者の年齢層は比較的子供が多いためなのか、車の側面には青いうさぎのイラストが描かれていたりと、なるべく緊張や不安を与えないような配慮がなされたりしていた。


 そんな気遣いとは無縁な、っていうか年齢的にもとっくに外れた俺達はこれといって注目することもなく検査者の脇をすり抜ける。

 そうして彩花、美月の後に続く形で公民館のロビーに入ると、「第二次甲状腺スクリーニング検査会場受付」と書かれた質素な立て札が俺達を迎えた。

 ゆうて受付窓口なんていったところで簡易な長テーブルと予約者の記入簿が置いてあるだけみたいなんだけどさ。

 先に受付をしている美月の後ろに並んでからロビー内を伺いみると、入ってすぐ左手には申し訳程度に置かれた観葉植物とソファテーブル一式。

 それと、他に誰もいないロビーには自動販売機のモーター音だけが響いている。


「どうも、予約していた神咲です。今日はよろしくお願いします」


 美月の手続きが済んだのを目の端で感じ取った俺は、スっと進み出るとこの一年半ほどでたびたび顔を合わせることとなった「その先生」に声を掛けた。

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