目覚め-3.ぶ、文明の進化/逆行ってしゅごい…

「やっぱり降ってきたか」


 空からぽつらぽつらと降ってくる雨粒に顔を顰めて、それでも俺は尻ポッケからスマホを抜き出しメッセージアプリを立ち上げる。

 じいさんが刈り取ったんだなと分かる下草の上を引き返しつつ、近づく通り雨の中俺は手短に「今聞いた事柄」を彩花に送る。


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 8月12日 (11:23:58)

 彩花:え、やっぱり皎葉の子なんだ~でもまだ噂とかにはなってないみたいだよ❔


 8月12日 (11:24:03)

 彩人:ん、そうなのか?


 8月12日 (11:24:06)

 彩花:うん、そんな話生徒の間でも出てないし先生たちにも変わった様子なかったから


 8月12日 (11:24:11)

 彩人:それこそ担任とか管理職のせんせには行ってるだろうけどな。まあ、事件とやらが起きてからまだ間もないし、


 8月12日 (11:24:14)

 彩花:だね、むしろ火吉のおじいちゃんがそこまで知ってることに驚いたかも


 8月12日 (11:24:19)

 彩人:さすが、て言っていいもんか相変わらずだなうちの年寄連中はというべきか悩むとこだけどさ。

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 ぽたぽたと強まってきた雨脚を気にしながら返事を打ち込むと、すぐに彩花からの既読がついた。

 そしてそのあと「そうだ兄さん、一応聞いてみようとしたんだけどね」と軽い前置きを挟んでから、妹のレスが並ぶ。


(改まって何かと思ったら、昨日駅前で見かけた和香ちゃんのことか)


 言うほど気にしてた訳じゃないんだけどな

 どうやら彩花は、俺が帰ってきた時にぽろっと言ったことを覚えていたらしい。


「えーっと何々、和香ちゃんに昨日って何か学校出なきゃいけない用事あったかな❔ って聞こうとしてたら、今日は急用で来られなくなっちゃったらしいと」


 校は違えども合併を見据え同じ委員会同士、今日は彩花が通う櫻ヶ丘に搬入のヘルプに来てくれる予定だったようなのだが、


「ゆうてもう盆休みには入ってることだしな。家の用事で出られなくなったーとかじゃねえかなと思うけど」


 適当にあたりを付けた俺は、そんな気にしてたことじゃねえから大丈夫だよ。と妹に返事を返す。

 すると、即「うんでも連絡だけしてみようかな?」とのレスがつくや、「あとね、美月さんが迎えにきてくれるって~だからちょっと早くおうちに着けるかも❔」と矢継ぎ早にメッセが飛んできた。

 それに、俺は「オッケー」とだけ打って返すと、いよいよ粒の大きくなってきた雨が降る山の斜面を駆け降りる。

 濡れた草と土の濃いにおいを胸いっぱいに吸い込みながら、水滴のついてしまったスマホの液晶をデニムの素地で拭う。

 そうしてポッケにスマホを突っ込んだ俺は、獣道を縫う両足のギアを挙げた。


「ふう、ひでえ目にあったな」


 ほんのひと時、ざっとゲリラが引き連れてきた雨雲はどこへ行ったのか、またもや辺りにはジージーと蝉の音が響き始める。

 何がひでえかってうちの引き戸開けた途端に止んだことだけどさ、


「まだ替えって残ってたっけ?」


 帰省に合わせて数着しか……てかほとんどの衣類を学生寮に持ってってしまったがために、実家のタンスに予備あったっけなんて考えつつ、俺はシャワーを浴びに浴室へ向かった。



 それから正味2時間。ビミョーに冷えた体をあっためたり彩花の用意してくれてたソーメンをすすったりと、茶の間で寛ぐことしばし、

 午後2時がもう間もなく近づいてくる頃、扇風機の前で「わ~れ~わ~れ~は」と涼んでいた俺の耳が庭先の玉砂利を弾き飛ばすタイヤ音を拾った。


「ただいま……って兄さん、何やってるの?」

「お、彩花か。お~かえ~り~!」


 先のメッセにあった通り、美月の運転するボレロに乗っかり妹が帰ってきたようだ。

 ボレロが止まるか止まらないかといったタイミングでドアを開け降り立った彩花は、たったったと急ぎ足で引き戸の中に滑り込んでくる。

 そんな様子の音を変わらぬ体制で、俺はぼわーっと顔面に扇風機の強を浴びた格好のまま返事をする。

 帰って真っ先に「兄である俺」に声をかけてきた妹の、その声音に呆れしか混じってなかったような気がするのは気のせいだと思いたい。


「あ、洗濯物取り込んでおいてくれたんだね」


「ん、ああ幸いってか奇跡的濡れてないぽかったから中に引き込んどいただけだけど……」


 彩花の意識せぬ精神攻撃に何気グサッとやられている俺のことなど捨て置いて、当の妹はといえば廊下に干さった物干しを確認しに行ってしまう。

 ささっと衣類を確かめたかと思えば、特に外すでなくその身を自室の方へと反転させる。


「なんだ兄さん、片付けしちゃったんだね」


「そばちょこか? さすがにな、洗って戸棚に戻しといたよ」


 家に上がてきた時の勢いそのままに、スタタと自分の部屋に引っ込んだ彩花は、バッグだけを置くと俺の居る茶の間に入ってきた。

 そして俺の背後、座卓にちらと目をくれるとその足で隣の台所へ姿を消す。

 それもわずかなこと、台所に向かい開け放たれた戸枠の端からひょこっと顔を出すや「そのままでもよかったのに」と少し残念そうに頬を膨らませた。


「というかね君達、いつまで悠長にしてるんだい? 確かにまだまだ時間はあるんだけど……」


 そうこうする内、いい加減しびれを切らした美月が運転席を降りてきた。

 わざわざエンジンを切って玄関から顔をのぞかせると、呆れを通り越したジト目で座る俺を急かしてくる。


「お、美月。彩花の迎えありがとな。なんか駅前に用事あったのか?」


 もはや毎度な? 幼馴染からの圧もなんのその、俺はくるりっと体を玄関に向け片手をあげる。


「うんまあね、うちのお母さんが買い物行きたいって言ってたからそのついでだよ」


「ああおばさ……じゃなかった、冬華(とうか)さんが!?」


 あっぶね、あの人何故か名前で呼ばせたがるんだよなー昔から。

 いなかったからいいものをつい「地雷ワード」で呼んじゃいそうになったぜ。

 まあ実際、年齢を考えりゃおばさんになるのかもだけど美月の親だからな。すっくと立つ姿とかは凛とした美魔女って感じだけどさ。


「そっかそっか、てか冬華さんとこにも顔出さんとな」


「うん、そうしてくれ。お母さんもだけどお父さんも会いたがっていたからね」


 美月に言われてーって訳じゃないけど、帰省したからには挨拶しにいかにゃなとは思ってたとこだったからな。

 なんせじいさんしかり、俺がいない間彩花のことお願いしてるってのもあるし……と訪問の予定をどこにさしはさんだもんかと考えてる横で、またまた彩花が台所からひょっこり顔を突き出す。


「ねえねえ美月さん、これ持っていってもらえます?」


 おすそ分けでいただいたのはいいんですけどどう考えても私だけで食べる量じゃなくて。と言うやもっかい台所に引っ込んだ彩花が、何やらズルズルと引きずってくる。


「これはまた、ずいぶんな量だね!」


 美月にも見えるギリギリのところまでそれを押してくると、一仕事終えたように彩花がふうと息を吐く。

 さしもの美月も驚いたように目を見張るそれは、ジャラジャラーっと盥いっぱいの氷水に浸かった高級そうなメロンだった。


「お中元でたくさん送られてきたのはありがたいんだけどね。あ、兄さんもいる内にどんどん食べちゃってね!」


「そりゃいいんだけどさ。どうした、これ?」


「ほらあれだよ、毎年千代(ちよ)おばあちゃんが贈ってくれる……」


 いや分かるけど、にしてもすげえな。と大振りで立派な王様をしげしげと眺める俺に、彩花が説明を続ける。


「どうも、注文する時に個数を間違えちゃったっぽいんだよ。発送されてからすぐ気づいたみたいでお電話もらったんだけど、発注取り下げてもらうのも悪いかな? と思って……」


「んでうちにそのまま送られてきたと?」


 彩花の言葉を継いで締めくくる俺に、うんうんと我が妹は屈託のない頷きを見せる。

 まあ、あれだ。きちゃったもんはしゃあねえかな。とツッコむのは止めにしてよくよく盥の中を見てみると、


(てかこれ、なんだか時代を感じる入れもんだなーと思ってたけど、ちゃんと冷蔵機能付きなのか! なんか盥? の脇っちょから電源コード出てるっぽいし)


 ある意味これから訪れるであろう「メロン地獄」に、半ば逃避気味にそんなことを思う俺。

 そうやって、文明の進歩だか時代の逆行だか分からん家電に関心する俺を現実に引き戻してくれるやつが一人、


「分かったよ彩花ちゃん、処理に付き合うのは全然かまわないんだけどね。っていうよりそれもこれも検査が終わってからにしないかい?」


 その声で俺も彩花も、「あっ!」と直近の予定を思い出す。

 慌ててメロンの入ったそれに蓋をして隅っこに追いやる彩花と、それでも扇風機の前に陣取ったままの俺に「もう私だけ受けに行こうかね?」と半身を翻しかける美月さん。


「いや彩人、君はのんきに座っていないで早く準備しないかい!」


 そうは言えども本当に一人で行ってしまうこともなく、一足先に運転席に出戻る美月に「こりゃ失敬」と俺は気まずげに頭を掻く。

 ようやっと扇風機を消しよっこいしょと立ち上がり、俺は彩花共々運転手様の後に続いた。


 とはいえど、検査時間まであと20分もあるし、何より会場もすぐそこだ。

 そんな風に、いまいち焦った感のない俺達は、美月のボレロに乗っかって指定の公民館へ向かうことにした。

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